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この物語は、南の島・与論島で焼肉屋を営むナビが、即興演奏ピアニスト「日吉真澄」さんを島に招き、学校訪問演奏、そしてピアノコンサート開催を目指した、実際にあった約100日間の物語。

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当日はYouTube無料生配信も行います。ぜひ、当日は与論島へ、もしくはオンラインでYouTube、stand.fmから応援に駆けつけていただけると嬉しいです‼️



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♩フレーズⅣ 〜僕がラジオパーソナリティーに!?〜

目を覚ますと、カプセルホテルの中だった。

今日は、コージィーさんと一緒に、FMCiao!のスタジオで「ぶっちゃけ熱海」の収録をする日だ。
そして、午後からはひよさんにも会いに行く。

時計を見ると、朝の五時半。よかった! 寝坊しなかった。むしろ少し早く起きすぎた。

せっかくだから、少し早めに新幹線に乗って、熱海の街を散歩してみよう。

さっと荷物をまとめ、外に出ると、まだ薄暗い。周りは高層ビルだらけ。大都会だ。
途中、コンビニで簡単な朝御飯を買って、品川駅まで歩く。

僕は、コージィーさんとの約束より一時間半ほど早く着く新幹線で、熱海へと向かった。


コージィーさんとのラジオが始まってから半年ちょっと。これまでは、ずっとオンラインでラジオ収録をしていた。
月1出演でも、一応「ラジオパーソナリティー」と呼んでもらっているが、実際は自分の焼肉屋の客席で収録していたので、やはり実感としては薄くもあった。

それが、今向かっているのは本物のラジオ局。本物のスタジオ、本物のラジオブースでの初めての収録だ。緊張するのだろうか?
そして何より、めちゃくちゃお世話になっているコージィーさんとの初対面だ! どんな顔をして会うことになるのだろう? 意外と普通だろうか?


ちなみに、コージィーさんが住んでいるのは、熱海市近隣の沼津市。FMCiao!とコージィーさんの自宅は約三十キロほどの距離だ。

そして、これは本当に不思議なご縁なのだが、ひよさんの実家もまたコージィーさんの地元に近い。
FMCiao!とコージィーさんの自宅との、ちょうど中間くらいにひよさんの実家がある。

しかも、たまたま僕がコージィーさんと会うタイミングと、たまたま、ひよさんのお父さんの誕生日が重なった。ひよさんはお父さんのお祝いのために実家に里帰りするそうだ。

そんなわけで、FMCiao!での収録のあと、コージィーさんの住んでいる沼津に車で戻る途中で、実家に帰省中のひよさんを拾って、沼津で一緒に食事をしようということになったのだ。



それにしても、遠く遠く離れた、南の島・与論島にいる僕が、なぜ、熱海でラジオ番組の月1パーソナリティーなんて大役を任されているのか?

話は二年ほど遡る。


2023年の秋。当時の僕にとって、コージィーさんはスタエフ内の大人気配信者で、雲の上の存在だった。

スタエフは、誰でも気軽に好きなことを声で配信出来るプラットフォームなので、僕は与論島の話や、自分のことを好き勝手喋っている、いわば素人配信者だったが、コージィーさんは違った。
収録では、がっつり編集を入れた本物のラジオに引けをとらないクオリティの番組を作っていたし、ライブ放送でもたくさんのファンが集まっていてコメントが止まらない。

そんなコージィーさんと、たまたまスタエフ内での同じコミュニティに入ったことをきっかけにコージィーさんとのやり取りが始まった。

僕も、コージィーさんに憧れて、ちょっとしたインタビュー番組を始めてみたりした。
そこで、コージィーさんをゲストに呼んだ時には、話が盛り上がりすぎて、予定より倍の時間になってしまった。

どうしようかと困っていた僕に、コージィーさんは「俺が編集してやるよ」とその日のうちに、音源を切り貼りして、前後編の二本分の音源にして送ってくれた。

それをきっかけに、僕が深夜に店の洗い物をしながらライブ配信をしているときに、コージィーさんがちょこちょこ顔を出してくれるようになった。

スタエフでは、ライブ配信中にリクエストするとその場にスピーカーとして上がって話が出来る、コラボ機能がある。

深夜の洗い物ライブでコージィーさんが来ると「ナビちゃん、また夜中に洗い物をしてんのかぁー」とコラボで上がってきては、夜な夜な2人で語ったりした。

そんなコージィーさんの夢は、地上波ラジオの番組を持つことだと言っていた。そのために、スタエフでも、クオリティや時間を意識して本格的な番組作りをしていると聞いた。


コージィーさんとやり取りが始まって半年ほどたった頃、なんとコージィーさんから地上波ラジオのパーソナリティーをしないかという話が舞い込んできた。

「ぶっちゃけ熱海」という番組のパーソナリティーを長年勤めていた、ちゃ〜べんさんが引退するという。
そのちゃ~べんさんから番組を引き継ぐ形で、2024年春からコージィーさんが、念願の地上波ラジオパーソナリティーに就任した。

あのコージィーさんが、ついに地上波ラジオに! やっぱりコージィーさんはすごい! あれだけのクオリティの番組を作っていただけある!

ますます、すごい世界にいってしまった。そう思っていた矢先、コージィーさんから驚きの相談があった。

コージィーさんが、ラジオパーソナリティーになった翌月頃、コージィーさんから「ナビちゃん、折り入って相談があるんだよ」と連絡があった。

なんと、僕にぶっちゃけ熱海に出てもらえないかという相談だった。しかも、単発ゲストではなく、不定期でも時々出てくれないかと。

ぶっちゃけ熱海は、毎週火曜の夜7時からの三十分番組だ。つまり、コージィーさんは月に4〜5本の音源を作ることになる。編集作業は慣れているにしても、毎週のネタを用意するのはなかなかに大変だ。

そこで「力を貸してくれないか」ということで、僕に声をかけてくれたそうだ。

ぶっちゃけ熱海は、わりと地域密着型で「地元」にスポットを当てた番組だ。地元の情報番組というよりは、地元で頑張っている「人」にスポットを当てるような、あえて表現するなら「人情番組」と言ってもいいかもしれない。

先代のちゃ〜べんさんも、熱海を盛り上げたいという想いでこの番組のパーソナリティーを長年勤めてきた。

コージィーさんがこの番組を引き受けたのも、地元を盛り上げたい、地元への恩返しという想いもあってのことだったらしい。

そして、これまでの僕とのやりとりの中で、「一緒に番組を作るなら、ナビちゃんだ!」と思ってくれたそうだ。
それに、熱海も与論も、同じ海のある観光地という共通点もある。


しかし、なぜ一緒にやるなら僕だと思ってくれたのか。その理由を聞くと、答えはこうだった。

「ナビちゃんはスタエフでも、ずっと与論島の良さを伝え続けているし、ぶっちゃけ熱海もそういう地元を盛り上げたいという番組だから。
俺も地元になにか貢献したいと思ってるんだよ。そういう意味では、俺もナビちゃんも、同士だと思ってる」


あのコージィーさんが、僕のことを同士だって!? もはや、断る理由はなにもない!

「わかりました! ぜひぜひやらせてください! 頑張ります!」


そして、2025年の5月、ぶっちゃけ熱海内のミニコーナー「ヨロントウナビ」として、地上波の電波に乗った。

初回は本当に緊張した。オンラインでの収録だったが、収録の合間合間のやりとりの中で、コージィーさんがこの番組にどれだけ真剣に向き合っているかが十分伝わってくる。その雰囲気は、まるで職人のようだった。

(ぶっちゃけ熱海、ナビ初出演回アーカイブ音源⇒ https://stand.fm/episodes/663a633c97d22bc7baa77dcc )

初回の収録が放送されてすぐに、コージィーさんから「ナビちゃん! ヨロントウナビ、不定期と言わず毎月やろう!」と提案があり、7月から僕は月1パーソナリティーとなった。

最初、僕は周りのみんなには「月1ゲスト」と言っていた。が、すぐにコージィーさんに優しく訂正された。

「ナビちゃんはゲストじゃない。月1だけど、俺としては『パーソナリティー』として出てもらってると思ってるから」

この言葉のお陰で、僕もスイッチが切り替わったように思う。任されたからには、いつまでもお客さん気分ではいけない。

僕もコージィーさんや、先代のちゃ〜べんさんの想いを大事にして、一緒に番組作りをしていくんだ! と覚悟を決めた。

ちなみに、ちゃ~べんさんもまた、スタエフをやっている。「ヨロントウナビ」が始まってすぐに、ちゃ~べんさんから丁寧なあいさつのレター(スタエフ内でのDM)を頂いた。
ちゃ〜べんさんの人の良さ、優しさが詰まった、あたたかく嬉しいレターだった。

それをきっかけに、ちゃ〜べんさんとの交流も始まった。すぐに、親しみを込めて「ちゃ〜さん」と呼ぶようになった。

ちゃ〜さんを知れば知るほど、すごい人だということが、あとからあとから分かってきた。

ちゃ〜さんは熱海を盛り上げるために、「あたぶらないと」という音楽イベントを六十回以上も開催し、それ以外にも東北の震災復興支援の「タカタフェスタ」という大きなイベントの実行委員長も何度も務めている。


実は僕が、ひよさんを与論島に呼ぼうと思い付いた時に、このコージィーさんとちゃ〜さんの存在も、僕の背中を押してくれた。

思い付いたその時、やはり少しは躊躇もした。

本当にこんなことを実行に移して大丈夫か? うまくいく保証なんてどこにもないじゃないか。

そんな時に、地元を盛り上げるために熱い思いを持っているコージィーさんとちゃ〜さんの顔が浮かんだ。

「よし、僕だって二人に負けてられない!」

そんな想いで、一歩を踏み出したのだった。


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【えっ⁉️これ本当に即興なの⁉️】
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🎹ピアニスト日吉真澄・即興演奏『ヨロンブルー』🎹
2/21(土)の与論島ピアノコンサートまでに1万再生目指しています✨
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このコンサートは、島の方も、島外の方も、オンラインからも、より多くの方に感動を届けたいという想いから、『入場無料・YouTubeでの無料配信』で開催します。

そのため、運営費はチケット収入ではなく、この企画に共感してくださる皆さんの「応援」という形(ご支援・スポンサー)により運営されています。

ご支援は、コンサート運営費、学校訪問演奏、会場づくり、そして子どもたちへとつながる企画に、大切に使わせていただきます。

今回は、「花の苗で応援するプロジェクト」も実施予定です。
コンサートをきっかけに、卒業式・入学式を花いっぱいで迎えられるよう、島の学校へ花の苗を届けたいと考えています。

なお、運営費用を超えて集まった分は、与論島内の学校や子育て支援団体など、島の子どもたちの未来のために寄付させていただきます。

詳細・応援方法は、公式ホームページに掲載しています。

もし心が動いたら、ぜひ応援という形で関わっていただき、皆さんと一緒に、このコンサートの結末を迎えられたら嬉しいです。

「日吉真澄・ピアノコンサート『瞬音』in 与論島」
     主催:「すみ火焼肉サム」店主・ナビ

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♩フレーズⅤ 〜親父殿よ〜

話は、2025年1月21日、熱海へ向かう朝に戻る。

予定より早めに品川駅に向かい、新幹線に乗り込む。品川から熱海までは約百キロ。
たったの四十分ほどで熱海駅に着いた。

コージィーさんとの待ち合わせより、一時間半ほど早めに熱海駅に着いた。

熱海と言えば温泉!……というわけでGoogleマップで近くを調べると、朝からやっている地元感溢れる源泉かけ流しの温泉を発見。

与論島には温泉がない。だから、温泉には憧れがある。早朝からの温泉はとても贅沢で、何より、いよいよ熱海にやってきたんだという気持ちになった。

そのうち、コージィーさんから電話があり、近くまで直接迎えに来てくれることになった。

目印になりそうな、熱海らしい高級そうな和風ホテルの近くで待つ。

待つ間、どんな初対面になるのだろうと想像した。コージィーさんは、僕より十歳ほど年上だ。つまり、おっさん同士である。

「おお! 来たかナビちゃん!」
「コージィーさん初めまして! いつもお世話になっています」

そんな普通の対面になるんだろうと思っていた。

あれかな? という車が止まり「おおーー!ナビちゃーん!」と、コージィーさんが降りてきた。

一年前までは、雲の上の存在だった。それが、この半年は、一緒にラジオを作らせてもらってきた。そして、この僕に『同士だ』と言ってくれた。本物のコージィーさんが、今、僕の目の前にいる。

「コージィーさん! やっと会えた!!」

と、自分の予想を完全に裏切って、思わず感極まって涙が出てしまった! そして、朝から道端でおっさん二人、ガシガシと抱き合うという恥ずかしい初対面になってしまった。

向かいのホテルのドアマンが見ていたような気がする。恥ずかしい! ハッと我に返って、ささっと車に乗り込んだ。

そして、いよいよ、FMCiao!へと向かう。


目的地に到着。入り口には「79.6MHz 株式会社エフエム熱海湯河原」とボードが貼られている。本物のラジオ局だ!

