Shake The Fake
『SHAKE THE FAKE』(1995)


 前作の大成功を受け、嫌が応にも期待の高まった今作。
レコーディングにも1年半という長期間をかけ制作された。
 氷室の当時のインタビューを紐解くと、「様々なパターンの曲を書いて、自分の曲作りの力を
アピールしたかった
」とある。その言葉通り、確かにこのアルバムはバラエティに富んだ楽曲を収録
している。しかしながらアレンジャーを3人も起用するなど、アルバムとしての統一感に欠ける。


 アレンジャーの中でも、以前紹介したホッピー神山は、氷室曰く「嫌なことでもさらりを言ってくれる
ので助かった
」というように、アレンジ面だけでなくレコーディング全般にも大きく力添えをした。
それは技術的な面だけではなく精神的な面も大きいと思われる。上記の発言を裏返せば、
「嫌なことを気を遣って言わない人が多い」ということではないか。
 後に氷室がLAに渡った際に日本ではいわゆる「スター様」になってしまってかえって居心地が
悪かったという発言をしているが、レコーディングなどの音楽活動においてもそれはあったのだ。

 氷室自身は前作での成功をプレッシャーに感じていたに違いない。そして彼の性格ならば
それを超えようと、今までの殻を破ろうとしたに違いない。彼が今までそうしてきたように。
そして冒頭の様々なパターンの曲作りへと彼を向かわせたのだ。

 

 しかしそれは確固たる方向性、ある1つの到達点に達した氷室が新たな地平線を求めていながら
自分自身それがどこにあるのかわからない。孤独な戦いでもあった。
その方向性が定まらぬままもがいている様がこのアルバムには見て取れる。
自分自身でジャッジメントを下すソロ・アーティストとしての本当の苦しみが彼を追い詰めていった。
そして成功が生んだ「スター」「成功者」という自分の位置づけ。その枠にはめ込まれることとの
戦いも、彼を追い詰めていったのだ。

 したがってこのアルバムは統一感の無い、異なるタイプの楽曲の寄せ集めという特徴となっている。
個々の楽曲に確かに面白いものはあるが、全体としての印象がはなはだ薄いアルバムなのだ。
元ネタがはっきりしている楽曲もあり、それは氷室自身に今まで見られなかった「洋楽に対する
コンプレックス」を強く反映したものでもあった。
非常に評価しづらいアルバムだが、厳しく採点しよう。


師匠のおすすめ度 ★★


1. VIRGIN BEAT
シングルが先行発売された。そのビジュアルイメージは鮮烈であった。
ベイエリア工業地帯と思われる所にクレーンがあり、その先端部分に氷室が独りで立っているのだ。
少しでも足を滑らせたら真っ逆さまに海に落ちてしまう。当時自分は氷室がスタント無しでやったと
思っていたのだが、よくよく映像を見ると別人だとわかって萎えた。
 この氷室のイメージはアルバムジャケットにも取り入れられ、ギリギリな状態にある自分と
重ね合わせたのか、氷室もたいそう気に入っているとのこと。ビジュアル的には非常にインパクトが
強く、各方面に影響を与えた。中でもお笑いのナインティナインの岡村はパロディで氷室を
演じ、大きな笑いを取った。後日氷室本人が「スタッフ一同笑わせてもらいました」とのメッセージ
を送ったほどである。このビジュアルはCMサイズで作られたのみで、フルレングスのものは無い。
DVD「CAPTURED CLIPS 1988-2006」にて初収録され、当時を知るファンを喜ばせた。

 曲自体は氷室の得意とするポップセンスあふれるロック。ドラムにはSP≒EEDから永井利光を起用。
強靭な8ビートを奏でている。後に氷室は海外の有名ドラマーを起用してレコーディングをするのだが
「日本人の方が8ビートが上手い」という趣旨の発言をしている。恐らくそれは長年ステージで親しんだ
永井らのビートが体に馴染んでいるからだと思われる。
 1995年のSHAKE THE FAKEツアーでリストに入った後、しばらく間を空けて2003年の
CASE of HIMUROでオープニングに使われた。イントロのキメに合わせて氷室が人差し指を
天に突き立てた瞬間、客は燃えた。俺は萌えた。同年の「Higher Than Heaven」でも
歌詞の「Higher and Higher」に合わせてオープニングに選ばれた。

2. BREATHLESS
 前曲同様、イントロのキメが印象的。低音のAメロから日本的なメロディのBメロに入り、サビで
氷室節が炸裂する、王道な作り。しかしなぜか一度もライブで披露されていない。以前カラオケで
歌ったことがあるのだが(いわゆる3rd STAGE)、そこでその理由がはっきりした。超難しいのだ。
これほど一つの曲の中でメロディの起伏が激しい曲は他には無い。
自分の想像だが、全曲もこの曲もアレンジャーは同一人物ではないか。そしてそれはホッピー神山
の可能性が高い。ちょっとプログレッシブなニュアンスがそう思わせるのだ。

