「思い」 「想い」なのか



それを人に伝えることは難しい



どう伝えればいいのか





コミュニケーションには種類がある



伝えるもの



伝わるもの



双方






どうすればうまく伝わるのか



形無きものをどう表現したらいいのか



どのような手段が伝わりやすいのか



理解しやすいのか






難しいのは



伝える側と伝えられる側との温度差



伝える側が、仮に準備万端で



いつ どこで どのような手段で どういったツールを用いて




完璧なシナリオを描いたとしても




伝えられる側に壁がある場合


なかなか伝わらない




壁の種類によるが



それらの壁は基本的には壊しにくい





さて、





ではどうしたらいいものか














何かを伝えるとき



伝わらないとして



理由は壁があるとして(他の理由もあるでしょうが大抵は壁)



その壁を壊していきます






一つの事象に対し


壁は実は何種類もあります




壊れやすい壁



壊れにくい壁





壊れやすい壁を壊します



そこからゲリラ戦で徐々に侵食していくと。







最近、何かあるとこの方法を使っています。





遠回りに書かせて頂きましたが



実は




一言でいうと







「想い」が強けりゃ伝わるとw

身近なものに答えがある



答えは意外に単純だったりする



答えがなかったりする





5分真剣に考えて


一歩も進まないなら


考え方を変える


少しでも進んでいたら


もう5分考える




考えようとして考えすぎるのはよくない


なーんにも考えないようにして考えること

久しぶりのブログ



世間もあわただしく動く中


自分も急かしい日が続いた




地震があった


今の自分からは遠く離れている場所で




直接知っている人もいない


被災した友人もいない(と思う)



本当に苦しいと思う


家族を失った人

友人を失った人

愛犬を失った人

家を失った人

大切なものを失った人




こんなに遠く離れているのに


今の自分に何か後ろめたさを感じたりする



楽しいことがあると


こんなことをしていていいのか


笑っていいのか


喜んでいいのか




寒い日に暖房をつけて


ご飯を食べ テレビを見る



なぜだか分からない後ろめたい気分


ただの日常なのに あの日まで当たり前だったのに




でもこの感情は当たり前だと思う


だって人間はつながっているから


人間はすべての人とつながっている


一人ではない




目に見えるボランティア


目に見えないボランティア




今、当たり前の生活に後ろめたさを感じられることは


少しでも被災者の気持ちを考えられているということ、なのかな。




募金をした



なぜ?



答えを見つけた時


嫌な気持ちになった





もし、自分が被災者の立場になったとき


今誰かを助けないと、何かアクションをしないと


いざって時に誰も助けてくれないのでは?




損得勘定で募金した自分




何か変な気持ちになった


人間てこんなものなのか。




友人が被害を受けていたら違っていたのか





損得勘定抜きに


気持ちの整理がついたらまた募金しようと思う。




お金と一緒に気持ちも届けられる時


ようやく意味のある行動につながる




まだまだ未熟もんです。ガキです。