Missing Piece(1996)
96年、氷室は独自レーベルの『Beatnix』を立ち上げ、BOφWY時代から所属した東芝EMIから
ポニーキャニオン ポリドールに移籍した。この移籍はBOφWY時代から氷室が世話になってきた子安次郎氏を
追ってのものである。後に氷室が東芝EMIに戻った際にも、子安氏の力添えがあったという。
上記、訂正。当時のインタビューで下記のような発言がある。その中で触れられている東芝EMI時代に
お世話になった人を、私は子安次郎氏と思っていたが、どうやらそれも間違いのようである。
詳しい情報をお持ちの方はご一報いただければ幸いです。
| -新しいレコード会社へ移籍したのは、氷室さん自身も何か新しい刺激を求めていたという部分はありますか? | |
| 「そうですね、きっかけは東芝EMI時代にすっごくお世話になった 人がポリドールに移ったんです。その人はこのままいけば当然エグゼクティブなのに、それをあえて捨てて新しい何かを求めた。それが単純にカッコいいなと 思っちゃったんですよ。男心をくすぐられたというか。そこで、社会的な自分の立場とか損得とかを計算できる人はきっと賢い人なんでしょうけど、そういうも のを越えちゃう隙間が俺にはよくあるんです。あのまま東芝EMIにいれば俺も安泰だったと思うんです。氷室京介っていう型にハマった、他人が納得するもの を作ることは大変な作業ではなかったでしょうからね。ただ、それとは違うことをやってみたい自分がいるんでしょうね。”まだまだこんなもんじゃねえぜ”っ ていう。俺自身が自分に対する可能性に期待したいんでしょうね」 | |
このアルバムでも前作同様、アレンジを迷って同じ曲をバージョン違いで収録したり、シングル曲を
多く含んでいたりと、氷室の煮詰まり感が伝わってくる。実際、ボーカル録りではスタジオの天井が
ぐるぐる回るように感じるなど、自律神経失調症に見舞われるほど氷室は苦しんでいた。
しかし多彩な楽曲の挑戦が実を結ばなかった前作に比べ、まだ完成度が高い分救われている。
またこのアルバムに収録された楽曲のPV撮影で「プロパガンダ」というLAの映像制作グループを
起用した点も見逃せない。当時氷室はアメリカのエンターテイメント業界の歴史の深さと
プロフェッショナリズムに感銘し、高く評価している。この時の体験が氷室に渡米を決意させる
最後の一押しとなった。
シングルとして先に発表された楽曲が多いため、アルバムとしての印象は弱いが、後の氷室を
考える上で外せない1枚と言える。この作品で氷室はかつてのBOφWY色をほとんど排除しており、
シンプルな8ビートの楽曲はほとんど無い。バラードが多く大人びた印象を与える。
氷室流AORといったところか。これは必ずしも今までのファンに受け入れられたとは言えない。
自分も曲の良さと歌唱力の高さは認めるものの、この方向性で氷室が進んでいたとしたら、
今はもうファンではないかもしれない。研ぎ澄まされた野性味が影を潜めているからである。
シンガーとして高い評価は得ていても、もはやロック・ミュージシャンとしての枠ではなく
徳永英明やロッド・スチュワートのような卓越したポピュラーシンガーに収まっていたかもしれない。
多くのファンにとっても同様だったのか、このアルバム以降氷室のセールスはがくっと落ちる。
この時期がシングルを出せば必ずチャートの上位に食い込む最後の時期であった。
年表的には渡米と同時に日本のマーケットへの影響力が弱まったと思われがちだが、
この時点で氷室自身の音楽的な欲求がセールスという数字から開放されていた。
氷室の方向性がまだ定まらないながらも、完成度の高いサウンドで楽曲に説得力を
持たせている点を評価したい。また、氷室京介を全く知らない人には、氷室の歌唱力の
レベルの高さをアピールできる内容である。
なお、このアルバムを受けてのツアーは行われなかった。
当時大学生だった自分は氷室のライブにまだ行ったことが無く、あれば絶対に行こうと思っていた。
残念だったが、またチャンスがあるだろうと思っていた。
しかし氷室がツアーに復帰するまでにはこの後まだ2年、前回ツアーから何と4年もの年月が
必要であった。氷室が自身のアイデンティティを取り戻すまでにそれだけの時間がかかったのである。
その谷間に位置づけられるこのアルバム。彼のキャリアにはいろいろな意味で重要である。
師匠のおすすめ度 ★★★
1 .STAY
氷室らしい8ビートのアップテンポの楽曲。Aメロで低い音程から入りBメロで少し上がり、
キャッチーかつ高音程のサビにつなげるという、氷室お得意のパターンを踏襲している。
