仕事で暫く外出して帰って来た夜、家の廻りは出掛ける前となんだか違う風が吹いていて、その短い間に季節がひとつ進んでいたのだと知った。

ポストを見ると葉書きが入っており、裏には紙いっぱいの、力強くておおきなアサガオが咲いていた。

差出人の名前をみた途端、僕の記憶の鼻腔に「白百合」という泡盛の、ペッタリとまとわり付く感触が通り抜けた。




仕事の予定が空いた今年の五月、僕は石垣島へ出掛け束の間のキャンプ生活を送っていた。




珍しくお金を払ってキャンプ場にテントを張ったが、ほぼ浜辺か海の中で過ごした。









滞在日程のちょうど真ん中あたりで季節はずれの台風がやってきたので、キャンプ場から一旦避難して街へ逃げ、明るいうちからひとり街中を呑み歩いた。




街では台風に備えて網を張っていた。










「オリオン生一杯100円」の看板に惹かれて入った大きな居酒屋は、何処の都市にもあるそれとあまり大差が無く、2件目のターゲットを探しに腹7分目のほろ酔いかげんで石垣市街地を縦横無尽に歩き倒し、見つけたのは小さな焼き鳥屋だった。


元々焼き鳥が好きということもあるが、小さな店の暖簾の向こうが油煙と地元の人達で満たされた焼き鳥屋のカウンターで、地元の酔客の笑い声や噂話、タメイキや寂悲を混沌と、あたかもその街の息づかいのように聞くことが、言ってみれば僕の観光である。


その日、無事に今宵の我が心の矛先である焼き鳥屋を見つけ、ヨシヨシとその引き戸を開け中に入ると、先ず目に映ったのは店の真ん中の長い机で、常連客と思しき面々が差し向かいに御機嫌模様であった。

肝心のカウンター席は、黙々と鳥を焼く親父のまん前に2席だけ設けられていたがしかしそこはどこか店の”気”から離れていて、なんだか持ち帰り用の焼き鳥の焼き上がりを待つ客の為の席のように思われた。

その他には個別のテーブルが壁沿いにいくつか有ったが、それらは一人で独占するには大きすぎたし、やはり店の喧騒から少し離れていた。


つまり、この店の活気は真ん中の大机と、先程からとてもコワい顔で僕を見ているオカミサンから発せられているらしいが、しかし情けないことにその中に飛び込んでいく鉄面皮を持ち合わせていない、だけどこの店には惹かれるし実際もう入っちゃったし、どうしましょうどうしましょう、、と誰が見てもわかるほどウロたえていると、大机で飲んでいたオジサンが、

「ここ座ればエエ。」

と、ひとつだけ空いていた自分の向かい側の席を指差し僕を見て言ったのだった。

てっきり地元の人だと思っていたそのオジサンは、定年退職してから八重山の島々を大小問わずくまなく滞在するという道中であったらしいが、石垣島にかなり長いこと居るらしいことは、一見の観光客をまったく寄せ付けぬこの店のど真ん中において、まるで自宅のごとき自然な所作を見ていても分かった。

僕などは、泡盛が飲みたくて品書きからあてずっぽうに飲み物を頼んだが、手渡されたジョッキには鮮やかに黄色い液体がなみなみ入っていて、初めてその「うっちん割り」と呼ばれる飲み物の「うっちん」が示していたのが、僕の予想していた何か変わった泡盛とかではなく、ウコンの事であったのだと分かったところでまたウロたえて他の客に笑われる始末であった。

そんな中、オジサンがこの店に並ぶ沢山の泡盛の中から、「白百合」を僕に振舞ってくれた。

その石垣島で造られている泡盛は、とてもクセのある独特の風味で、オジサン的にはそのチョイスは、それがとても美味いからというよりも、話のタネにというつもりだったらしい。

しかしその香りは、1700キロという距離が有るにも関わらず、2時間という、あまりにもあっけない移動でやって来てしまって少々混乱気味だった、僕のこの南の島との距離感をしっかりと鼻から正してくれた。



石垣市街の郵便局で見つけて買った「銘酒 八重山の泡盛」という切手シート。 
白百合はその中で、「白百合の花のような酒でありたいとの思いを込めて命名」 と記載されている。
匂いが強いので好みが分かれると思うが、僕は結構好きだ。






そんな、泡盛の香りを運んできたオジサンの葉書きの表面には、宛先の下にメッセージが書かれていて、それは、

「また沖縄のどこかの島で会える日を楽しみに。」

と閉じられていた。











胸の中に、わっと熱風が吹いて、先ほどひとつ進んだばかりの季節が、ふたつ逆戻りしてしまった。