慣れたように階段を上っていくコージィーさんの後についていく。扉を開けて入ると、たくさんのスリッパ。
そして、通路の途中のテーブルには湯沸し器とカップラーメン、そしてセルフでお金をいれる箱。思ったより庶民的だ!

もう一つの扉の向こうには、部屋いっぱいに並ぶCDの棚とたくさんの機材。その先には局員さんのデスクの部屋。その両サイドに、ガラス張りの2つの収録スタジオがあった。
片方のスタジオは、まさに今、生放送中。「OnAir」の赤ランプが光り、パーソナリティーの軽快なトークが聞こえている。

おおーー! すごい! これがラジオ局かぁー!

と、思っていると、目の前のデスクの方が立ち上がった。
コージィーさんに「この方が山崎専務」と紹介され、持参のお土産を渡し、挨拶をする。

「ヨロントウナビ、凄くいいよ! ぜひこれからも続けてください」と、ありがたい言葉もいただいた。

空いている方のスタジオの分厚い防音扉を開くと「ガッ……コン」と音がした。同じくガッコンと扉を閉じると、生放送の音も全く聞こえなくなった。

僕は物珍しくキョロキョロとスタジオ内を見回す。気持ちのよい緊張感だ。

コージィーさんは「昼過ぎまでスタジオ押さえてるから」と、慣れた手付きで機材の調節を始めた。


ちなみに、僕は、与論島から三線を持ってきていた。コージィーさんはギター持参。実は、事前にコージィーさんに、あるリクエストをしていた。

ヨロントウナビのコーナーでは、与論島のアーティスト「川畑アキラ」さんの曲をよくリクエストで流してもらっている。
そのアキラさんのオリジナル曲である「親父殿よ」を2人でセッションして歌おうとお願いしていたのだ。

ちなみに、僕の父は今から二十年ほど前、五十五歳で亡くなった。ちょうどコージィーさんが、生きていたときの父とほぼ同じ年齢だった。
そして、コージィーさんの本職は車の板金屋だ。仕事の話を聞いていても、ラジオの編集を見ていても、コージィーさんは職人だなぁと思う。
僕の父は、人生の最後は七年ほど大工として働いていたし、性格も職人気質だったと思う。

実は僕からみたコージィーさんは、雰囲気がなんだか、父の姿に重なるように感じることがあった。
コージィーさんとのこれまでの一年ほどのやりとりの中で、もし、父と年が近くて友達だったとしたら、こんな感じになる気がするなぁーと思ったりもしていた。

そういうこともあり、この「親父殿よ」という曲をリクエストしていたのだ。

スタエフの僕らのリスナーさんの中には、このに人の初対面を楽しみにしてくれている方が何人もいた。
そのため、本番収録前のセッション練習の様子を、ライブ配信をしながらやった。
たくさんのリスナーさんが、僕とコージィーさんの初対面を祝ってくれた。その中には、この後会う予定のひよさんもいた。

三線とギターで一緒に「親父殿よ」を演奏しながら、僕は、何か違和感があった。
コージィーさんと二人して「ん? キーあってる?」「大丈夫かも」とやりとりしながら、なかなか確信が持てずにいたとき、ひよさんからこんなコメントが入った。

「キーがあってない気がする。ナビさんが高い?」

言う通りに僕のキーを下げてみると違和感がなくなった。さすがプロのピアニストはすごい! と、こんなところでも感じた。


そして、スタエフのライブ配信を閉じ、いよいよ、ぶっちゃけ熱海のラジオ収録本番。この番組は生放送ではないので、二人の準備が整えば、収録開始だ。

コージィーさんは「ナビちゃんごめん。ちょっと、一服してくるわ」と、スタジオから出ていく。

僕の父親も、たばこを吸う人だった。だいぶヘビースモーカーで、亡くなる前のしばらくは、末期のすい臓ガンで入院していた。

「明日見舞いに来るときは、たばこ買ってきてくれ。病院にはたばこ売ってねぇんだよ」

半分冗談、半分本気で、そんなことを言っていたなぁと、父のことも思い出した。

僕の「与論島へ恩返しをしたい」という想いは、いつか僕があちらの世界に行ったときに、両親に感謝を伝えたいんだと思う気持ちに繋がっている。

僕は僕の人生に納得したいのだ。

「自分の人生の中で出来ることはやりきった、僕だけじゃなく妻や子供、僕に関わってくれた大切な仲間友人と、一緒に幸せな人生を送れたよ」と、両親に報告出来たら、僕は自分の人生に納得できるような気がする。

そして、亡くなる前に「与論島に恩返しをしたい」と言っていた母。
だから「母ちゃんの分までやってきたから!」と言えるような人生を送りたい。

ぶっちゃけ熱海で与論島の話をしているのも、ひよさんに島の子供たちの前で演奏してほしいのも、全てはそこに繋がっている。


コージィーさんが、一服を終えてスタジオに戻ってきた。僕の目の前のスタンドマイクに、青いランプが灯る。
それから、一時間ほどかけて収録した。今朝のおっさん二人、涙の初対面の様子もバッチリ話題に上がった。

ちなみに、この日の初対面のスタジオ収録の放送は、コージィーさんのチャンネルにアーカイブが残っている。

(ぶっちゃけ熱海、コージィー&ナビ初対面回⇒ https://stand.fm/episodes/6798bbcb3ed41ba3dc776ea3 )


そして、収録終盤のタイミングで、嬉しいサプライズもあった。
ガラス張りのスタジオの外から、ブンブン手を振る丸めがねのおじさん。くしゃくしゃの笑顔で手を振っていたのは、先代パーソナリティーのちゃ〜べんさんだった。想像通りの腰の低い、表情から愛を感じるおじさんだった。

ちゃ〜さんは、僕と固い握手をして、収録本番のラストにスペシャルゲストとして数分出演したと思ったら、そのままバタバタと帰っていってしまった。

コージィーさんも「ほんっとに忙しい人だねぇ」と笑っていた。

ちゃ〜さんの本業は割り箸屋さんだ。あちこち配達で走り回っているらしい。僕に会うために、本当に忙しい配達の合間をぬって駆けつけてくれたのだ。
以前からちゃ〜さんは、本当に人を大切にする方だとは聞いていた。本当にありがたい。

ちなみに、ちゃ〜さんは夜は空いているということで、この後、コージィーさんの地元の沼津のお店で合流することになった。


ところで、よくよく振り返ってみると、ここまで半年ちょっとの、コージィーさんやちゃ〜さんとの関わりが、僕の「地元に恩返ししたい」という気持ちを、より具体的に動く方向に意識を変えてくれていたのかもしれない。

この企画を思い付いたあの日、コージィーさんとちゃ〜さんを思い浮かべたら「実際に行動しなくっちゃ」と思えた。


特にコージィーさんとは、ぶっちゃけ熱海をきっかけに、深夜に長いこと語りあってきた。
そんな、僕にとっては大きな大きな存在である、コージィーさんとの初対面。

そして、その同じ日に、今回の物語で最も重要な人物。コンサートの主役であり、実力派ピアニスト日吉真澄さん。我らがひよさんに、この後いよいよ会いに行くことになる。


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♩フレーズⅢ 〜天国はつくるもの〜

ひよさんがピアノを離れていた四年半。第二の人生として選んだのは「書家」という道だった。

そして、ひよさんが「動けば変わる」という言葉に出会ったのも、この書家時代のことだったという。

僕がひよさんを与論島に呼ぶことを思い付いたあの日、教育委員会に連絡すること、まず一歩踏み出そうと思ったその時、頭をよぎったあの言葉だ。

ひよさんの文章に出てきた、筆の師匠。
その師匠の師匠は、路上詩人の元祖といわれる「てんつくマン」という人だ。

てんつくマンさんは、かつて、自転車で日本一周の旅をしながら、全国の路上で「あなたを見てインスピレーションで言葉を書きます」という活動をしていた方だ。

2021年9月、ひよさんはてんつくマンさんが主催する「路上詩人塾」に参加する。そして、初日の課題は「動けば変わる」という文字を書くことだった。
ひよさんはこの、最初に書いた一枚に不思議なパワーを感じたそうだ。
ひよさんの公式プロフィールには、座右の銘の一つとして、この「動けば変わる」という言葉が掲げられている。

その後、ひよさんは、ある挑戦を始める。毎日「動けば変わる」という文字を様々なスタイルで書き続けるという365日チャレンジだ。

最初は、練習のつもりで上達を目指して筆の腕を磨くために始めたのだが、さすがに365日となるとアイデアにも限界がくる。

ひよさんは、文字をイラスト風にデザイン化するなど表現を発展させていき、SNSに投稿を続けた。
すると「面白い!」「よくこんなアイデアが出るね!」といった反響が帰ってくるようになった。中には「この言葉に勇気をもらって新しい挑戦を始めました」という感謝の声までも。

そして、この言葉に一番力をもらっていたのは、ひよさん本人だった。

年明けから始まったこの挑戦は、春には「動かなきゃ何も変わらない」「動けば変わる」と、少しずつ意識するようになり、夏にはついに、ひよさんの人生を再び大きく変える原動力となる。

チャレンジから約半年後の2023年7月、ついにひよさんは、約四年半ぶりにピアノの蓋を開き、音楽活動を再開することになる。

いつしか、この作品たちで「動けば変わる展」をやりたいと思い始めるようになった。
そして、2024年1月、365日チャレンジが終わる頃、ちょうどデビューから二十五周年になろうとしていた。

YouTube日吉真澄「動けば変わる365」作品集ムービー⇒




ピアノを辞めると決断したとき、ひよさんにとって一番辛かったのは「孤独感」だったという。

「当時は、自分の思いや、自分の作った曲を聴いてほしいっていう思いが強かったんです。今思えば、自分のために音楽をやっていたんだと思います、情けないことに」

再び、ピアノの世界に戻ってきたのは、スタエフの中だった。ここには、純粋にひよさんのピアノを聴きにくるたくさんの人たちがいた。

気がつくと「自分のために弾いていた」から「聴きにきてくれるみんなのために弾く」と、気持ちが変わっていたことに気がついたという。

これが、ひよさんのピアノ復帰一周年の感謝のメッセージに繋がっていく。


更に、ひよさんがスタエフで呼び掛けた「動けば変わる100日チャレンジ部」に繋がり、更に、僕の与論島コンサート企画まで繋がってゆく。

ちなみに、僕がひよさんから「てんつくマン」の名前を聞いた時、とても驚いた。
実は、僕は、てんつくマンさんに書を書いてもらったことがあるのだ。
こんなところでも、縁が繋がっていたとは!

