一晩あけて、8時頃目が覚める。
まったくもって寝れていない。
何もする気がおきない。昼まで自問自答。
なんとか自分に渇を入れ、キャリアの授業に。
先生が、自分の話をしていた。
「職業選択を間違えていたのか・・・」
こんな想いに駆られる。
授業後、同じゼミのYさんと話す。
Yさんがイキイキと自分の夢を皆に語っているところを見る。
Tっちゃんが図書館から帰ってくる。プロジェクトXを見てきたそうだ。
彼の顔もイキイキとしている。何かパワーをもらったようだった。
すかさず、自分も動く。
図書館へ。
プロジェクトXを見る。富士山レーダーの話。
すごい。
確かに感動する。働くことを通して生き切る。
でも涙を流すことまでは出来なかったけどw
見終わって2年のゼミに参加し、帰り際の先生と話をすることに。
「まずは事を成したいという自分を褒めるべき」
「何かを作り出すということには、子供性(夢)と大人性(技量)のバランスが大事」
「技量なんてモノはあとから学ぶことが出来る」
。
その後、ツタヤに行って「13歳のハローワーク」を購入。
ケンケンありがとー。
その後、プールへ。
何かを吹っ切れさせるために、ずっと泳いだ。休まず。
ずっと。
自宅に帰り、13歳のハローワークを見る。
色々な職業を見る。
ふと、13歳の自分を考えてみた。
その頃から「社長になりたい」と考えていた。
いつからだろう。
小学生の高学年の時には夢見ていた気がする。
15歳でマーケティングの楽しさを知り、16歳でこの大学を知った。
17、18で事業プランを作る楽しさを知った。
と考えていたら自然とメモが走る。
以下は大学3年間の振り返り。
社長になりたかった。
↓
多摩のある大学へ。
↓
ビジネスプランを授業内で練る事に。
↓
仲間と一緒に多摩での「不」を見つける事が出来た。
↓
『学生の自分たちで出来る事を』。
↓
実際にプランを作ることが出来た。『地域限定買い物代行事業』
↓
出資を募るため、裏づけが欲しかった。
市の調査レポートを見て、ビジネスプランを作った。
起業のしくみを調べた。
自分達の足で、スーパーの特徴を調べた。
《皆で事業を起こす夢が具体化されていくプロセスが面白かった。》
肝心のニーズを自分たちで調べる事をしなかった。
《知恵、勇気、お金がなかった》
↓
出資を募った。(ビジネスプランコンテスト2位)
N 先生の下へビジネスプランを何度も持って行く。
怪しい出資者の下へ向かってしまった。
↓
仲間への八つ当たり。仲間の離脱。出資を受けられない。
マルチ詐欺(定かではない)にかかりそうだった。
《マネジメント力の低さを露呈。》
《モチベーションが下がる。》
↓
起業を諦める。
《自分は臆病と感じてしまった。と同時に胸のつかえがとれた》
↓
バイク事故に遭う。
《自分は何もしなくても食べていけている現実。日本のすばらしさを感じる。》
↓
◎《モチベーションをずっと持ち続ける事業を起こしたいと決心。》
《 事業家ではなく、起業家として道を歩んで見たい。》
↓
起業家かばん持ちインターンシップに参加。
インターネットの会社に配属。人生初のインターネットの世界。
《インターネットへの偏見がなくなる。
昔のインターネットのイメージ…クリエイティブではないイメージ》
↓
新規事業手伝いのアルバイト。
《営業の人間の大切さ。新規事業をするときには営業力が必要と感じる。》
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やっとつながった。
僕は夢を実現するために生きてきたのだ。
先生に昨日言われてつらかったのは、「起業家以外に職業を20個挙げる。」
何が辛かったかって、夢を失うことが辛かった。
夢をなくすことは、何よりもつらい。
もっと社長業よりほかの職業はあるのかもしれない。
社長になりたいという夢を追いかけてきたからこそ、自分は成長できたのだ。
素直になれたからこそ自分を発見することが出来た。
素直になれたからこそ自分に会社に就職する意義もわかった。
就職活動 = 素直になること
まさにそうですね。
なんて考えていたら、7時過ぎ。
この続きは、明日分で。
夢を追いかける決心した僕のM社とD社の面接編です。
■ 今日のメモ
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■ 4ページ (普通)
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■ 【なりたい職業・・・社長】
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- 著者: 村上 龍
- タイトル: 13歳のハローワーク