この話、前回の投稿がいつだったか調べたら

2月でした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

春隣って冬の季語ですもんね。

それがもう夏至を過ぎましたから。

なんとも季節外れな題名になっちまったもんです。

 

 

 

まあ、ええか。

 

 

 

 

 

 

ついでに写真もだいぶ前の

 

 

 

 

 

 

「春隣」と題した、昔の恋愛話。

どのくらい昔かというと、

このブログを始める数年前です。大昔ではないですね。

僕は親権のない娘がふたりいるのですが、

当時は長女が高校生、次女はまだ小学生でした。

 

 

 

 

 

 

 

 

とりあえず、3話までと今回とが空きすぎたので

1~3話をリブログさせていただきます。

もし、この話を初めて読むという方がいらっしゃいましたら

ご面倒ですが1話目から…いや、文章長いのでいいです。

 

 

 

 

と言いつつ貼るけどね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

実は今回とその次(がラストです)が特に文章長いのです。

あちこち創作を入れ始めたせいで。← Hey you!

出来事は事実ですけれどね。

 

なので、リブログまで貼っておいてずいぶんですが

時間の余裕があるときに、よかったらどうぞ。

 

 

 

 

 

 

ちなみに写真と文章は何の関係もありません

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

春隣 4話

 

 

 

 

コーヒーショップの壁側で、席を立つ女性の姿が見えた。
その女性の隣席には太った中年の男性が座っていて、足元には大きめのボストンバッグが置かれていた。
席を立った女性がボストンバッグの置かれた側に歩を進めようとしたので、中年男性は慌ててそれを持ち上げ、自身の膝の上で抱えた。
その様子が気に食わなかったのかはわからないが、女性は眉を寄せて硬い表情をしていた。
そしてバッグが避けられたスペースを乱暴に通ったかと思うと、斜め下に顔を向けたまま足早に去っていった。
中年男性に会釈をするでもなく、ただヒールの音だけが余韻となって響いていた。

 

§

 


僕とマキは将来について話し合うようになっていた。
そういう話し合いをするだけの関係性を、僕らは構築していた。
マキのご両親と会って挨拶を交わす機会があり、以降はご両親の許しを得た交際になった。
同棲はしていなかったが、マキは仕事が終わると僕の部屋に帰ることも多く、特に外食をした夜は大概そうしていた。
マキの退社時刻に合わせて車で迎えに行くこともあった。

部屋で過ごす取り留めのない時間を僕らは愛し、一方でいろいろな場所を旅行したり、映画を観に行ったり、美術館を巡ったりもした。
地方で夏祭りがあれば二人で出向き、冬はスノーボードに明け暮れた。

多くの恋人たちと同じように記念日を祝い、食事に出掛け、プレゼントを贈ったが、そうした出来事以上に、互いの自然体が調和し合っていると実感できることが嬉しかった。

交際期間は三年半を過ぎていた。
十歳下のマキはいわゆる適齢期のさなかにいたが、それは「女性が社会と長く関わる時代である」ことを含んだ僕の概評だった。
もちろん、それを本人には言っていない。
マキは、生涯を共にする相手が僕であることに「まあ、しゃあない」と答えた。
(彼女はしばしば盛大なる不服申し立てに遭遇したがった)

僕にとって、再婚という言葉が最も現実的に聞こえた瞬間だった。

 

 

 

 

 




もう一度結婚をするというサブジェクトは僕に様々な決意をもたらしたが、最も強く意識したのは「事を慎重に進めなくてはならない」ということだった。
二人の道を見据え、しっかりと地に足をつけ一歩一歩を先導する。
それは初婚であるマキよりも、再婚であり年齢も上の僕が適任だった。
将来に向けて舵を切る二人を、更にもう一人の僕が後ろから点検する。置き忘れがないかどうかを。
もう二度と結婚で失敗をしないために……。

 


僕は、いつしかそんな弁解を自分に言い聞かせるようになっていた。
思い返せば「事を慎重に進める」という軽薄な建前は、なんとか時間をかけようとしている自分への言い訳だった。

 

 

 

 

 

 

 


北海道が晩夏を終えようとしても、僕はその風情を感じ取ることができずにいた。
窓外の景色から瑞々しさが失われていくのを、ぼんやりと眺めているだけだった。
通勤の雑踏に妙な安心感を覚えた。
再婚を前にどうしても消せない思いがあることを、僕はいよいよ認めないわけにはいかなくなっていた。
マキとの将来を自覚しながら、僕の中には別の存在が佇んでいた。

 


自分に置き忘れがあることは、ずっと前からわかっていた。
だが、それをマキに話したところでどうにもならないこともわかっていた。
婚姻歴がなく、子供を持たないマキに
僕の娘たちのことで意見を言わせるのは違うと思ったし、
そのことで意見するマキを、僕は見たくなかった。
同時に、僕がそう思う以前からマキは娘たちに対する考えを封印しているように映り、
そのことで意見を求めてくる僕を見たくないように思えた。

 

再婚とは過去と決別すること。

それは精神の根幹のようなところに屹立する概念だった。

不器用だとわかっていても、その概念を覆す自分はもはや自分ではない気がした。

 

