相変わらず人並みに仕事をする生活である。

土曜日はじーまさんとのび太君の結婚お祝い宴に赴く予定が仕事となった。

人並みに働いている事既に奇跡、と言われる事の多い僕が、土曜日の朝7時に仕事場の鍵が開くのを待っている、という絵は滑稽ですらある。


その日、帰り道中に買い物と晩飯を済ませて自宅に帰ってみると、思っていたよりも随分早い時間だったが酒を飲みたい気分でも無く、テレビは毛頭よりアタマに無かった。

それで洗濯をしようと思い立ち、車へ洗濯物を取りに行った時、何気なく上を見上げると、針先のように尖った無数の白点が、濃藍の盆を貫いて我が身を見下ろしている。

思えば渋谷まで地下鉄20分の雑踏から、この僻谷に越してきた当時、自分の周りを包む全てに驚き、感動していた。

満点の星空がやって来た寒夜は、寝椅子と酒を持って防寒着に身を包み、気が済むまで夜空を眺めた。

トイレが無かったので、夜の用足しも星空を見る大事な時間だった。


そんな初々しい感動感激が薄れ、それが日常になってしまう事が、それはそれで生活に必要な事とは知りつつも、利便性や慣れが奪い去ってしまった感動時間を思うと、言いようの無いサビシサを感じる。

で、「星空を見ていたいが、寒いのをガマンして見たい程ではない。」

というこの相反するお題を両立する答えは、やはり文明から離れるコトに有った。


いつもの屋根なし壁なし五右衛門風呂である。
星を眺める為だけに沸かす風呂。

てっとり早く薪ストーブの火をおすそ分けしてもらい、育てる。





星空風呂から上がると急に眠くなり、這うように洗濯物を干してダウンした。




翌朝、霧が景色を包む。晴天の合図。

霧が晴れたので、ゴコイチ号に跨って近所の山へ。





同じ場所の眺め。
気づかぬうちに結構昇ってたんだね。




落葉の山は明るくて心地よくて、大好きだ。





バージンスノーならぬ、バージンリーフの上を駆けた。







今日はとてもコンディションが良くて、結果的にゴコイチ号で今まで昇れたことのなかった斜面も駆け上がることが出来たが、それに気を良くし何も考えず下りてしまった斜面に、帰り道で苛められる。




という事で、登りきって休憩。





本日、僕とコンビネーションがバツグンな愛しきゴコイチ号を眺めてみる。





体から立ち上る湯気が山に吸い込まれてった。






知らなかった枝道を見つけ、激下りの手前までバイクで下ってから歩いて2時間程探索。






山に入るときに見たこんな看板を思い出したが…






空腹に勝てず、バイクに戻ったらのんびりおやつ。







陽が傾いてきた。







とっても楽しかったな。有難う。