今から約二十年ほど前、僕は大阪で料理修行をしていた。たまたま書店で見つけた、てんつくマンさんの本を手に取った。
「天国はつくるもの」というタイトルの、たくさんの写真と、てんつくマンの熱いメッセージの込められた写真集だった。筆文字で書かれたたくさんの作品も乗っていた。

当時の僕は両親を亡くしたばかりだった。
父は、すい臓の末期ガンで、あっというまに亡くなり、その三年後、後を追うように母も亡くなった。
人生ってなんなんだ、生きる意味ってなんなんだと、もがいていた時期だった。

ページをめくると、たくさんの熱い言葉、温かい言葉、優しい言葉。

力強くも温かい、その筆文字を眺めながら、「ああ、この人は自分のためにも、誰かのためにも『生きて』いるんだな」と感じたのを覚えている。
どんな人なんだろうと気になった。

そして、その直後、京都で行われたイベントに、てんつくマンさんが来ると聞いて会いに行ったのだ。

その時、大きめの紙に書いてもらった作品は、今でも額縁に入れて大切に飾ってある。
僕が書いてもらったのはこんな筆文字だ。

『キーワードは遊ぶこと この地は遊び場であり その肉体はのりもの その肉体使い めいいっぱい 遊び 楽しんで』

あの頃、人生とはなんだ? 生きるとはなんだ? と考えていた僕だが、今は、この筆文字のように生きられているんじゃないかと思っている。


ひよさんから、てんつくマンさんの話を聞いたときに、その写真集を久しぶりに引っ張り出してみた。裏表紙には、こんな文章が書いてあった。

「動けば変わる。動けば始まる。天国は、死んでから行くところではなく、つくるもの」


ひよさんは、生きるために一度ピアノからはなれ、そしてこの言葉に出会い、再びピアノに戻ってこれた。そして今は、たくさんの仲間がいる。

まさに、ひよさんは、動いて変えたんだと思った。

そして、僕も同じように、今、動いて変え始めている。


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♩フレーズⅡ 〜もう一度ピアノが弾きたい〜


これは、今の僕がよく知る「ひよさん」になる前の物語。


ピアニスト、日吉真澄。

彼女がピアノを始めたのは、わずか四歳。

音楽家になろうと心に決めたのは、八歳の頃。筆箱の中の定規の裏に「音楽家になる」とマジックで書いた。

両親の支えもあり、小学校のうちには、皆に実力を認められるレベルになっていた。

中学校時代の夏休み、自由研究のテーマに「作曲」を選び、自由研究発表の学年代表に選ばれた。
そして、学祭ステージで、ピアノコンサートという形で舞台に立ち、自作の曲も発表した。

高校生になると、夢はより本格的にリアルな目標となり、レッスンが遅くなる日も増えてくる。

そんな時は、父が車で迎えに来てくれた。無口ながらも、常に娘の応援に徹し、支え続けてくれるのが父だった。

当時から音に対する感受性が強く、周囲の先生たちからも「あなたは音楽の道に進むべきだ」と背中を押してくれた。

そして、国立音大では作曲科を選び、本格的に学んでいく。

1999年には念願のデビューを果たし、本格的に「ピアノインストアーティスト」「劇伴作曲家」として活動をスタートしていく。
ちなみに、劇伴作曲家とは、映画・ドラマ・舞台など、物語に音楽を添える作曲家のことだ。

ストーリーの登場人物に寄り添い、言葉の裏にある心の動きや、言葉にならない想いや葛藤、つまり「人のドラマ」を音で描く。
登場人物の息づかい、風の温度、沈黙の重さ。それらをメロディーやハーモニー、間合いなどで紡いでいく。

今の彼女の即興演奏のクオリティの高さは、ここで培われてきたのだろう。

ある日、地元近くのコンサートに大きなスタンド花が届いていた。名前を見ると、見覚えのある名前が書かれていた。あの、中学三年生、学祭でピアノコンサートをしたときの担任の先生だ。
しかも、その地域の教育長という肩書きで送られてきた。

『あの頃の志を叶えてよく頑張った』と、これまでの努力を認めてもらったような、喜んでもらえたような気持ちになった。


けれど、プロとしての年月は、順風満帆ばかりじゃない。期待も重圧も、時に同じくらいの重さで肩にのしかかる。時代も変わっていく。CDの需要も減り、アーティストという仕事のあり方も変わっていく。

一番大変だったのは、人気を保ち続けること、発展させ続けることだった。
ずっと応援してくれると思っていた人が、だんだんとライブで顔を見なくなる度に、徐々に孤独を感じるようになっていく。

デビュー二十年を越える頃、心の糸がぷつりと切れた。「この道はとにかく茨の道でした。成功するのも大変だけど、継続するのも同じくらい大変なんです」と、彼女は当時の想いを語っている。

生きる気力がなくなり、一日中寝込んだまま動けない日もあった。

音楽を愛するがあまり、音楽に苦しめられ、このままでは生きてはいけない。
そう思った彼女は、誰にも言わずにピアノの道を降りることを決意した。

デビュー二十周年のコンサートには、長く応援してくれたファンの方たちも集った。
大きな節目のお祝いのコンサートなのに、冒頭からずっと涙が止まらず、泣きながらピアノを弾き続けた。

ピアノを辞める決意をしたことは、お客さんにも誰にも、一切伝えなかった。
彼女1人だけが、日吉真澄、人生最後のコンサートに望んでいたのだ


そして彼女は、物心ついてからずっと、人生の全てをかけていたピアノの蓋を、閉じた。

向き合って死んでしまうより、逃げてもいいから生きる選択をした。
手放すしかなかったけれど、苦しいまま生きていくよりは、幾分かましに思えた。

それから、彼女はピアノとは別の人生を歩むことになる。

それから二年後、彼女はスタエフと出会う。

彼女が始めたチャンネルの名前は「NEXT STATION〜新しい自分への扉を開くラジオ〜」だった。

そして、更に二年半が経ち、彼女は約四年半という長い間、ずっと離れていたピアノを再開することになる。

人生を全て捨てる覚悟で、新たな人生を歩み始めたはずの彼女が、なぜ再びピアノの蓋を空けたのか?

それは、ぜひ、彼女本人の文章で読んでもらいたい。


彼女のピアノ復帰から一周年の記念日に、これまで支えてくれた、たくさんのリスナーさんに向けて感謝を込めて、即興演奏を弾いた。

この文章は、そのピアノ演奏配信に添えられた、ひよさん本人の熱い想いの籠った文章だ。

その即興演奏のタイトルは『タカラモノ』。ぜひ、その演奏を聴きながら読んでもらいたい。


(日吉真澄ピアノ即興 【タカラモノ】 ピアノ配信 一周年の夜に感謝を込めて⇒ https://stand.fm/episodes/668e101403f6d64e38c05627 )



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四歳の時ピアノを始め、八歳の時、音楽家になる夢を掲げた。
それまで遊びだったピアノは、その時から志に変わった。
そこからは修行の道となり、遊びにも行けずピアノを弾いた。
こども心にこの道は大変な道だということがわかっていた。
でも、熱いものがあって、覚悟を決めた。

それからの人生は、この夢を追う日々となった。

1999年1月31日、アルバム「Dear」
念願のデビューを果たし夢を叶えた。

でも、順風満帆になど行かなかった自分の音の道。
作った音楽を知ってもらうこと、
好きになってもらうこと、
出逢えていない人たちに遠く届いていくこと、
一番大変だったのは、
長く応援してもらうこと。

メンタル弱っちぃ私は、しょっちゅう落ち込んで
泣いてはうずくまり、
答が出るまで延々と悩みこむ、
そんな弱い自分と常に格闘しながら、
それでも、そんな弱さも含め全力で歩いてきた。

長く活動を守ってくることの難しさ、
時代の荒波、
そんな中でついに心折れた。
音楽という人生のほとんどを全力で賭けてきた夢を
失うのなら、
何のための今までだったのか、
空しくて、孤独で、不甲斐なくて、
もう生きていたくないとまで思い
もう立ち上がれなくなった。
そして、ついにピアノの蓋を閉じた。

2019年2月23日 活動二十周年のコンサートをけじめとして
黙って静かにステージを降りた。

音楽の道にはもう戻らないと思った。
戻ったらまた険しく終わりのない茨道だと思った。
別の夢を探した。

その中で巡り合っていったのが、
星詠みと筆文字の世界だった。
同じく筆の道を目指す仲間たちと頑張る中で、
「ライブペイント」というジャンルがあることを知った。
ミュージシャンと一緒にステージに立ち、
生のパフォーマンスをダイナミックにしていく。
師匠のめちゃくちゃかっこいいパフォーマンスを見た。
「これはまるでミュージシャンのようだ!」と思った。

「筆を持ってステージに舞い戻れる!そんな道があったのか!」

私は、本気でライブペインターとしての活動を始めた。

そして、ライブハウスに出入りするようになった。
ピアニストとしてではなく、書家としての舞台。
ライブハウスに行く度に、
ピアノのデザインの名刺を渡しながら
「書家です」
と不思議な挨拶をする自分…。
相手は現役のミュージシャンの顔をして
堂々と自分の音楽を表現して輝いていた。

「本当は自分も音楽家なのに…。
でも私、負けたんだよな…」

と心の中でひっそりと泣いた。

「私も本当は音楽家なのに…」
このつぶやきは、だんだん叫びとなっていった。

もう一度ピアノが弾きたい。
ならば弾いたらいいんじゃないのかな、
だって生きてるんだもん。

8歳の時からプロを志した。
ずっとその域に行かなければ
人生失敗のような気がしていた。

だけど、挫折した自分は、ピアノを弾く資格なんてないのかな?
ピアノや音楽は、本当はもっともっと素敵で素晴らしいものなはず。
人生終わる時に、
「本当はもっとピアノを弾きたかった」
そう思って後悔している自分が想像できた。

そして、四年半ぶりに
私は再びピアノの蓋を開け鍵盤に指を落とした。

「あぁ……ピアノの音ってきれいだなぁ……
私、こんなきれいなものを弾いて生きて来てたのかな」

涙が出て来た。

もう一度ピアノが弾きたい。
あ……Stand FM……。

2023年7月9日 25:30頃
ついに私は、ピアノを弾いた。

もうかっこつけも、取り繕いも、見栄を張ったりも、
そんなことは一切やめよう、
余計な欲はすべて捨てよう、
ただただ正直にピアノを弾いて、正直な想いを伝えて、
そういう自分を受け入れてくれる人たちに届けていく、
そんなシンプルな形でいいじゃない。
そう決めた。

私はそれから毎日、一生懸命に、正直な想いを語り、
正直にピアノを弾いた。
戻って来た私を待っていてくれたのは、
十代二十代の頃、まったく手も出なかった即興演奏だった。

その即興演奏を気に入ってくれる人たちが
私のライブ配信に連日来てくれるようになった。

「もう一度ピアノ弾いてくれてありがとう」
「24時をずっと待ってたよ」

こんなことを言ってくれる人たち。
どんなに支えになり、希望になったことかしれません。

ずっとほしかったのは、こんな人たちとの心の繋がり、
その繋がりが育んでくれる居場所でした。

私の本当の夢は、立派な大舞台に立つことなんかじゃなく、
心で繋がれる人たちとの日々だったんです。

ピアノの道に戻ることを筆の師匠に告げた時、
目指す大舞台を訊かれた。

『私、東京国際フォーラムホールAに立ちたいです』

5012席の大ホール。
口では言いながら、心の芯のところでは、
自分にはこれは叶えられないだろうと思った。
でも、私という人間や、私の可能性を信じてくれる人たちがいる。
なのに、最初からあきらめて挑むこともしないのは、
アーティストのやることじゃないんじゃないかと思った。

このありがたい人たちに恩返しをしたい。
最高の音響と照明と空間で、
人生の中で最高の感動体験を届けたい。
時間と努力がたくさんかかる、本来無理でしかなかった夢を叶えること、
そのドリームを感謝の形として返したい。
大切なこのみんなと東京国際フォーラムにたどり着いて
夢叶ったね〜!って言って感動の涙を流したい。

私の本当の夢は、
大舞台に立つことじゃなく、
大切な人達と最高の体験をして感動しあいたい。

この想いだけで毎日を生きています。

みんなのおかげで私、立ち上がれたんです。
もう一度、夢を掲げて一生懸命になれた。

こんなタカラモノってありません。

一周年を迎えた夜に、
両手いっぱいの感謝を込めて、
「タカラモノ」というお題でピアノ即興しました。

是非聞いてください。

ありがとうね。
みんなのおかげで、本当に毎日幸せです。

本当にありがとう。

日吉真澄

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一気に読みたい方はこちらから
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【えっ⁉️これ本当に即興なの⁉️】
日吉さんの即興演奏をぜひ、聞いてみてください🙇

