マンドリン系の演奏会などにお邪魔しますと、右も左も上も下も知り合いばっかりで、非常に行動に迷います。自分が対面している人とも話したいけれど、その後ろを久しぶりに会う人が通ったり、その人を追いかけたら別の集団にぶち当たったり、とまことに忙しい。
まあ、いっそのこと誰とも喋らずに帰ればいいんですが、なかなかそういうわけにもいかず。瞬間的な選択と切り替えを要求され続けるので、結構疲れますよね。もちろん、そういったことがまた楽しい時間なのですが。
先日のクリスタルなどは、正に「究極の選択」といった趣きでした。前門には大先輩方が鎮座ましまし、後門ではフレッシュな後輩が手招いているという。喫煙コーナーなんか、ジェネレーションカオスでしたね。あちらを立てればこちらが立たず。まあ、全員男なので、色気のイの字もないですけど。逆ハーレム状態。
結局、脳内で大討論会を開いた末、「先輩ルート」を選択しました。ライフ君、声をかけられなくて正直すまんかったっす。視界の端ではしっかりロックオンしてたんだけどね~。僕も立派なオッサンなので、表向きは大人っぽい顔もできなくはないのです。頭の中には、「勇者特急マイトガイン」とか「絶対無敵ライジンオー」とか、そういう単語ばっかり詰まっているのですが。
しかし、入場シーンをまんぼう君に目撃されていたとは・・・。本当にギリギリで入ったのに、よく見てるなあ(笑)。
さて、肝心の演奏会であるが。
ここから先は、心臓を叩いて気合を入れないと書けない。ギリアウトな内容になりそうな気がする。
だったら書かなきゃよさそうなものだが、僕が拝見した方々の日記で、奥歯にメガマック級の巨大なモノが挟まった物言いがされていたので、ちょっと火が点いてしまった。
(もちろん、日記を書いた皆さんは、ものすごく様々な気配りのうえで表現をなさってらっしゃるのであって、そこに文句をつける気など毛頭ありません)
それはまあたしかに、かの団体には、アマチュア界でも最高峰の人材と、日本で(ということは世界で)最高峰のプロがいらっしゃるわけで。そういう「神々の座」を前にすれば、誰でも舌鋒は鈍るであろう。
しかし、しかしね。だからといって、「いやはぁ、良かったっすふぅぅぅ~」とは誤魔化せない気持ちがあるのです。
好きなので。クリスタルが。
本当に好きなんですよ。「マンドリンってこんなにすげえ楽器なのか!」と自分の目を開かせてくれた、ある意味師父たる団体なのです。
だからこそ、だからこそ言いたいことがある。
ちなみにもう一つお知らせしておくと、これから書くことを「おまえはできるのか?」と聞かれた場合、自信を持って、かつ満面の笑みで、「一生かけてもできません」と答える。
そりゃそうだ。僕は、クリスタルのメンバーの方々の誰よりも楽器が下手だし、指揮も下手なのだから。
しかし、ラーメンを作れない人にだって、それが旨いか不味いかの感想はあるわけで。だからまあ、「負け犬の遠吠え」とか「糞コメ自重」とか考えながら読んでいただければ幸甚に存じます。
まず、全体的な実感を一言で言うと、「なにもない」ということに尽きる。
この時点で既にレッドカードであろうが、それが正直な感想なので、仕方ない。
なんというか・・・「極めて良く出来たサンプル食品」という感じでしょうか。本当に綺麗なんですが、味も香りも無い、という。
「極めて良く出来た」の部分については、最大級の賛辞を贈るべきだとも思うんですよ。あれほど上手にホールを味方につけ、マンドリンという楽器のツボを的確に捉えた音が出せる団体は、なかなかないでしょう。A先生の音なんて、その素晴らしさにのけぞりまくりでしたからね。どうしてあんなに飄々とし、かつ脱力した状態で、ピッシリ芯のある音が出せるんだろう。すげえなあ。おかテリさんの音も実に良かった。今まで拝聴した中でもベストに近いかもしれない。
ということで、音はとにかく綺麗でした。ただ、それ以外の感想は「なにもない」ということです。
どうしてそういうことになるのか、自分なりの考えはあります。大きく見当ハズレかもしれませんが。
多分、マッチョな音作りを嫌われているのだろうと思います。
「フォルテシモ・・・10倍だあああー!」「よけろナッパああああ!」「きゅ・・・90000・・・!?100000・・・110000・・・バ・・・バカな・・・まさか・・・ま・・・まだ、音量が上昇している・・・!」「おーーい、このゴミムシの音量はいくつぐらいだ!?」とか、そういう方向性を良しとしないのだろうと。
なるほど、たしかに中大や中附においては、筋肉モリモリの演奏が要求されがちではあります。「音の大きさ=気持ちの強さ」みたいな単純な図式に陥ることがないとはいえないでしょう。
そして、そういう力任せでガリガリな演奏に対して、「マンドリンという楽器はそう弾くんじゃないんだ」というテーゼを追究しようとしているのが、現在のクリスタルではないかと考えます。楽器の一番オイシイ所を使って演奏しよう、という意図がおありなのではないでしょうか。団体そのものの規模を若干縮小されたのも、そういったマンドリンの特性を考慮した結果、「ミニマムな美しさ」を求める方向になったからだろうと推測します。
すると必然的に、「これ以上リキむと汚くなるよ!」的なレッドゾーンの設定がなされることになり、常にタコメーターを意識しながらの曲作りになるわけですね。その延長線上に、安全運転・法定速度死守、という結果がチラついて見えるのは、偶然ではないでしょう。
個人的に、「指が速く動くとか、音がデカいとか、そんなボディビル大会に意味はない」という姿勢には強く共感します。「小さな美しさ」を求めることも、決して間違っていないと思います。
ただ、それとハートは関係なくない?
マンドリン本来の美しい音色を出すためだからといって、エモーショナルな部分を削る必要はなくない?
・・・と小さな声で言いたいのです。
だってさ、アルバン・ベルク四重奏団やイ・ムジチ合奏団とか、究極的にはソロとか、溢れんばかりのエネルギーを伝えつつ、間違っても筋肉バカなどとは呼べないような演奏者が、現実に存在するんですもの。「物理的な力の入れ具合=気持ちの強さ」という等式を否定したからといって、「リキまないこと=何も想わないこと」には絶対にならないんじゃないでしょうか。
いえ、いえいえ、決してクリスタルが「何も考えてない」などとは言いません。それこそ、技術も経験も、知りうる限りで最強クラスの人々なのですから。
ただ、コクピットの計器類を気にしすぎるあまりに、ドライブをする楽しさが失われてないかなあ・・・と思っただけです。
「道の途中」なのだと信じてはいますが。マンドリンという楽器を最もよく歌わせ、かつ客席へ届くエネルギーも失わない。そんな壮大な挑戦の途中なのだ、と。
・・・では、明日のフライトで中南米あたりに高飛びしようと思います。ほとぼりが冷めた頃に帰ってきます。
Adeus para agora!