残念なイラストレーション | テムズ河の潮汐を眺めつつ

残念なイラストレーション

今日ようやくマザーグースの歌の絵本の仕事が終わりましたが、イラストレーションに愛が感じられず見てて悲しかったです。この春に歌の内容や本文の置かれる位置を考慮して描いたページのラフスケッチをとあるイラストレーションの会社に送りました。これまで私が接した事のあるイラストレーターさん達は、基本的にはラフスケッチに従いながらも完成作品にはプロならでの創意工夫とか新たな提案をしてくれていました。でもこの会社の作品はどれもただ指示通りに仕事をこなしたという感じでがっかりしました。

このイラストレーションの会社(イギリスとトルコの両方に事務所があるようです。)ではコンピューター上に今まで描いたイラストのデジタルアーカイブがあるに違いません。例えば背景だったら、夜空、小川、山、丘、木、花、茂み、街、外壁、室内の壁紙、家具などが分類して保存してあるようです。同様に動物や人物、その他の小道具も。それらの部品を組み合わせて注文された絵を作っているようなのです。
 アーカイブを作りそれを活用してイラストレーションを作り上げる事自体は悪い事ではないけれど、この会社の場合1つのシーンの中に線の感じやスタイルが違う部品がごちゃまぜに使われている所が問題なのです。そして同じシーンの中に登場する数人の子供の目が全部同じだったりするんです!色や形を少し変えるという手間を一切かけずに単純にコペー&ペーストしているんですよね。
 アーカイヴにある部品を組み合わせて表現できないシーンのみ、新しく描いているようで、それはなかなか素敵だし、人や物の形、遠近感の表現、影と陰の付け方などの基本が間違っている訳では無いのだけれど、全体的に古くさ~いイメージです。確かにマザーグースの歌はどれも起源がかなり古いですが、もうちょっと現代の子供に受けそうなセンスで表現してくれれば良いのに。

でもこういう文句をイラストレーター言うのは間違っているとも言えます。なぜなら注文主は事前にイラストレーターの作品集を見ているはずで、そのイラストレーターのスタイルや持ち味と違う物を無理矢理描いて貰っても良い結果は出ないのは当然の事です。例えば人物の目をいつも点で表現するスタイルの人に人種の違いや目の色がはっきり分かるような絵を描いて欲しいと言っても無駄です。
 逆にイラストレーターの側も、この注文主が欲しい絵はどうやら私のスタイルや持ち味からかけ外れているようだと思ったら、その仕事は断るべきだと思うんだけどな。これは報酬に関しても言えて、イラストレーターの中には自分が適性だと思っている基準より報酬が低い仕事が来た時に、納得できないなら断れば良いのに引き受けて手抜きの仕事をする人がいるのです。

デザイン部長の一平太さんも児童書編集者の理桜さんも同意見で、大部手直しはして貰ったみたいです。通りすがりのフリーランスの編集者もそのイラストレーションの質について否定的なコメントをしていました。児童書部長の亮子さんが見つけて来た会社らしいのですが、デザイン部の同僚の蒼哉さん曰く「きっとかなりの低価格で仕事を請け負ったんだろう。」と。たぶんその通りです。