僕が紀伊半島入りしてから降り続いていた雨が止み、奥番地区へ生活に必要な荷物を取りに行った。

かつての生活道は氾濫した三越川に流された。ここで車から下り、スパイク足袋に履き替え歩いて行く。





自分の家や家財道具のなれの果てと、望まぬ対面をする権助兄ぃの後ろで、何も言えずただ付いて歩く木偶(でく)の自分が居た。








ただ民家が建っていた土地がある日川になり、そして深い谷になった。





足元を洗われつつも、山にしがみついている家達。





その一軒へ。





権助兄ぃは「崩れる音がしたら逃げてや」と言って、家主より頼まれていた生活道具を探しに入って行き、
僕は家の裏壁に設けた押入れに通ずる、この仮設出入り口で荷物を引きずり出した。





そしてその上にある権助兄ぃの実家へ。





そこには昔、牛と共に暮らしていた頃の名残りが。藁をためておくらしい。




権助兄ぃが造った風呂場。





振り向くと、三越川をせき止めた大規模崩落が見えた。






ここから権助兄ぃの両親や伝ての方々と荷降ろし。
荷を背にし、道の無い山を降りる。





負い紐というものを初めて使ったが、大きな物を担ぎ出すのに良い。
「使こたことないか?ここらどんな家にも必ず有る」
と権助兄ぃは言った。
端切れが出ると作っておくのだそうだ。




自分の親か、それ以上の歳の体で荷を担ぎ、下りる。




僕は一度ずっこけた。
ここの岩盤で一度滑ると遥か下の川床まで。





その荷出しの帰り道、この夏に生まれた子犬達のえさやりへ。
この紀州犬達もヘリで吊られて避難した。





この台風で甚大な被害を負った、この奥番という部落の自治体解散式が11月5日に行われた

僕は、今迄ずっとその形で在った自分が生まれ育った家や村が、突然大水に分断されて道がなくなり、村ごと存在を抹消されてしまうというのはどんな感じなのだろうと想像してみた。

生まれてから引越しを繰り返し、何所から来て何処へ行くのかも分らなくなってしまった自分には分かる筈が無いと知りつつ。


そう言えば荷物を降ろしている時、荷を背に下りた道の傍らに見えたその手入れされた小さな畑には、サトイモの大きな葉っぱが並んでたっけ。


そこには確かに素朴で温かな人の営みがあった。