🎹ピアニスト日吉真澄・即興演奏『ヨロンブルー』🎹
2/21(土)の与論島ピアノコンサートまでに1万再生目指しています✨
⇩⇩⇩





⇧⇧⇧
このコンサートは、島の方も、島外の方も、オンラインからも、より多くの方に感動を届けたいという想いから、『入場無料・YouTubeでの無料配信』で開催します。

そのため、運営費はチケット収入ではなく、この企画に共感してくださる皆さんの「応援」という形(ご支援・スポンサー)により運営されています。

ご支援は、コンサート運営費、学校訪問演奏、会場づくり、そして子どもたちへとつながる企画に、大切に使わせていただきます。

今回は、「花の苗で応援するプロジェクト」も実施予定です。
コンサートをきっかけに、卒業式・入学式を花いっぱいで迎えられるよう、島の学校へ花の苗を届けたいと考えています。

なお、運営費用を超えて集まった分は、与論島内の学校や子育て支援団体など、島の子どもたちの未来のために寄付させていただきます。

詳細・応援方法は、公式ホームページに掲載しています。

もし心が動いたら、ぜひ応援という形で関わっていただき、皆さんと一緒に、このコンサートの結末を迎えられたら嬉しいです。

「日吉真澄・ピアノコンサート『瞬音』in 与論島」
     主催:「すみ火焼肉サム」店主・ナビ

この文章はKindleで出版した、「与論島・小さな島のピアノ協奏曲」という本を連載形式で全文公開するものです。


『与論島の子どもたちに、最高の音楽体験を届けたい!』

この物語は、南の島・与論島で焼肉屋を営むナビが、即興演奏ピアニスト「日吉真澄」さんを島に招き、学校訪問演奏、そしてピアノコンサート開催を目指した、実際にあった約100日間の物語。

本文最後に、Kindle本のリンクがあります。一気に読みたい方はそちらから読んでいただけると嬉しいです🙇

当日はYouTube無料生配信も行います。ぜひ、当日は与論島へ、もしくはオンラインでYouTube、stand.fmから応援に駆けつけていただけると嬉しいです‼️



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♬第二楽章 『想いをつなぐ旅』

♩フレーズⅠ 〜声でつながる仲間たち〜

僕の仕事は、焼肉屋。与論島という小さな島の個人店だ。

島が小さいと飲食店の数も少ない。そんな中で、島の人たちに飽きられないような店にするには、変化があった方がよいと思う。

そのため、僕は年に一度、毎年一月に東京で開催される「焼肉ビジネスフェア」というイベントに行くことにしている。焼肉業界に関わる様々な団体が集まるイベントだ。

ブランド牛の肥育者や、食品関係の輸入業者、タレや調味料のメーカー、排気ダクトのメーカーまで、100以上のブースが出店される。
そこに、仕入れの新しい取引先を見つけたり、最新の焼肉業界の流行りなどの情報を得たりしに行くわけだ。

そんなわけで、前々から一月の下旬頃、東京に行くことは決まっていた。


ところで、舞弦鼓の明日香さんの話のところで少し触れたが、実は僕は2024年の7月から、静岡県の熱海湯河原地方のFMラジオ番組「ぶっちゃけ熱海」に月1パーソナリティーとして出演させてもらっている。
熱海のラジオなのに、与論島の話をする「ヨロントウナビ」というコーナーだ。
しかも、スタエフとは違う、本物の地上波ラジオ番組だ。

メインパーソナリティーは、スタエフでも大人気の配信者の「コージィー」さん。
月1パーソナリティーを引き受けてからちょうど半年になる。これまで、ずっとオンラインでラジオ収録をしていたのだが、せっかく関東に来るこの機会に、実際にラジオ局のスタジオで収録をしようということになった。
コージィーさんとも、念願の初対面になる。

ちなみに、僕は沖縄の伝統楽器・三線を趣味にしている。今回、ラジオの収録で、コージィーさんにあるお願いをしていて、そのために、三線を抱えての旅だ。


そして、これもたまたま偶然なのだが、なんと、ひよさんの実家がラジオ局近郊の町にあることが判明した!
僕のラジオ収録日の前日が、偶然にもひよさんのお父様の誕生日だった。
そのタイミングでひよさんも、誕生日を祝いに実家に帰るという。

そんな偶然が重なって、収録の後にひよさんと会えることになった。
実は今まで、スタエフでは長いこと交流はあったものの、直接会ったことは無かった。
与論島でのコンサートを翌月に控えたこのタイミングで、ひよさんとの初対面をすることになった。


ちなみに、ひよさんもぶっちゃけ熱海にゲスト出演したことがある。僕が与論島コンサートを思いつく前、2024年9月の放送だった。

「ヨロントウナビ」とは関係なく、地元出身でプロとして活躍しているピアニストとしての出演だった。

(ぶっちゃけ熱海、日吉真澄ゲスト回アーカイブ⇒ https://stand.fm/episodes/66e16d478661c1793391f6b6 )


思い返してみると、この時期辺りから、僕はひよさんの深夜の定期ライブに頻繁に通い始めたような気がする。
それ以前からひよさんのことは知っていたし、ライブもたまに聞いてはいた。
が、ここまで距離感が縮まったのは、回は違えど、同じラジオ番組へのゲスト出演がきっかけだったように思う。

そう思うと、いろんなところから、それぞれにご縁が繋がって、僕のコンサート企画までたどり着いてるんじゃないかと思う。

つくづく人の縁って不思議なものだ。


さぁ、約一週間の関東の旅だ。与論島から飛行機を乗り継ぎ、東京へ向かう。

スタエフを始めて五年。
「関東に行くよ」と投稿すると、ありがたいことに多くの仲間が声をかけてくれた。
お陰で、一応は「仕事の出張」という建前ながら、実際はたくさんの人に会う旅になっていた。

初日は、渋谷へ向かった。
スタエフのコミュニティ「エスラボ」の仲間たちとの、焼肉飲み会だ。

この日のメンバーは、エスラボの中心メンバーたち。
与論島コンサートを思いついた、あの夜――
「内臓が震える感覚」という言葉で、僕の背中を押してくれたアーティスト「言葉のファンタジスタまゆみ」さんとも、いよいよこの日が初対面となる。

エスラボは、メンバー600人超(※本書出版時点)を誇る、スタエフ最大規模のコミュニティだ。
そのリーダーは、人間のステータスをすべて「人集めスキル」に全振りしたのではないかと思える、謎の男、川口社長。

川口社長は、とにかく仕切らない。
とにかく人任せ。
そして、空気を読まずにふざけたりする。

ファンタジスタまゆみさん曰く、「社長は、小学五年生男子!」だそうだ。

それなのに、なぜかエスラボのメンバーから、圧倒的に愛され、慕われている。
理屈では説明しきれない、不思議な存在だ。

「ルールがないのがルール」という、自由すぎるコミュニティにもかかわらず、大きなトラブルがほとんど起きない。
それは、声でつながるSNSだからこそだろう。

顔や肩書きではなく、声のトーンや間から人柄が伝わる。
そこに、自然と信頼が生まれる。
川口社長は、そんな「人と人とのつながり」そのものを、心から信じているのではないだろうか。

だからこそ、ここに集まる人たちも安心して素の自分を出し、大人が本気で楽しめる空気が生まれている。
そんな場所が、エスラボなのだと思う。

さて、この日集まってくれたのは、ファンタジスタまゆみさん、イイダさん、亮丸さん、そしてパンダのゆうちゃんの、エスラボ中心メンバー。
残念ながら、川口社長は関東在住ではないため、この場にはいなかった。

会場は、エスラボメンバーなら知らない人はいない「エスラボの良心」とも言える、イイダさんのご自宅だ。

事前に、僕の店から焼肉用の肉を発送しておき、そこでこの焼肉会が開かれた。

関西出身のイイダさんは、テンポのいいツッコミで、どんな場も一瞬で笑いと安心のある空間に変えてしまう。
それでいて、段取りや仕切りも完璧。
今回の集まりも、イイダさんの存在なくしては実現しなかっただろう。
出来る大人の代表みたいな人だ。

全力で仕切らない川口社長を、表でも裏でも支え、そして全力で社長をいじり、こき下ろしにいく。
そんな、愛ある立派な大人、イイダさんがいるからこそ、エスラボは成り立っているのだと思う。

そして、パンダのゆうちゃん。
いつもパンダの被り物をしている、ロックな存在だ。
いつも熱くてまっすぐで純粋で、飾らない言葉を投げかけてくる。
この日も、こんな質問をしてきた。

「ナビさんは、どうして焼肉屋をやっているんですか?」

その素朴で真っ直ぐな問いが、僕自身の人生の原点や与論島コンサートに込めた想いを、自然と引き出してくれた。

そんな質問が出てくるのは、ゆうちゃん自身が「何者かになりたい」と、本気でもがいているからなのだろう。

(※この本の出版から少し後、2026年2~3月。
ゆうちゃんは人生初の個展『欲望の翼暴展』を開催するためにクラファンに挑戦し、見事、目標を達成した。ゆうちゃんもまた、エスラボで人生を動かした一人だ。 )


そして、亮丸さんは、翌月のひよさん東京コンサートにコラボ出演する予定だ。
スタエフではビジネスや心理学をテーマに発信し、落ち着いた声に説得力がある。
以前、ひよさんの即興ピアノに合わせて、亮丸さんが即興で詩を朗読するというコラボ企画があった。

(日吉真澄×亮丸 【音楽×心理学、エモくて泳みるピアノポエトリー】⇒ https://stand.fm/episodes/67445d519d289848d36fcff3 )

コラボ後のトークでは、二人でお互いに「今の即興だったんですか?」と驚き合っていた。
そのとき交わした「いつか生の会場で一緒にやりましょう」という約束が、ついに来月、ひよさんの東京でのコンサートの中で実現する。


そして、いよいよ「言葉のファンタジスタまゆみ」さんとの初対面だ。

『未来を想像して、内臓がブルブル震えるくらいの感動を感じられたら、それは実現できる』

ひよさんを与論島に呼ぼうと思い付いたあの日、僕をその気にさせたこの言葉。これは、まゆみさんの配信で、強く心に残っていた言葉だ。まさに、言葉のファンタジスタ!

