久しぶりに

『徐福の宮』へ。

 徐福の宮:熊野の観光名所 - み熊野ねっと

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↓徐福の墓
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徐福ノ宮(じょふくのみや)は、三重県熊野市波田須町にある徐福を祀る神社である[1][3]和歌山県新宮市に徐福を記念する徐福公園がある。

神社合祀により一旦は廃社となるが、1957年(昭和32年)に元の社地にて再興した[2]

波田須町の矢賀(やいか)集落の中にある「マルヤマ」(丸山)と呼ばれる小高い丘の上に鎮座する[1]。社地からは茶碗のかけらが発掘されており、徐福が焼き物の作り方を伝えたという伝説を補強するものとなっている[4]境内にある大きなクスノキは2代目であり、合祀される前の神社は巨木群に囲まれていた[5]
徐福神社を構成する神社建築は本殿と鳥居のみである[6]。社地のマルヤマの北側には蓬莱山と呼ばれる山がある[1]
創建は不詳であるが、鶴岡八幡宮の創建を記念してその翌年の康平7年(1064年)に創建された波田須神社よりも前から存在したとされる[7]。徐福神社では稲荷神社を合わせて祀っていた[8]
1907年(明治40年)6月22日に波田須神社に合祀され、一旦は廃社となる[9]。社地であった丸山には、「徐福之墓」と刻まれたのみが残された[2]が、「中国人」を神として祀っていることを伏せて住民は密かに信仰を続けたという[10]
1957年(昭和32年)4月に波田須神社から分祀され、旧社地にて徐福神社が復興した[11][注 1]。復興以来、徐福伝説の研究家や華僑など地域住民以外の参拝者が増加した[12]
1960年代に徐福ノ宮の参道修復工事中に古い貨幣が発見された[13]2002年(平成14年)11月になって[13]中国人学者の鑑定によって代の半両銭であることが判明した[14]。by Wikipedia 

所在地 位置 主祭神 創建 別名 例祭
三重県熊野市波田須町
北緯33度54分45.3秒
東経136度8分30.5秒
徐福[1]
稲倉魂命[2]
不詳
再興:1957年(昭和32年)4月
徐福の宮
11月5日[2]



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