制作された順番から言えば先行シングル第1弾になってもおかしくなかったが、新レーベルを設立し、
レコード会社を移籍したその1発目には新たな氷室京介像を出したかったということから、
2枚目としてリリースされた。
初めてライブで披露されたのはツアーBeat Haze Odysseyにて。Case of Himuroで
再演された際に、キーボードの斎藤雄太がイントロにカッコいいアレンジを加えた。以来それが
定着している。
2. PLEASURE SKIN
1.のシングルのカップリング曲。タワー・オブ・パワー風のホーンセクションを大胆にフューチャーした
個性的な楽曲。氷室の楽曲では異色な作品であり、全くライブ向きではない。
CASE of HIMUROで唯一ライブ演奏されたが、イントロでいたずらっぽくニヤッと笑う氷室が
印象的だった。まるで「この曲やるなんて思わなかっただろ?ついて来れるかい?」と言わんばかり。
実際オーディエンスは全くついていけなかった。サビでマイクを向けられたものの、歌えた人が
どれだけいただろうか。自分はもちろん歌えたw
氷室の音楽的な引き出しの多さをうかがえる曲である。
3. MISSING PIECE
タイトル曲。シングル「STAY」のカップリング曲。これも氷室としては異色の作品。
ミディアムテンポの都会的なサウンド。まさにAORというのがぴったり来る。
同名の絵本を題材にした歌。その絵本では丸いボールが欠けた自分のかけらを探す旅に出る。
いろいろな形のかけらを見つけ、欠けた部分に当てはめていくがなかなかぴったりしたものに
出会えないボール。だが最後にぴったりとしたかけらを見つけることが出来た。
しかしボールはせっかく見つけたかけらを放り出し、再び旅に出る。
こういうストーリーは、何だか氷室にぴったりな気がする。
彼のソロ活動は、失われたビートを探す旅でもあった。
BOφWYで独自のビート感を確立し、日本の音楽シーンに風穴を開けた後、それに代わるものを
求め続けてきた氷室。8年間というBOφWYの活動と同じ年月をかけたここに至っても、いまだに
それを見つけることができなかった。
氷室は次のアルバムでその欠けた部分にハマるものを見つけるのだが、それさえ捨てて歩んでいく。
その歩みはポジティブなものであるが、この曲が発表された時点ではそうだったのだろうか。
この曲が表すもの。それは渡米前のこの時期に氷室の抱いていた焦燥感、閉塞感ではないか。
それを証拠に、この時期にはアルバムに関する氷室自身のコメントは全く残されていない。
自らの音楽性に自信を持つことが出来ない。収めたはずの成功さえ自分を縛る。
このままでは本当に探しているものを見つけられない。見つからない。
まして元のかけらを取り戻すことはできない。
氷室のボーカルは何だか沈んだ声で、曲調も決して明るくは無い。この曲をタイトルにしたのは
自虐的な思いからだったのか。いずれにせよ、この時期の氷室を象徴する曲ではある。
未だにライブで演奏されたことはない。これからも、されないだろう。
4. 魂を抱いてくれ
レーベル立ち上げ、レコード会社移籍第一弾シングル。作詞は松本隆。
元はっぴいえんど、日本のポップスシーンに重要な楽曲をたくさん生み出した作詞家である。
氷室が松本に依頼したのは初めてのこと。それまでは自身の作詞およびBOφWY時代から
組んでいる松井五郎を起用してのものばかりだった。このシングルリリースにおいては、
氷室自身今までの自分のイメージを打ち破るような楽曲を考えていた。だからあえてビート系を
避けてバラード、そして松本の起用という選択になったのだ。
松本の歌詞は、氷室が依頼した楽曲イメージをこれ以上ない形で表現した素晴らしいもの。
氷室は「魂」や「錆びついた」などの歌詞を入れた楽曲は自分の思いを込めたものだと語っている。
その通り、タイトルに「魂」がついたこの曲には氷室の思いが溢れんばかりに込められている。
「ANGEL」と共通するのは「裸のまま」「むき出しの」という表現。
言うまでも無く、氷室の心情を表している。ソロデビュー以来、自身のキャリアを確実に
築き上げてきた氷室。「かっこなどつけてない」と、カッコつけたバンドだったと後に述べる
BOφWY時代と違う自分をソロになってからずっと表現し続けてきた。
そしてそれはこれからも続くことを表している。
しかしながらLAで「プロパガンダ」を起用してPVを製作したのだが、砂漠で厚着してカッコつけている
氷室の姿はちょっと痛いw しかし彼らとの仕事が渡米を決意させ、活動の幅を広げたのでたので
結果オーライ!