あの時、この言葉が頭をよぎったお陰で、未来を信じて動き出そうと思えたこと、直接ご本人にお礼を伝えることが出来た。


深夜まで語り合い、持ってきていた三線で乾杯の歌も歌い、最高の夜になった。
大人になってから、こんな仲間ができるなんて、本当にありがたい。
改めて、音声でつながる仲間って、特別だなと思った夜だった。


その翌日の夕方、僕は茨城県に向かっていた。次の朝には熱海にいなくてはいけないのだが、茨城県だと、まるで反対方向だ。

スケジュールを無理やり調節してでも、会いに行きたい人がいた。
それは、バレエダンサーのしょこらん。
しょこらんは、ご自身もダンサーだが、未就学児、小学生などの子供たちを中心に、バレエ教室をやっている。教え子は2500人以上。大ベテランのバレエの先生でもある。
僕よりもだいぶお姉さんだが、スタエフでの仲間は、なぜだか年齢を超えて仲良くなれる。

実は、しょこらんも、先ほど紹介したエスラボのメンバーで、亮丸さんと同じく、来月のひよさんの東京コンサートにゲスト出演することになっている。

僕と同じく、しょこらんも、ひよさんのピアノに衝撃をうけた一人だ。
なんでも、初めてひよさんのCDを聴いたときに「この曲で踊りたい!」と、強く思ったらしい。


電車を乗り継いで、夜の七時半ごろに待ち合わせの駅に着いた。改札の近くで待っていると「わぁー! ナビさん! はじめまして〜!」と、声が聞こえてきた。
声がした方をみると、スタエフのアイコンで見慣れたしょこらんが走ってくる。

それにしても、実際にお会いするのは初めてなのに、スタエフで繋がっている皆さんは、どなたも全然初めてな感じがしない。お互いの声を知っているというのは、それだけ親近感もわきやすいのだろう。

そこから、しょこらんの車で最寄りのファミレスで一時間半ほどお話しさせていただいた。

僕も与論島コンサートでは、ひよさんのピアノとエイサーや、合唱などのコラボ企画を予定しているので、いろいろと参考になった。

ちょうど、この一週間ほど前には、CDの曲を使った振り付けで、実際にバレエの発表会に出ている。
「この曲で踊りたい」という想いを、実際に行動に移したのだ。
そして、これがきっかけとなり、来月のひよさんの東京コンサートでのゲスト出演も決まった。

しかも、今度はCD音源ではなく、ひよさんの生演奏に合わせて、バレエを踊る。

しょこらん自身、生演奏で踊るのは初めてだということで、期待と緊張と、そしてプレッシャーとが入り交じった気持ちを話してくれた。


熱く語る時間はあっという間だった。
もっと語りたい気持ちがあったが、翌日の朝には僕は熱海にいなくてはならない。

「ぶっちゃけ熱海」パーソナリティーのコージィーさんとの待ち合わせは、熱海駅に朝9時半。
このファミレスから熱海までは、電車と新幹線を乗り継いで二時間半ほど。

というわけで、今日のうちになるべく熱海に近付いておくことにした。

しょこらんに最寄駅まで送ってもらい、この日は品川駅まで移動して、近くのカプセルホテルに泊まることにした。

チェックインする頃には、深夜24時になろうとしていた。
スタエフを立ち上げると、いつものひよさんの深夜のピアノライブが始まる。自分のカプセルルームの番号を探しながら、イヤホンでひよさんのライブを聴きに入る。

ライブに入り「こんばんはー!」と挨拶すると、すでにいつものメンバーがたくさん集まっていた。

ここに来れば、いつもの仲間がいて、和気あいあい、新しい方も優しく歓迎。そんなひよさんのライブは、通称「ひよ村」と呼ばれている。

毎日24時に村が開く「ひよ村」には、あるルールがある。

「村長(ひよさん)が寝るまでは、日付が変わらない」

というわけで、夜中の26時ごろまでは、ひよさんのお父様の誕生日が継続中。
この日は「ひよパパ誕生日記念ライブ」になった。
ライブ画面の背景には、白黒写真のひよさんのお父様の写真が使われている。

そして、ひよさんと言えば、ピアノレター。
明日の朝から、実家に行って一日遅れの誕生日祝いをするということで、今夜はお父様にプレゼントするための即興ピアノ音源を録るという。

ライブの画面越しに、ひよさんはご両親への感謝を語っていた。

幼い頃からピアノを習わせてくれ、音大にまで進ませてくれた。
けれど、ピアノを本格的に続けるには、どうしてもお金がかかる。
ごくごく平均的な一般家庭だったはずだ。
その学費を工面するために、両親はきっと、必死に働き続けてくれたのだろう。
ひよさんは、そんなふうに語っていた。

ひよさんのお母様は、こんな言葉をお父様と交わしていたそうだ。

「才能を持って生まれてきた娘なのだから、その才能を伸ばしてやるのが親の役目。それが親の愛だと思う。二人で働けば、なんとかなるよ」

その言葉からも、ひよさんがどれほど大切に育てられてきたのかが、ひしひしと伝わってくる。

ひよさんは「両親のお陰で、ピアノを弾ける手を授けてもらった」とも言っていた。

あまり多くを語らず、静かでおとなしい父だった。
だけど、背中で語ってくれていた。

そんなお父様に向けての、この日の即興演奏のタイトルは『美しい背中』だった。


(ピアノ即興『お題・美しい背中』~父の誕生日に捧ぐ~ ⇒  https://stand.fm/episodes/678fb58a51afdefc68d3dc0a )


その演奏は、とても優しく、とてもあたたかく、「大丈夫だよ、見守っているよ」と大きく包まれているように聞こえた。きっと、ひよさんのことを誰よりも応援してくれていたお父様だったに違いない。

演奏が終わると、コメント欄にたくさんの「おめでとう」の文字、そして、拍手の絵文字が。
ひよさんはその画面をスクショに撮りながら、「明日、父に見せます。喜んでくれると思う!」と言っていた。


ここで、少しひよさんの話をさせてもらおう。

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一気に読みたい方はこちらから
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【えっ⁉️これ本当に即興なの⁉️】
日吉さんの即興演奏をぜひ、聞いてみてください🙇

🎹ピアニスト日吉真澄・即興演奏『ヨロンブルー』🎹
2/21(土)の与論島ピアノコンサートまでに1万再生目指しています✨
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このコンサートは、島の方も、島外の方も、オンラインからも、より多くの方に感動を届けたいという想いから、『入場無料・YouTubeでの無料配信』で開催します。

そのため、運営費はチケット収入ではなく、この企画に共感してくださる皆さんの「応援」という形(ご支援・スポンサー)により運営されています。

ご支援は、コンサート運営費、学校訪問演奏、会場づくり、そして子どもたちへとつながる企画に、大切に使わせていただきます。

今回は、「花の苗で応援するプロジェクト」も実施予定です。
コンサートをきっかけに、卒業式・入学式を花いっぱいで迎えられるよう、島の学校へ花の苗を届けたいと考えています。

なお、運営費用を超えて集まった分は、与論島内の学校や子育て支援団体など、島の子どもたちの未来のために寄付させていただきます。

詳細・応援方法は、公式ホームページに掲載しています。

もし心が動いたら、ぜひ応援という形で関わっていただき、皆さんと一緒に、このコンサートの結末を迎えられたら嬉しいです。

「日吉真澄・ピアノコンサート『瞬音』in 与論島」
     主催:「すみ火焼肉サム」店主・ナビ

この文章はKindleで出版した、「与論島・小さな島のピアノ協奏曲」という本を連載形式で全文公開するものです。


『与論島の子どもたちに、最高の音楽体験を届けたい!』

この物語は、南の島・与論島で焼肉屋を営むナビが、即興演奏ピアニスト「日吉真澄」さんを島に招き、学校訪問演奏、そしてピアノコンサート開催を目指した、実際にあった約100日間の物語。

本文最後に、Kindle本のリンクがあります。一気に読みたい方はそちらから読んでいただけると嬉しいです🙇

当日はYouTube無料生配信も行います。ぜひ、当日は与論島へ、もしくはオンラインでYouTube、stand.fmから応援に駆けつけていただけると嬉しいです‼️



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♩フレーズⅦ 〜想いを届ける準備〜

一月も二週目に入り、我が家の子供たちは三学期が始まった。

そして、気がついたら突然の思い付きから約五十日が過ぎていた。そして、訪問演奏までも約五十日。気がついたら、もう日数的には既に折り返し地点まで来てしまっている!

日にちは少ないのに、イベントの企画自体は、どんどんと巻き込む人を増やしつつある。コラボ企画だけでも二十〜三十人。更に、託児スペースの保育士スタッフも。

果たして、僕の手に負えるのだろうか? と頭をよぎるが、立ち止まっている暇はない。とにかく、島中にこの情報を届けるために動くしかない!


ところで僕は、年末のツリーハウスで池田さんにこんな質問をしていた。

「くみちぎにチラシを入れるにはどうしたら良いんですか?」

「くみちぎ」というのは、分かりやすく言えば、与論町から各家庭への配布物だ。

「くみ」は、集落を更に細かく分けた小組合のことだと思うが、「ちぎ」の意味は何年たってもさっぱり分からない。

町の行事カレンダーや、生活に関わるさまざまなお知らせ、イベントのチラシなどが月2回まとめて配布される。

なぜ、くみちぎにチラシを入れたかったのか? それは与論島の全ての家庭に配られるからだ。与論島でイベントをするなら、これが一番効果のある宣伝方法なんじゃないかと思う。

池田さんから聞いた話では、くみちぎにチラシを入れるには、与論町役場の総務課に申請し、審査を受けなくてはならないそうだ。

より詳しい説明を受けるために、直接、総務課に相談にいった。ざっくりまとめるとこうだ。

くみちぎには、何でもチラシを入れられるわけではなく、その判断基準は「与論町民にとって有益なイベントである」ということ。
有料のイベントは、基本的に通りにくいそうだ。それはつまり、有料だと「町民のため」ではなく「営利目的」と判断されるためなんだろうと思う。
そういう意味で、無料のイベントであれば、ほぼ審査は通るだろうということだった。

ここで、僕は頭を抱えた……!

もともと、1人でも多くの人に、本物のピアノを聞いてもらいたいという想いから動いていた。だから、本当ならば無料イベントにしたいと思っていた。

だが、僕の当初の構想より、イベントの規模が大きくなってきている。コラボ相手にも、託児スペースの保育士さんにも、完全にボランティアで参加してもらうことは考えていなかった。

コラボの前にリハーサルなども必要だ。お弁当なども用意しなくてはならない。

特に保育士さんには、仕事として依頼する。保護者の安心のため、そして事故防止のため、こども園の人員配置基準に従って、人数の確保もする予定だ。

そして、なにより、ひよさんへのお礼金だ。旅費やホテル代はこちらが出すのは当然として、小中学校の訪問とコンサートと、何ステージもしてもらうことになる。

しっかりギャラを支払うのは、プロのアーティストへの最低限の礼儀だと思うし、友人だからこそ、そこはなあなあにしたくない。

これは、みんなにも家族にも黙っていたのだが、実は数十万円の手出しも覚悟して、この企画に挑んでいた。僕にとっては、そこまでしてでもやる価値のある、大きな企画になっていた。

しかし、僕もそんなにお金に余裕があるわけではない。そのため、コンサートを有料チケット制にすることを決めていた。

池田さんにも、有料でも無料でも、コンセプトやこのイベントにかける想いをしっかり伝えることが出来れば、お客さんは来ますと助言をもらっていた。


池田さんからもらっていたアドバイスは、もうひとつある。それはイベントに「後援」をもらうこと。

正直僕は、後援というものに最初はあまりピンときていなかった。けれど、池田さんから話を聞き、改めて考えてみると、これがどれだけ大事なものか分かってきた。

既に、学校訪問では教育委員会の協力を得られている。コンサートの目的も、中山教育長にはバッチリ伝わっている。だから、教育委員会の後援をもらうことは、もしかしたら出来るかもしれない。

そうすると、宣伝拡散の際に「後援:与論町教育委員会」と銘打つことが出来る。つまり、このイベントが公的に認められた教育的価値のある催しとして見てもらえるということだ。「親子で楽しめるコンサート」というコンセプトにも説得力が生まれる。

教育委員会に相談して後援の申請書類を出すと、一週間もたたずに審査通過のお知らせが来た! 「よしっ!」と、思わずガッツポーズした。


そして、同時に「与論町」に対しても、ダメ元で後援の依頼申請の書類を出していた。
こちらは正直なところ、無理かもしれない。いや、ほぼ無理だろう。

有料イベントであるし、主催がそもそも焼肉屋だ。営利目的じゃないとはなかなか判断しにくいだろう。

一応、企画書には「島の子供たちになるべく多く届けたい」という趣旨をしっかり書いた。
そして、その目的から考えても「高校生以下は無料」とした。

こちらは会議の日程もあり、結果が出るまでしばらくかかるとのことだった。

ちなみに、万が一、与論町の後援がとれれば、くみちぎにすんなりチラシを入れることが出来る。町の配布物なので、町が関係するイベントなら審査で落とす必要もないのだろう。


そして、このタイミングで、思いもよらない嬉しい知らせが入った! 茶花小学校の段原校長先生からだった。

「日程の調整が出来ました。茶花小学校でも全校児童参加での訪問演奏をお願いします」

この知らせに、僕は本当に身震いした。

二学期の終業式前日に、全校鑑賞が無理だと、本当に残念そうに連絡をくれた段原校長。きっと三学期に入ってすぐに調整を進めてくれたんだろう。

本当に熱い思いで動いてくれたのが伝わる。ひと月前、教育長と最初の提案に行ったときに段原校長が「与論の子たちは、プロの演奏を聞く機会は本当に少ないですからねぇ」と、前のめりに共感をしてくれたことを思い出す。

