NOISY DREAM
ヘッドフォン・アンプなるものを試してみた。
TOKYOへ出てきたばかりのころびっくりしたのが、ヘッドフォン・ステレオの音が外の騒音に負けて聴こえないことだった。
老朽化した線路や道路が軋み、ひととの軋轢に呼応して、街が叫び声をあげているようだった。
このヘッドフォン・アンプ。
なるほどボリュームもそれなりにボリューミーだし、音もちょっとよくなるようだ。
だがしかし、どうしても「上塗り」な感じがしてならない。
携帯プレイヤー自体がなぜもっと改善されないのか。
そしたら余計なコードも増えずに済むし、アンプの電源がFM電波を妨害することもないのだ。
携帯プレイヤー以前は、あんなに音にこだわっていたじゃないか。
なぜこんな薄っぺらな音が大きな顔でいつまでもまかり通っているのだろう。
「便利」はいつのまに「手抜き」とすりかわってしまったのだろう。
「そのほうが早い」という言葉をホントによく耳にするようになった。
なにかを伝えようとするときこそ、この言葉には気をつけようと思う。
なにも伝わらないと思うから。
持っていないけれど、ノイズ・キャンセラもやっぱし「上塗り」ではないだろうか。
都会を静かにしようぜとはもはや誰もいわない。
不老不死を夢みて、どんどん長生きできるようになった。
世界中の情報をいながらにして手に入れることができるようになった。
そして僕たちはというと、高齢化社会だの個人情報だのあいかわらず文句ばかりいっている。
「上塗り」による「手抜き」のための夢はもういらない。