5. WALTZ
アルバムからのシングルカット。当時はマキシシングルというものが出るか出ないかという
境目の時期で、いわゆる12cmCDシングルとして発売された。
今の若い人はご存じないだろうが、以前はシングルCDといえば8cmの媒体で、初期は
プラスチック製の12cmの型にはめて通常のCDサイズにしてからコンポやラジカセに入れていた。
シングルの発売は97年の1月であり、カレンダーがついた豪華なものであった。
この年から連続するダイドーブレンドコーヒーとのタイアップの第一弾である。
曲はバラードであるが、氷室には珍しい、というか唯一の、タイトル通り3拍子のリズムである。
氷室はこの曲を作るに当たり、ドラムを担当した湊雅史のグルーブがあってこそだと発言している。
その通り、この曲のキモはドラムである。跳ねるでもなく、スイングするわけでもない独特なリズムが
曲の世界を作り上げている。
久しぶりに氷室が作詞を手がけている。何でも、メロディと一緒に歌詞が響いてきたという。
たしかに曲を作る際に、インスピレーションを得てそういう経験をすることはある。
氷室の場合は、かなり作りこむタイプなのでこういうケースは珍しい。
この曲もPVをアメリカで製作したが、こちらは曲の静かなイメージを見事に表現したものであった。
6 .IF YOU STILL SHAME ME
WALTZのカップリングとして収録された曲。これもバラードで、美しいメロディが特徴的。
ボーカルも完璧な音程で、実に巧い。しかし、しかしである。
これが氷室の目指すものだとはとても思えなかった。あまりにも完成しすぎている。
野性味あふれる氷室をもう見られないのかと、当時は思ってしまった。
それが誤りであることは、次のアルバムで証明された。
7. SQUALL
ドラマ「グッドラック」の主題歌、と言っても誰も知らないだろう。オレも知らないw
しかしこの曲はネット上で非常に有名である。なぜなら過去にも「Virgin Beat」のPVをパロった
ナインティナインの岡村が、再びこの曲をパロったからである。
その映像がネット上で広まっている。かつてはwi○○yなんかで検索するとすぐひっかかったものだ。
このPVもアメリカで撮影されたが、正直言ってセンスは微妙である。
フライングVのギターを持って直立した氷室の弾き語りシーンや、ガイジンのねーちゃんをしたがえて
レッドカーペットを闊歩する姿や、近未来風の椅子に腰掛けていたかと思うと急に立ち上がり
歌いだす姿、狭い部屋の角の部分で踊り狂い、千手観音のように腕が残像を描くシーンなど、
筆舌に耐え難いシーンばかりである。
しかし氷室がこれをやるとなぜか決まってしまう。それを身を持って証明したのが岡村である。
彼のおかげで、「カッコ悪いことをしてもカッコよくなる」氷室の偉大さを改めて認識できた。
曲は、ある評論家をしてうならしめるほど、面白いリズムである。ヒットシングルでこうした
実験的なリズムの曲は珍しい。シャッフル気味の軽快かつタイトなリズム。余計な音を廃し
隙間の多い音空間。その中を切り裂くような氷室のボーカル。ギターは佐橋幸弘だろうが、
非常に“イナタイ”。後のアルバム『Mellow』を先取りしたようなサウンドだ。
9&10. NAKED KING ON THE BLIND HORSE
アルバムの最後はこの曲のバージョン違い。ロックバージョンとダンサブルなディスコ調?バージョン。
断然ロックバージョンがいい。トヨタ「RAV」のCMソングとしても起用された。
ライブで演奏されたことはないが、かなりステージ映えする曲だと思う。
ギターのストレートなリフとハードロック的なビートが最高。
一方のディスコ調バージョン、面白いとは思うが、単なるボーナストラックとして考えたほうが良いだろう。
要するにこのアルバムは新曲というものはほとんどない。この曲が数少ない新曲であるが、こうして
バージョン違いを収録しないとアルバムとして体裁をなさないほど曲数が少ない。
これはつまり、氷室が壁にぶちあたっていたことを意味する。新たな方向性を探れば探るほど
ドツボにはまり抜け出せない。それが自律神経をも蝕む。
自分も同じような経験があるが、思い切って環境を変えるのが一番である。
それまでの人間関係、職場、生活空間、すべてが自分を苦しめるのである。
傍目には幸せに見えても、本人は地獄の苦しみにもがいていることだってある。
その通り、氷室はすべてを変えるためにLAに拠点を移した。それからが本当の氷室京介としての
スタートであったことは、その時点では本人はもちろん、誰も知るものはいなかった。
<追記>
8.MIDNIGHT EVE
すっかりこの曲の存在を忘れていた!「魂を抱いてくれ」のカップリング曲。
発表当時、関西セルラーのCMソングにもなっていた。最初テレビから聴こえてくる歌声に
「氷室?」と反応したものの、あまりの曲のインパクトのなさに拍子抜けした。
いいメロディではあるが、エッジが全く効いていない。アレンジもまさにAORで、氷室らしさの
かけらもない。ライブでも演奏されていないが、ファンから特に要望もない。
きっと一生、氷室はステージで披露することはないであろう。
追記: 2010-11のツアー初日、市原公演でMIDNIGHT EVEは取り上げられていたようです。
情報提供ありがとうございました。