段原校長も、やはり「与論の子供たちのために」と熱い想いを持った方だと実感した。
そしてもちろん、教育長と学校を回ったあの日、他の校長先生方の反応も、みんな同じような反応だった。
こんな想いを持っている方々が、島の教育を引き受けてくれている。僕も島で子育てしている親として、安心と信頼と感謝が混ざったような気持ちになった。


さて、これで、与論島の全ての小中学校での全校での鑑賞が決まった。この時点で、四校合計で約500人の子供たちにピアノを聴いてもらえることが確定する。
島の人口が約五千人だから、島の一割の人に聴いてもらえることになる。
改めて数字にすると、なんと大きな企画を動かしているのか、改めて責任の重さを感じつつも、それが楽しみでしょうがない気持ちの自分に改めてニヤリとした。

父親の思い出も残る茶花小学校の体育館で、全校鑑賞と、コンサートと両方出来ることになった。

「父ちゃん、どうだ! これが僕なりの、与論島への恩返しだ! 見守っててよ!」

ふと、そんなことを思った。

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【えっ⁉️これ本当に即興なの⁉️】
日吉さんの即興演奏をぜひ、聞いてみてください🙇

🎹ピアニスト日吉真澄・即興演奏『ヨロンブルー』🎹
2/21(土)の与論島ピアノコンサートまでに1万再生目指しています✨
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このコンサートは、島の方も、島外の方も、オンラインからも、より多くの方に感動を届けたいという想いから、『入場無料・YouTubeでの無料配信』で開催します。

そのため、運営費はチケット収入ではなく、この企画に共感してくださる皆さんの「応援」という形(ご支援・スポンサー)により運営されています。

ご支援は、コンサート運営費、学校訪問演奏、会場づくり、そして子どもたちへとつながる企画に、大切に使わせていただきます。

今回は、「花の苗で応援するプロジェクト」も実施予定です。
コンサートをきっかけに、卒業式・入学式を花いっぱいで迎えられるよう、島の学校へ花の苗を届けたいと考えています。

なお、運営費用を超えて集まった分は、与論島内の学校や子育て支援団体など、島の子どもたちの未来のために寄付させていただきます。

詳細・応援方法は、公式ホームページに掲載しています。

もし心が動いたら、ぜひ応援という形で関わっていただき、皆さんと一緒に、このコンサートの結末を迎えられたら嬉しいです。

「日吉真澄・ピアノコンサート『瞬音』in 与論島」
     主催:「すみ火焼肉サム」店主・ナビ

すこの文章はKindleで出版した、

「与論島・小さな島のピアノ協奏曲」という本を連載形式で全文公開するものです。


『与論島の子どもたちに、最高の音楽体験を届けたい!』

この物語は、南の島・与論島で焼肉屋を営むナビが、即興演奏ピアニスト「日吉真澄」さんを島に招き、学校訪問演奏、そしてピアノコンサート開催を目指した、実際にあった約100日間の物語。

本文最後に、Kindle本のリンクがあります。一気に読みたい方はそちらから読んでいただけると嬉しいです🙇

当日はYouTube無料生配信も行います。ぜひ、当日は与論島へ、もしくはオンラインでYouTube、stand.fmから応援に駆けつけていただけると嬉しいです‼️



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♩フレーズⅥ 〜島と奏でるハーモニー〜

ひよさんは、僕からしたら、実力・経歴ともに説得力もあり、なおかつ「即興演奏」という唯一無二の武器もある人だ。

ただ、いくらプロの実力派ピアニストとしても、与論島では知っている人はほぼいない状態だ。知らない人のコンサートに、どうやったら魅力を感じてもらえるのか……。それが最大の課題だった。

正攻法にいくなら、宣伝活動、SNSでの情報拡散だろう。でも、逆の発想もある。

知らないピアニストのコンサートを「知ってる顔が出演するコンサート」に変えてしまえばいいじゃないか!

ひよさんの即興演奏は、つまりはアドリブ力が相当に高い。ということは、ダンス系のパフォーマンスとのコラボレーションは相性が良いのではないか?
普通のダンスよりも、せっかくなら「与論島の文化」とのコラボならば、なお面白い!

そう考えると、声をかけるのは、あの団体しかない!

頭の中に「イーヤーサーサ!」という掛け声と、太鼓のドーン! ドーン! という重低音が鳴り響く。そう、島の文化ともいえる「エイサー」だ。

僕が考えたのは「舞弦鼓」というエイサー団体とのコラボ企画。
ひよさんの即興ピアノと、舞弦鼓の力強い演舞。想像しただけで胸が高鳴る。

舞・弦・鼓。その文字の通り、踊りと三線、太鼓を融合させた演舞は躍動感があり迫力満点だ。子供から大人まで自然と体がリズムを刻みたくなる。「親子で楽しめるコンサート」というコンセプトにも合うだろう。
なにより、このエイサーを目の前にして、ひよさんがどんな即興演奏を紡ぎ出すのか、とても興味がある。


そして、この舞弦鼓には、僕が個人的に一目置いている唄者(島唄の歌い手)さんがいる。僕の身近にいるの歌い手の中で島唄にかける想いと情熱はピカイチの方だ。

それは、舞弦鼓リーダーであり、地謡(じかた三線と唄の担当)を務めている小高明日香さん。

埼玉から移住して約二十年、今や与論島を代表する唄者のひとりだ。与論島の出身ではないが、そんなこと信じられないくらい、島の誰よりも島唄を大切にしている。
透き通った歌声には、島の空気と海の匂いが宿っているように感じ、なおかつ、島らしい味もある。まるで、島の自然の中に溶け込むような歌声だ。

僕も三線を趣味にしていることもあり、以前、明日香さんが立ち上げた「与論島唄研究会」という集まりに参加していた。
少人数の勉強会的な集まりだったが、そこで明日香さんの地道な努力と、島唄にかける情熱を知った。

与論島はそもそも人口が少ないため、書物や音声として残っている情報が圧倒的に少ない。
僕の祖父母の時代は、まだ島唄が生活に溶け込んでいて、三線を弾いたり歌える人も多かったそうだ。今はそんな世代も八十代九十代、それ以上で、その人たちが居なくなってしまえば、文化の伝承は途切れてしまう。

明日香さんは、そんな与論島の島唄を少しでも次世代に繋ぐために、与論の島唄の情報を集めている。
更に、茶花小学校の三線クラブで、子どもたちに島唄を教えてもいる。しかも、その三線クラブを立ち上げたのも明日香さんだそうだ。

与論の島唄を学ぶだけでなく、次の世代にも繋いでいく。「伝えたい」という想いを、ただの言葉で終わらせず行動で表している。僕が明日香さんをリスペクトしている理由は、ここにある。


話は変わるが、実は僕は、熱海のFMラジオ番組「ぶっちゃけ熱海」という番組内の月1パーソナリティーとして「ヨロントウナビ」というコーナーを担当している。
時系列的にはこのコラボの打診よりもだいぶ後になるが、この番組内で明日香さんにインタビューさせてもらったことがある。

その中で僕が特に衝撃を受けたのは「古い伝統を残すためにも、島唄をいろんな形で表現する」という考え方だった。

明日香さんは「おつきみバンド」という民謡バンドもやっていて、そこでは太鼓や笛に加え、キーボードやベース、ドラムなどを入れての、現代的なバンドスタイルでの島唄の見せ方にも挑戦している。
舞弦鼓のエイサーでは迫力ある力強いパフォーマンスと共に、そして小学校の三線クラブでは、昔ながらの正統派の島唄を伝えていく。

人口の少ない与論島では、「これが伝統だから」と昔ながらのやり方だけをしていては、島唄を受け取ってくれる人を限定してしまうことになる。だからこそ、明日香さんは、たくさんの人に島唄を聞いてもらうために、いろんな形で島唄を歌っていく工夫をしている。

お祭り的な盛り上がりが好きな人、しっとり聞くのが好きな人、昔ながらの素朴な島唄が好きな人。それぞれに心地よい形で島唄が入っていくことが、結果、伝統を残すことにも繋がるはずだ。

インタビューでは、明日香さんのそんな想いを聞かせてもらった。ちなみに、このぶっちゃけ熱海・明日香さんゲスト回は、YouTubeに音源が残っている。
僕もインタビューの途中で途中で、「えっ!? そんなことまで考えているんだ! すごい!!」と驚きの声を上げている。ぜひぜひ、聞いてみて欲しい。

(ぶっちゃけ熱海「ヨロントウナビ」小高明日香さんゲスト回⇒ https://youtu.be/80BeVmJFjdM?si=MzowaIoUCucm6tbe )


そんなわけで、ひよさんのコラボ相手として真っ先に思い浮かんだのは、舞弦鼓だった。
早速、明日香さんが働くギャラリーショップ「Yoron emA」へ企画の相談をしに行った。

ちょうど、翌月に控えた町のイベントでの演舞に向けて、バタバタしている時期だったため、詳細の相談は後日ということになった。
明日香さんの反応は「面白そうですね」という好感触。

これが実現したら、このコンサートの途中にガラッと雰囲気を変えて彩りを添えられる。子供たちに楽しんでもらうにしても、ビジュアルとして動きでも楽しめる演目が1つ入ると満足度も上がるんじゃないかと思う。

即興ピアノとエイサーが合わさったら、どんな化学変化が起こるのか? なにより、僕自身がそのステージを見てみたい!


そして同時に、もう1つのコラボ企画も話を進めていた。

親子で楽しめるコンサートというコンセプトから、池田さんが「ヨロンどれみ」という親子合唱のチームを紹介してくれた。

ヨロンどれみは、未就学の小さな子供とその保護者が中心に参加している。

今回の訪問演奏では、こども園などは回らないこともあり、コンサートの方には、小さな子供たちにもぜひ来てもらいたいと思っていた。
ヨロンどれみがコラボで参加してくれたら、こども園や保護者さんの繋がりで来てくれる方も増えるかもしれない。


ヨロンどれみは島のイベントで何度か見たことはあったが、詳しくは知らなかった。
ネット検索で調べてみると『ヨロンfun』という与論の情報サイトに、ヨロンどれみ代表のYUKOさんの特集を発見した。

(ヨロンfun・インタビュー記事/大好きな歌で子どもたちに愛を届けたい「YUKO」⇒ https://yoronfun.com/spot/yuko/ )

YUKOさんは、元々、イタリアでソプラノ歌手として活躍していた。そして、子供と関わる仕事をしたいと保育士の資格を取り、島のこども園で働きながら、ヨロンどれみを立ち上げたそうだ。

「島での暮らしは毎日楽しい! ヨロン島にはイベントがたくさんあって、歌手としての活躍の場もある。この島は子育て環境が最高で、孤独感を感じずに子育てができる。これからも大好きな子どもたちと一緒に歌い続けていきたい」

「自分が愛されているとわかる、自分の気持ちが言える、表現できる。 そんな子どもたちが育つ環境を作ることが目標かな」

YUKOさんも、子供たちへの熱い想いをもった人なんだなと感じる記事だった。

早速、池田さんに連絡先を教えてもらい、YUKOさんに連絡を取る。

やり取りの始めから「貴重な機会をありがとうございます!」という熱い返事。YUKOさんも、茶花小学校の段原校長先生と同じくらい前のめりで話を聞いてくれた。

ひよさんのピアノ伴奏で親子で合唱をするコラボの提案をすると、YUKOさんは「プロの演奏で歌えるなんて、最高の機会です!」と。

すでに、ひよさんにはざっくりと伝えてコラボ企画のOKをもらっていたので、コラボさせてもらう前提で話が進んだ。ヨロンどれみメンバーにも相談して、改めて返事をもらうことになった。

ちなみに、このやり取りの時点では、YUKOさんが誰か分かっていなかった。狭い与論島なので、名前は知らなくても顔を見たら分かることは良くあることだ。

YUKOさんは「私、茶花の町をよく自転車で突っ走ってます!」と教えてくれた。
ちなみに、茶花とは、僕の焼肉屋がある集落の地名だ。

そんなやり取りの翌日、まさに自転車で力強く突っ走っているYUKOさんに出くわした。
遠くから見ただけで「ああ! この方か!」と理解。いつもパワフルだなぁ、と思っていた方だった。

YUKOさんも僕に気付き「素晴らしい機会をありがとうございます!」と力強く声をかけてくれた。そして、あっという間に自転車で走り去っていった。想いも行動も、本当に熱い方だった。

これは、後からチラシを作る段階で感じたことだが、YUKOさんは、ヨロンどれみのことを、あえて「合唱団」というような表現をしない。
しいて言うなら「親子で歌う団体」という言い方をしている。
この辺もYUKOさんの枠にとらわれない、とにかく自由でとにかく楽しい場を作りたい。そんな想いを感じるところである。


舞弦鼓とヨロンどれみ。どちらも、与論島への愛と情熱に溢れた団体で、ますますコンサート当日が楽しみになってくる。

そして、次に考えることは、どうやって島中の人に、このイベントを知ってもらうのか。
正直、僕にとっては、あまり自信のない「広報」という大仕事。


まさか、いち個人の焼肉屋の思い付きが、ついに「町」を味方につけてしまうことになるとは……。


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♩フレーズⅤ 〜安心の空間のために〜

年が明けて、2025年になった。
つまり、コンサートまで二ヶ月を切ってしまった。

学校側の希望の多かった日程から、学校訪問は二月の最終週に。
それにともない、一般向けのコンサートはその週末の3月1日土曜日が第一候補になった。

カレンダーを1枚めくるだけで、学校訪問の予定が目に入る。コンサートは、まだコンセプトが決まっただけ! なんてこった!

