嘘をつかないとか、悪いことしない考えないとか、まずそういうことは、考える価値にも値しない
正直者の裏をかく必要はないし考える必要もない
ただ『正直者』にフォーカスするだけにすること

それが正直者を理解できるスタート地点に立つということ

今日は疲れたなぁ

そう思ったら、何に疲れたか考えずに今疲れたなぁと思った瞬間から次にすることをグッと引き付ける
例えば今夜の晩御飯は何かなぁと楽しみにしたり、明日は何をしようかなぁとワクワクを見つけたり、お風呂で使う入浴剤を何にしよう
って考えてみたり、先へ先へワクワクを掴まえていく
疲れたなぁー…今日は〇〇が◇◇で、もう最悪やぁ

なんて考えてどうなる?
答えは
更に疲れる。以上

疲れた上に疲れたい

そんなの誰だって嫌だと思うんだよね
ネガティブによって気付きを得て…どうのこうの…
もちろんそれも経験上アリだとは思うよ
けど、もう疲れた上に疲れることをしても良いことなどないと分かっているなら、もう得ているよね
だからそれから得る勉強は、卒業したらいいと思うんだな
手放すことを積極的にしていくことは、自分自身を癒すことへとシフトして、それが癒されたら、周りへ同調する
癒しには更なる癒しが寄ってくる
正直者は自分自身と向き合うことから始まるんだよね
向き合うことで、裏をかく必要がないことがわかる
裏をかく必要がないことがわかると、ワクワクを探せばワクワクがやってくるということがわかる
どんどんワクワクすれば、どんどんワクワクが増える体験をする
本物の正直者は自分が幸せ脳であるように、自分をコントロールするしできるようになる
すべてが腑に落ちるようになる
コントロールされることを手放すことで正直者になれる
手放すことは捨てるとかじゃなくって、ちゃんと理解をすることだってこと
第三者的に捉えて理解すること、客観的な視野をもつことと言えばいいかな
箱庭を覗くようなかんじかな
だから、今自分は自分がいいと思える行いや考えをしているか、チェックしてみたらいいかもしれないね
例えば、言葉を綺麗に使おうってとこかもしれないし、姿勢良く歩けているかどうかかもしれないし、笑顔を作れているかどうかかもしれないし、ありがとうを今日何回言えたかかもしれないし、考えてみたら尽きないけど素敵だと思える自分を自分で作れているかどうかが、正直者かどうかの評価に繋がってくると思うんだよね

素敵な自分の一面を一つでも作っていける毎日が、素敵な幸せを連れてくるんだよね
それをまた、ワクワクしながら待っている姿を連想すれば、余計ワクワクしちゃう

ワクワクしてたらワクワクさんが来る来る
シンクロしたりしながら、喜ばせようとサプライズに乗せてやってくる

サプライズじゃなくても、コロンと落ちてる石コロみたいに足元にいたりとか
幸せを追及することは、自分自身を喜ばせることだけど、そこからなんだよね

自分自身が喜んでいる満たされていると感じている状態でいることが愛の泉の源泉だから

愛が欲しければ自分自身を癒し喜ばせ満たすこと
愛の源泉沸きだすよ
だからまず正直者になろう
ありがとう
気持ちいいなぁ
