鉄腕アトム
原子力発電って、いつのまにオール・オッケーになってしまったんだろう。
その是非が問われることはもうないのだろうか。
ものすごい数の原子力発電所が世界中に作られようとしている。
全部をやめろとは思わないけれど、確実に僕たちの命を蝕んでいるというデータがある以上、もう少し慎重になってもよいのではないだろうか。
80年代。
ロックンロールのひとたちは、一斉に「反原発」を叫んだ。
僕たちの手で世界が変えられる。
そう確信した。
あれは流行だったの?
売れるためのワン・アイテム?
僕の大好きなヒロトやキヨシローに対する公開質問状のつもりで、僕は『Bye Bye SUPERSTAR』という詩をかいた。
何年か前に一緒に作品をつくった演出家に、「シュドーさん、世界平和のために演技しましょうよ」みたいなことをいわれたことがある。
う~ん、それはわかるんだけど、かっこよすぎるんじゃないの?
喰うや喰わずの僕なんだから自分のことで精一杯だよ。
なんて言い訳してた。
ちょっと騒ぎすぎなんじゃないの?なんて思いながら、なんとなくはじめてみたtwitterは、僕が忘れかけていたことを思い出させてくれる。
最近は少し変わってきているような気がするけれど、特にニッポンの表現者たちは微妙な問題に関する発言はほとんどしない。
ブログなんかも、「宣伝」や「感想」や「感謝」ばかりがあふれている。
それもいいんだけど、たまには社会に対してのattitudeが知りたい。
影響力があるひとほど。
どんなに叩かれようとも。
表現者たちだけにかぎらずね。
手抜きをしたい。
いい思いをしたい。
薄っぺらな情でもつながっていたい。
愛されたい。
そんな強欲が行く手を阻む。
ちっぽけな僕には、なんの影響力もないかもしれない。
それでも、袋小路を横目にがんじがらめにならないよう、しっかりとでっかく。
クロマグロ禁輸否決にホッとする前に、ぶくぶくに太らされた輸入養殖ものを、出来るだけ安くクチにしたくて、「脂がのってるね」なんていっている自分を見つめ直そうと思う。
80年代。
当時子どもが生まれたばかりのZELDAというバンドの小嶋さちほというベーシストが、ミュージック・マガジンという雑誌に書いていた文章を憶えている。
「あかちゃんの枕もとに、ストーブの上に沸騰したお湯が入っているやかんがあるとする。
それはひっくり返るかもしれないし、ひっくり返らないかもしれない。
だけどそれは、絶対に取り除かなければならない。
そのやかんが私にとって『原子力発電』なんだ。」と。
まっ白じゃなくても、
まっ黒じゃなくても、
YesでもNoでも、
とりあえず、
地球規模で行こうぜ。