焦っても始まらない。年末年始もひよさんとのやり取りを重ね、池田さんにもアドバイスをもらいながら、コンサートの内容を深掘りして考える。

ざっくり決まったコンセプトは「親子で楽しめるコンサート」ということ。

ただ、いくら親子で楽しめるとうたっても、ピアノのコンサートに小さな子を連れてくるのはハードルが高くないだろうか?
ましてや、コンサートの予定時間は夕方から夜。小さな子なら寝る時間にもなってしまう。

加えて、与論島はほとんどみんなが知り合い同士。周りの人に気を遣ったり、迷惑かけるくらいなら行かないでおこうという人も、わりと多い。

僕も子育て中なので、頭の中で僕の家族だったらどんな状況になるだろうかと想像する。うちの子たちがこども園に通っていたくらいの頃、どうだったか…。

子供がぐずったとしても、泣き出したとしても、安心だと思える場所を作らなくてはいけない。


そこで1つ閃いた。
コンサート会場に、託児スペースがあれば安心材料になるのではないだろうか? そこには、プロの保育士スタッフを配置する。
幸い与論島は知り合いだらけ。保育士さんの知り合いもたくさんいる。

体育館の一角をパーティションで囲み、マットを敷いて、音の出ないオモチャや絵本なども用意する。
パーティションの高さを調節すれば、お父さんお母さんは、隣で子供の様子を見ながら、コンサートを聞くことも出来る。

近くの教室を借りることができれば、そこを子供のおやすみ部屋にして、プロの保育士さんをスタッフとして配置する。
そうすることで、親も安心して子供を預けることが出来るし、コンサートに集中して楽しんでもらえるだろう。

そして、託児スペースは、出入り自由にする。
子供が泣き出してしまっても、すぐ駆けつけられる距離にいるというのは、保護者にとって大きな安心材料になるだろう。

与論島という小さな島だからこそ、親と保育士さんが顔見知り、というケースも少なくない。
そんな、よく知ったスタッフがいるということも、きっと安心感につながるはずだ。

ちなみに、うちの焼肉屋のアルバイトスタッフ・北田さんも、昔、こども園で働いていた経験がある。
当日は、保育士スタッフとして力を貸してくれることになった。

さらに、知り合いの保育士さん数人に連絡してみた。
即答で引き受けてくれたのは、これまた、うちの焼肉屋の元アルバイトスタッフの鈴木さんだった。

鈴木さんは本業が忙しくなり退職したのだが、いまでも人手不足と聞けば、あちこちに声をかけて、スタッフ探しに協力してくれる。
辞めたあとも、こうしていろんな形で支えてくれることが、本当にありがたかった。


さらに、僕の出身でもあり、僕の子供も通った「ハレルヤこども園」にも連絡した。
すると、園の保育士さんたちにも声をかけて、前向きに検討してくれることになった。

後日、返事がきて、保育士スタッフ数人に協力してもらえることになり、更には託児スペース用のマットやパーテーション、絵本や遊具なども貸与してもらえることになった!

ここでも、協力してもらえた理由は、「子供たちが楽しめるから」ということだった。特に、子育て中の人たちが安心して参加できるようにという想いに共感してもらえたのが大きかったように感じた。
こども園の保護者さんへの告知も協力してもらえることになった!

返事を聞きながら、心の中でガッツポーズをした。「子供たちが楽しめるように」「保護者が安心して参加できるように」というハレルヤこども園からの言葉が胸に沁みた。


よく考えたら、この時点で、教育委員会・各学校・町議会議員の池田さん、そして、こども園まで巻き込んできている。

ただの焼肉屋の思い付きが、一ヶ月ちょっとで、与論町の教育機関をどんどん巻き込むイベントになってきた。

夢中で走りながら、たまに冷静になると、本当に後に引けないプレッシャーにドキドキしてくる。

だけど同時に、自分には見守ってくれている両親もいるし、何より想いに共感して力を貸してくれる島の人たちがたくさんいる。

ワクワクの方が何倍も上回っていた。



ただ、大きな問題がひとつある。

――「与論島では、日吉真澄というピアニストは、まだ全く知られていない」のだ。


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♩フレーズⅣ 〜子供たちに贈る音楽〜

同時進行で、訪問演奏の段取りも着々と進んでいた。
中山教育長が各学校と直接連絡を取り、日程の候補をやりとりしてくれていたのだ。

一般向けのコンサートの予定から考えて、学校訪問の候補としては、2月の3週目か4週目。
どちらの週がいいか、学校側の都合を聞きながら決めることにした。

ただ、卒業式直前の与論高校だけはどうしても都合がつかず、今回は3つの小学校と中学校の合計4校で実施することになった。


教育長と各学校を回った時、車の中でこんな話を聞いていた。
「学校の年間行事って、年度始めの春にはほぼ決まっているんですよ。
 そういう事情もあるので、特に年度末に直近の予定を変えるのは、かなり大変なんです」

確かに、一クラスだけの音楽の授業ならまだしも、全校生徒で鑑賞するとなると、すべてのクラスの時間割を一斉に動かさなければならない。
特に中学校は、教科ごとに担当の先生が違うから、パズルみたいな作業になるという。

だから正直、調整は難しいだろうと思っていた。
しかし、いざふたを開けてみると、真っ先に返事をくれたのは、一番難しいと思っていた中学校だった。
「この日、この時間なら全校生徒で聴けます!」

その報告を聞いたとき、思わず声が出た。
「え、もう返事が来たんですか!?」

まさか、中学校が一番乗りでOKを出してくれるなんて。しかも全校生徒での鑑賞だ。
教育長は「いや、まさかとは思いましたが……。あなたの熱意が伝わったんですよ」と、嬉しい言葉をかけてくれた。

残る3つの小学校とも調整が進んでいく。
次々と「この時間でお願いします。全校児童で聴かせてください」という連絡が届く。

各学校が、この演奏会にどれだけ期待を寄せてくれているかが伝わってきて、胸が熱くなった。


与論中学校、与論小学校、那間小学校と、日程が出て、この時点で3校とも全校での鑑賞希望。

あとは、僕の母校、茶花小学校のみ。最初のプレゼン回りで、誰よりも前のめりに話を聞いてくれたのが、茶花小学校の段原校長だった。

2学期の終わり、教育長からこんな連絡があった。
「茶花小学校ですが、全校での鑑賞は今のところちょっと難しいようです。
 ひと学年か、2~3学年の合同になるかもしれませんが、訪問演奏自体は、ぜひお願いしたいと」

電話口の教育長の声からも、段原校長の「どうにかして子どもたちみんなに聴かせたい」そんな熱意がひしひしと伝わってきた。


ちなみにこの連絡があったのは、池田さんへ相談に行く数日前だった。

このあと、あのツリーハウスでの池田さんとのやり取りが、僕に現実をガツンと突きつけると同時に、進むべき方向のヒントを見せてくれることになる。

「まずはコンセプトをはっきりさせましょう」

自分の焼肉屋に戻り、開店準備をしながらも、頭の中には池田さんの言葉が何度も響いていた。
「コンセプトと言っても、どうまとめたら……」と気持ちだけが急いていた。

そんな時に、不意に電話がなった。スマホに表示されたのは、なんと「茶花小・段原校長先生」の文字。

「今夜、焼肉を食べに行きたいのですが、まだ席は空いてますか?」

明日はクリスマスイブ、そして2学期の終業式の日でもある。幸い、その日の予約は少なめだったので、ゆっくり話もできそうだ。

食事が一段落したころ、今回いろいろと段取りをしてくれたこと、お礼の言葉を伝えにいった。

「実は、あのときいただいた日吉さんのCD、給食や掃除の時間なんかに校内で流しているんですよ。今度、演奏に来てくれるピアニストさんの曲だよって放送委員の子たちにも紹介してもらったりして」

その話を聞いた瞬間、胸が熱くなった。
訪問演奏にかける校長先生の思いが、またひとつ深く伝わってきた。なかなか全校での鑑賞が調節できず、申し訳ないとも言ってくれた。


その時、僕の頭の中に稲妻が走った!

池田さんから言われていた「コンセプト」もハッキリと伝わるような、そして茶花小学校の子供たちみんなにも聴いてもらえるような、全てが一気に解決するようなアイデアが降ってきたのだ。


その日のお昼、実はあのツリーハウスで、池田さんから少し具体的なアドバイスをもらっていた。

それは、過去に池田さんが企画したイベントでの傾向の話だった。

「与論島の人たちは、子供向けのイベントの方が人が集まりやすいですね。なぜなら……」

この「なぜなら」の部分は、僕もとても共感できる。そもそも、僕がこの企画を思い付いた最初のきっかけがそうだ。

この小さな島で、子供たちに出来ることならたくさんの経験をさせてあげたい。芸術や音楽にも、本物に触れる機会を少しでも増やしてあげたい。


そうだ! 思えば、みんな同じ想いで動いてくれているんじゃないか!

教育長も、池田さんも、そして各学校の校長先生も、みんなそうだ!
僕みたいなただの焼肉屋の思い付きに、ここまで力を貸してくれる、本気で考えてくれるのは「島の子供たちのために、何か出来ることをしたい」という同じ想いを持っているからだった。

きっと、島にいる多くの大人たちが、同じ想いを持っているはずだ。

『親子で楽しめるコンサート』というコンセプトはどうだろうか?


そして僕は段原校長に、たった今降ってきた、とある提案をした。

「茶花小学校の体育館を、コンサート会場に使わせてくれませんか!?」

段原校長は、一瞬「えっ!?」っとなりつつも、直ぐに理解したように返事をしてくれた。

「いろいろ確認しないとちゃんとした返事は出来ないですが、まあ多分、大丈夫です! 使えるはずです」


体育館がコンサート会場になれば、茶花小の児童たちは参加しやすくなる。段原校長の「全校児童で鑑賞したい」という想いにも、近づくかと思う。

実は、池田さんから「ピアノの回りに自由に座ってもらう、そんなアットホームなコンサートも素敵ですね!」とアイデアをもらっていた。

アットホームな雰囲気を出すには、体育館はうってつけだ! サイズ的にもちょうどよい。

ひよさんの真骨頂は、即興演奏だ。お客さんからの自由なお題が肝になる。
アットホームな雰囲気であれば、お題もより出しやすくなるだろう。

段原校長先生からは、使用できるのかしっかり確認をしてから、改めて返事をもらうことになった。



その日、閉店作業をしながら、頭の中に自然とコンサート当日の映像が鮮やかに浮かんできた。

子供たちが目を輝かせ、自分の出したお題を選んでほしいと、我先に手を上げる。
大人たちは、その光景を微笑ましく眺めている。

そうだ!

