祖父・宮川啓五(本名:宮川啓吾)つについてのご挨拶 | frEe-styLe 〜ゲイな♂の徒然日記〜

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先月27日、祖父であり日本画家の宮川啓吾(画家名:宮川啓五)が病没いたしました。享年96歳でございました。

18歳で被爆、その後美術の教員として広島市内の小学校で教鞭をとりながら新制作展に出展したのち自宅にて図画教室(私塾)を開きながら日本美術院(院展)へ転向。故・岩橋英遠先生に師事、以後日本画家として活動してまいりました。日本美術院では特待として通算約30回選出。

平山郁夫美術館にて評議員を、また広島県美展の審査委員長を歴任。

叔父と共に創美会を立ち上げ代表として長らく個展を開くなど、その長い長い人生は常に、日本画と共にありました。図画教室では、たくさんいる生徒の中には僕の母方のはとこ叔母、小・中学生時代の先生数名や友人の親御さん、中学時代に通った塾の先生も含まれています。

先生の孫、という認識で地域の方からは見られていたかもしれません。 


生前お世話になった方々、支えてくださった方々、そして何よりも、祖父の作品を愛し、宮川啓五を慕い集った全ての皆様に、深く御礼を申し上げますと共に、祖父に代わりまして、簡単ではございますが最後のご挨拶とさせていただきます。

祖父の遺志は叔父が引き継ぎ、日本画家として更なる高みを目指して参ることと存じます。

僕も、祖父のような、人として一人一人に寄り添える、そんな先生であることを心がけ、これからも精進して参ります。

これからもご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願い申し上げます。