3. SHAKE THE FAKE
 問題の曲。以前記事にも書いたが、元ハノイ・ロックスのマイケル・モンロー作「Dead Jail Rock'n'Roll」に
瓜二つなのだ。しかも仮タイトルは「スティーヴ・スティーヴンスがいなけりゃただの人」。
当時スティーヴとマイケルはJerusalem Slimというバンドを組んでレコーディングまでしていながら、
スティーヴが元モトリー・クルーのヴィンス・ニールのもとへと去ってしまったためアルバムそのものも
日本発売されたのみでお蔵入りするという事件があった。それを揶揄してのパクリなのであろうか。
 この曲に対する氷室の気合の入れ方は尋常ではない。ベースに松井常松を起用。歌入れの
前に走りこみするなど。パクリを悟られないためか、はたまたパクリと言わせないだけのクオリティを
曲に与えたかったのか。
 でもそんなのカンケーネー!と言わんばかりに、ファンの間ではライブの定番曲として人気を博した。

4. LOST IN THE DARKNESS
 オーケストラ風のキーボードが仰々しい。このアルバムではこうしたキーボードサウンドが特徴的
で、中には行き過ぎたアレンジのものもあるが、この曲はまだかろうじて許せる。
それはメロディが強いからである。低音から始まりサビでピークに持っていくのは氷室のお得意の
パターンだが、この曲では高いレベルで成功させている。氷室もこの出来に満足したのか、
ツアーではオープニング曲にしていた。しかしそれはそれまでの氷室では考えられなかった。
一発目はガツンとハイテンポの8ビートから入るのが十八番だったからである。
新たな音楽性を探ろう、何か違うことをやろうとしていたのがそこからも明らかである。
 ギターソロ直前のプログレ的なストリングスのメロディから、ホッピー神山のアレンジではないか。
やはり彼の貢献度は高い。

5. HYSTERIA
 モロ、ホッピーの世界。イントロからトランペットのアバンギャルドな音が炸裂。
純日本風のメロディの楽曲を異世界に連れて行く。ダンサブルなリズムも心地いい。
前曲同様、プログレッシブな要素もたっぷり。氷室の楽曲では異色のものだ。
アルバムを受けてのツアーでも演奏されたが、ホッピーがバンドメンバーに参加した2000年の
Beat Haze Odysseyツアーでも一部の会場で演奏された。

6. FOREVER RAIN
 これはオーケストラ風のアレンジの行き過ぎの例。いくらなんでもやり過ぎ。ファンは氷室の
ロックが聴きたいのであって、クラシックを聴きたいのではない。そう言いたくなるほどモロ、である。
氷室が本当にやりたい音楽はここには無い。これを聴くと、完全に煮詰まって曲の仕上げを
アレンジャーに丸投げしてしまったのだと思わされる。

7. DON'T SAY GOODBYE
 シングル「Virgin Beat」カップリングのバラード。「KISS ME」と「You're The Right」の関係と同じ。
 アルバムではリミックスを施しているのも同じ。シングルバージョンの方がいいのも同じw
 音がどうも硬質になっていて、素直にポップさを出しきれていないのだ。それが狙いなのだろうが、
 メロディがいいのだからポップに走っても問題ないはず。歌詞も氷室お得意の痛みを感じさせる
 内容だが、どうも狙いすぎててあざとい印象が強い。名作の域には達していない佳作。 

8. DOWN TOWN ARMY
 氷室が得意なはずのシャッフルビートの曲だが、アレンジとビートが弱すぎて絞まらない出来。
 ボーカルも中途半端な印象で、オケに乗り切れていない。これ以上は語るまい。

9. LONESOME DUMMY
 女性コーラスを大胆にフューチャーし、氷室ならではの色気を感じさせる秀曲。
 ただ氷室のボーカルには迷いが感じられる。ライブバージョンの方が思い切りがあって良い。
 ある種の実験的な曲だが、こういうリッチなアメリカン・ロックテイストも氷室には合っている。
 今後へと繋がる曲。

10. BLOW
 これは痛い。ボブ・ディランの物真似。歌詞にまで「Like A Rolling Stone」とある。
あいたたた。氷室の汚点の1つだ。3曲目のタイトルチューン「SHAKE THE FAKE」では気合で
パクリから自分の曲へと力技で持っていったが、この曲はそれさえできていない。
ぱっと聴きには長渕剛風でもあり、氷室ならではの魅力のかけらも無い。
自分はファンだがこの曲だけはお蔵入りさせたい。

11. TRUE BELIEVER
 最後に救われる美しいメロディ。氷室のボーカルも澄んだ空を思わせる輝きを放つ。
CROSSOVER05-06で初めてライブ演奏され、楽曲の良さを改めて認識させられた。
前曲さえなければもっと映えた曲なのに、もったいない。たいていはこの曲に至るまでに
ストップボタンを押してしまうだろう。

結論を言うと、このアルバムには捨て曲が多い。そしてサウンドにエッジが足りない。
6,7,10を削ってキーボードの音量を10%下げてボーカルを録り直せばもっといいアルバムになる。
暴言かもしれないが、それほど出来は良くない。今回改めてアルバムを通して聴いてそう思った。
氷室が国内での活動に限界を迎えていたのは明らかである。


厳しすぎかな?