ステージではなく、体育館の真ん中にグランドピアノを置こう。
あえて椅子は並べない。マットを並べて、自由に座ってもらうのはどうだろうか?
弾く人と聴く人の距離感の近いコンサート。小さな子たちは、寝っころがって聴いてもいいかもしれない。

ひよさんは観客と目を合わせながら、与論島の海や風、満天の星を、即興演奏をピアノで表現していく。

そのイメージだけで胸が熱くなり、思わず涙が出てきてしまった。


それにしても、この企画を思い付いてから約一ヶ月。びっくりする偶然が良く起こる。

思い付いたその日に、たまたま教育委員会から予約の電話が入ったこと。
池田さんから「コンセプトが大切です」と言われたその日に、たまたま段原校長先生がお店に食べに来てくれたこと。

前書きにも少し書いたが、僕の焼肉屋の名前には、亡くなった両親の名前が入っている。

ひょっとしたら、教育委員会も段原校長も、うちの両親がここぞというタイミングで呼び寄せてくれているのかも知れない。


ちなみに、母が亡くなる前の年、こんなことを言っていた。

「母ちゃんはね、なんにも出来ない母ちゃんだけど、なにか与論島に恩返しをしたいんだ」

母は、奄美の伝統的な織物である「大島紬」の織り手だった。三十年近く大島紬を織り続け、最終的には伝統工芸士の資格も取った。
伝統工芸士というのは、現在では全国でたった3300人程度しかいない。母の生きていた時代でも4500人くらいだったはずだ。
与論島でも大島紬の伝統工芸士は、過去にもうちの母以外に1人しか知らない。

母は「ヨロン」という文字のパターン柄の大島紬をデザインして、それを自分で織り、ネクタイに仕立てて、役場の職員全員にプレゼントしたいんだと言っていた。

「母ちゃんはね、紬を織ることしか出来ないから、紬で恩返ししたいんだ」

母が亡くなる前の年に、そんな夢を語ってくれたのを覚えている。


僕も、このひよさんの与論島コンサートは、島への恩返しという気持ちから始まった。

きっとコンサートには、僕の妻と子供たちも聞きに来ているはずだ。
僕にとっては母校でもあり、父の思い出にも繋がるこの体育館に、今の僕の大切な家族との思い出が増えることになる。

両親に背中を押してもらってるんじゃないだろうか?

もしかしたら、隣の世界にいる父から、この世で試合中の僕に「今! 行けるぞ!」って大きな声でエールを送ってくれているのかもしれない。

そう考えると、余計に涙が溢れた。



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♩フレーズⅢ 〜問いかけのツリーハウス〜

僕には、もう一つ考えていることがあった。

ひよさんのピアノの真骨頂は、感情を揺さぶるようなドラマチックな演奏だ。ひよさんのスタエフのチャンネルタイトルも『エモくて沁みる深夜のピアノライブ』だ。

ひよさん自身、ピアノの道を一度は諦め、挫折を乗り越えてまたピアノの道に戻ってきた。
いろんな感情を乗り越えて、悩んだり頑張ったりしている、そんな心の葛藤みたいなものを表現するときこそ本領を発揮するようなところがある。ひよさんのピアノに涙する人もたくさん見てきた。

つまり、ひよさんの真骨頂は、どちらかというと思春期の子供から大人へ向けての音楽なんだろうと思っていた。

そのため、学校訪問での演奏だけじゃなく、ぜひ一般向けにもコンサートをしてほしいと思っている。

まだ、ひよさんのことを知る人は与論島にはほぼいない。いくら僕が最高のピアニストだと思っていても、果たして僕の口コミだけで人を集められるのか?

学校訪問は教育長の協力と各校長先生の理解のお陰で、だいぶ実現が見えてきた。

コンサートにも、誰か協力者が欲しい。出来れば、与論島で過去に音楽イベントを企画したことがある経験者が……。

……いた!! あの人しかいない!!

思い付いたのは、昨年、与論町議会議員に初当選した、池田さん。
池田さんは、与論島で約三十年ぶりの女性議員として、特に島の子供たちの教育に力をいれて奮闘している。
そして、ご自身もマルチ歌手として活躍しており、与論島内でも過去にたくさんのイベントを主催・協力し、経験も豊富。
更には、元保育士でもあり、うちの子供たちも過去に大変お世話になっていた。

人柄的にも話しやすく、真剣に考えてくれる……はずだ。
……はず、というのは、町の議員になったばかりということもあり、とにかく池田さんは忙しい!

ひとまず、このコンサートへの想いをまとめて文章にして、ひよさんのプロフィールを添えて、池田さんにLINEを送った。

返事はすぐに返ってきた。

「何ということでしょう! 既に興奮気味です! ぜひ協力させてください!」

ただし、やはり池田さんはスケジュールがいっぱい。出張で与論島にいないことも多い。実際に、顔をあわせて打合せするのは約二週間後のクリスマスイブの日になった。



池田さんとの打合せまでに、集客の方法を考えたり、会場の候補を出したり、そしてそれをまとめて資料にしたり。
ひよさんとも連絡を密にして、ひよさんの想いや、プロフィールなども、今一度整理し直した。

そもそも、会場にピアノがなければ話にならない。そうすると与論島でピアノコンサートができる場所は限られてくる。

会場のサイズなど考えると、中央公民館が一番良いのではないか?
ただ、建物の老朽化で、年度末での閉館が決まっている。となると、四月以降は使えない。

三月か……。そうすると三ヶ月で全て用意しなくては。果たして間に合うのだろうか……?

まてよ!? 三月に入ると学校は卒業式シーズン。ということは三月は訪問演奏の方が無理じゃなかろうか?


教育委員会のHPから、各学校の年間行事予定を出してきて、にらめっこする。やはり三月は無理だ!

ひよさんのスケジュールを考えると、開催は秋から春ごろが理想。しかし、冬はひよさんがコンサートツアーで各地を回る。

一年後の冬に企画するか……? いや、来年になると中央公民館はもう使えない。

最終的に、二月後半に落ち着いた。平日に訪問演奏して、週末にコンサート。


なんてこった! 本番まで二ヶ月!?

でも、いろいろ考慮するとタイミング的にはこれがベスト。やったろうじゃないか!

『動けば変わる!!』だ!



日にちがない。すでに十二月半ば、もうすぐ学校は冬休みに入る。二学期の間に訪問演奏の日程だけでも連絡しておかねば。
すぐに中山教育長と連絡を取った。各学校への訪問演奏のスケジュール調整は、教育長自ら引き受けてくれることになった。頼もしいこと、この上ない!

そうこうしている間に、クリスマスが近づく。
池田さんから、打ち合わせを1日前倒し出来ないかと連絡があった。やはり忙しい中、時間をやりくりしてくれているんだと改めて感じた。

打ち合わせ当日。呼ばれた場所は、池田家の有機農園の一角にある、大きな木の上に作られた、本格的なツリーハウス。
梯子を登って中に入ると、4〜5人は座れるテーブルがあり、更に上に上るとブランコまである。夜にはライトアップも出来る。まるで秘密基地だ。
なんでも島外から専門家を呼んで、安全面などもしっかり考慮して作られたらしい。池田さんがどれだけ本気に取り組んでいるのかも伝わってくる。

すぐ隣には畑の一角を整地したイベントスペースもある。「未完村」と名付けられたこの場所は、自然を大切にし、子育てや教育に力を入れている、池田さんを象徴するような場所だ。
僕も何度か家族で訪れたことがあるが、我が家の子供たちもここに来ると、目がキラキラとする。


そんなツリーハウスの中のテーブルで池田さんと向かいあい、コンサートの相談が始まった。

すでに日程がほぼ決まっていること、集客については自信も経験もないのでアドバイスもらいたいこと、出来ればなるべく多くの島の人たちに聞いてもらいたいと思っていることなどを話した。

この時、僕は「問題は集客をどうするか」だけだと思っていた。

池田さんからは、訪問演奏については大絶賛してもらったように思う。だが、コンサートについての反応はそうではなかった。

今振り返ってみると、「島の子供たちのための訪問演奏」という部分は僕のビジョンがはっきりしていたのに、コンサートについてはフワッとしていたからだと思う。「せっかくだから大人のみなさんにも聞いて欲しい」という感じだ。

池田さんからの質問は、どれも鋭かった。

「そのコンサートの目的は?」
「どんな人に聞いてもらいたいんですか?」
「日吉さんが音楽をしている想いと合致しますか?」

池田さんの口調は、決して厳しくはない。むしろ、僕の想いにとても寄り添ってくれるような反応だ。だけど、同時に僕が甘くみていた部分に自分自身で気がつくような、的確な質問を投げてくる。

質問に答えながらフワッとした答えしか返せない自分が、本当に恥ずかしくなってきた。

目的地を決めて船を出したはずだけど、いざ漕ぎ出した船は、あっという間に霧に包まれてしまった。目指していたはずの景色も、よく目を凝らしてみると、それはただの蜃気楼だった。

だんだんと言葉が出なくなる僕に、池田さんは投げ掛ける。


「ライブハウスで十人くらいの規模なら、このままで全然大丈夫です。日吉さんの素晴らしさもナビさんの想いも伝わります。でも、もし百人集めようと思ったら、今のままでは正直難しいですね」

池田さんの言葉には、説得力があった。だてに何度もイベントを企画してきた訳じゃない。失敗も反省も、めちゃくちゃ経験してきたと言っていた。

僕は、あまりにも申し訳なくなってしまい、こんな段階で相談に来てしまったことを謝った。

最後に池田さんが言ってくれた言葉は、いまだに心に強く残っている。

『全ては想いから始まります。ナビさんの想いを現実にしていきましょう! 私も協力します』

その言葉は、準備不足だった申し訳なさと現実への不安とでいっぱいだった僕の気持ちに、光を当ててくれたような気がした。


ここから、水平線も見えない夜明け前の大海原に船を出す。帰り道に振り返ったツリーハウスは、まるで灯台のように見えた。
池田さんは、まだ霧のかかる海に、一筋の光で道を示してくれたのだ。



コンサートまで、約2ヶ月しかない。

まずは、コンセプト。それが決まらないことには、話が先に進まない。

すぐに、ひよさんに池田さんからもらったアドバイスなど、連絡をいれた。

まずは、ひよさんの想いと僕の想いを、しっかり確認して、向かう方向を揃えるところから始めなくては!

動けば変わる!



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【えっ⁉️これ本当に即興なの⁉️】
日吉さんの即興演奏をぜひ、聞いてみてください🙇

🎹ピアニスト日吉真澄・即興演奏『ヨロンブルー』🎹
2/21(土)の与論島ピアノコンサートまでに1万再生目指しています✨
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このコンサートは、島の方も、島外の方も、オンラインからも、より多くの方に感動を届けたいという想いから、『入場無料・YouTubeでの無料配信』で開催します。

そのため、運営費はチケット収入ではなく、この企画に共感してくださる皆さんの「応援」という形(ご支援・スポンサー)により運営されています。

ご支援は、コンサート運営費、学校訪問演奏、会場づくり、そして子どもたちへとつながる企画に、大切に使わせていただきます。

今回は、「花の苗で応援するプロジェクト」も実施予定です。
コンサートをきっかけに、卒業式・入学式を花いっぱいで迎えられるよう、島の学校へ花の苗を届けたいと考えています。

なお、運営費用を超えて集まった分は、与論島内の学校や子育て支援団体など、島の子どもたちの未来のために寄付させていただきます。

詳細・応援方法は、公式ホームページに掲載しています。

もし心が動いたら、ぜひ応援という形で関わっていただき、皆さんと一緒に、このコンサートの結末を迎えられたら嬉しいです。

「日吉真澄・ピアノコンサート『瞬音』in 与論島」
     主催:「すみ火焼肉サム」店主・ナビ