離れていった父親に、変わらぬ愛を注いでくれた娘たち。

家族という幸福の象徴を壊した僕に、それでも光を灯し続けてくれた娘たちとの決別。

それもまた、自分という存在を失うに等しかった。


僕は、自分にしか導き出せない答えを解くことができず、手立てを失っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

盛りを幾分過ぎたコスモス畑の夕暮れ。

待ち人を探すような野風が時折吹き抜け、僕とマキの沈黙はいつもと違う色をしていた。

それを打ち消そうと口走った冗句はちっとも冴えていなくて、マキは黙ったまま、優しい笑みを返した。

花々が束の間一斉になびき、名残を惜しむようにその姿勢を引き戻す。

 

僕が思っていることを、察しの良いマキが気付かないわけがなかった。
マキは、それが必要なときは常に僕へ向けて本心を訴えてきた。
とても無垢に、とてもまっすぐに。

そんなマキを僕は無言にさせた。そこにどれだけの思いが詰まっているのか、考えるのが辛かった。

だけど考えないようにするのは、もっと辛かった。

 

土の小道をセダンが一台、ヘッドライトを灯して通り過ぎた。

掠れた沈黙の向こう側で、茜の空がゆっくりと閉じていく。

 

 

 

マキのいない休日、一人砂浜を歩いた。

秋は更に深まり、張りつめた空気が次の季節を予感させていた。

僕らはどちらともなく、将来に関する話題を避けるようになっていた。

伝えるべき事を伝えられずにいるのは決してマキのせいではないし、ましてや娘たちのせいでもない。

間違いなくそれは、僕ひとりのせいだった。

季節外れの海は灰色を増し、彼方で水平線が虚ろに浮かぶ。

 

普段は僕の言うことばかり聞いていたマキは、決して気弱でも盲目でもなかった。
ただひたすらに自分の今を、恋を、人生を心から大切にしていた。

覚悟を決められない僕は、まるで波打ち際に転がる潰れた空き缶だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

その日の朝は霜が降りて、落ち葉を所々白く染めていた。

バス停で肩を(すく)ませながら腕時計を見ているビジネスマン。着込んだコートのベージュ色が、どこか現実感を持たない。

 

 

マキは、それが必要なときは常に僕へ向けて本心を訴えてきた。

とても無垢に、とてもまっすぐに。

マキの最後の本心を聞いたその日、僕は通りで雪虫が漂うのを見た。それはふわふわと赴くままに宙を彷徨い、やがて街路樹に留まると、それきり姿が見えなくなった。

秋が過ぎようとしていた。



「本当の本気で人を愛したことがある?」
 


涙を流しながら訴えるマキに、僕は口を閉ざすより他なかった。

今を大切に生き、僕と人生を共にしようとしたマキは、
その言葉を一体いつから抑え続けてきたのか。
一体どれだけの決意で、その言葉をぶつけたのか。
それを思うと、僕に何かを言う資格などなかった。



それから少しが経って、マキとの関係は終わった。
マキは「婚活しなきゃ」と、努めて明るく僕に告げ、
そして静かに出ていった。
僕はひとり身動きもとれずに、静まり返った部屋を眺め続けた。

毎日暮らしている部屋なのに、そこには何もなかった。
ただ、ベランダの物干しで一着だけ残されたパーカーが風に揺られていた。
それはマキが勝手に部屋着として使っていたもので、毛羽立ちが目立ってきたから買い換えようとしていたのを思い出した。
マキが好んで着続けた、特徴のない紺色のパーカー。
それ以外、僕の視界には何も写らなかった。









最後にマキと会ったとき、彼女は僕のことを許していた。
それは彼女の表情や口調、仕草が物語っていた。
引っ越したばかりのマキの部屋で、彼女は僕に昼食を振る舞った。
だが、共に食事を摂ろうとはしなかった。
僕の向かい側に座ることもなかった。

ステレオから何か音楽が流れていたが、耳の悪い僕にはあまり聴こえなかった。
それはおそらく彼女にとって適切な、本来の音量なのだと思う。

 

僕は食事のお礼を言って、彼女は転居を手伝った僕に感謝を述べた。

車を出してくれて助かったと。

僕は口角だけを僅かに上げて頷いた。

 

二人が無口になるとステレオの音楽が止まって、そのまま少しの沈黙があって、コーヒーカップを両手で包むマキがデジャヴに見えた。

()りガラスの仕切は午後の光を優しく受けとめ、ソファーの上で置き場所の決まらない風景画が綺麗で、僕は何故か涙がこみ上げそうになり、思わず自嘲しながら俯くとマキは「一人で笑ってる」と囁く声でからかった。それから別のCDをステレオにセットし始めた。

僕は滑るように動くマキの指を見つめ続けた。潔い、という言葉がよく似合う指だった。

澱みのないその動きは、彼女の生き方そのものを彷彿とさせた。

そして、やはり上手く聴き取れない曲が一つ終わったところでもう一度食事のお礼をして、僕は彼女の部屋を後にした。

何かを伝えるには、もう遅すぎた。


彼女のたおやかな笑顔は、僕らが恋人には戻れないことを明らかにする
毅然とした碑だった。

 

 

 

 

 

シモキタ、アリキタ(+リ)的な