世界遺産で日本最古の神社

『花の窟神社』で

2016年の御礼参りへ


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花窟神社(花の窟神社、はなのいわやじんじゃ)は三重県熊野市有馬町に所在する神社伊弉冉尊(伊弉冊尊[1]、いざなみのみこと)と軻遇突智尊(かぐつちのみこと)を祀る[1]

日本書紀』(神代巻上)一書には、伊弉冉尊は軻遇突智(火の神)の出産時に陰部を焼かれて死に、「紀伊国の熊野の有馬村」に埋葬され、以来近隣の住人たちは、季節の花を供えて伊弉冉尊を祭ったと記されている。当社では、それが当地であると伝え、社名も「花を供えて祀った岩屋」ということによるものである[2]
神体である巨岩の麓にある「ほと穴」と呼ばれる[3]高さ6メートル、幅2.5メートル、深さ50センチメートルほどの[4]大きな窪みがある岩陰が伊弉冉尊の葬地であるとされ[3]、白石を敷き詰めて玉垣で囲んだ拝所が設けられている[4]。一説には、伊弉冉尊を葬った地はおよそ西1.3キロメートル先にある産田神社(うぶたじんじゃ)であり、当社はこの火の神である軻遇突智の御陵であるともいう。花窟神社では、伊弉冉尊の拝所の対面にある高さ18メートルの巨岩が、軻遇突智の墓所とされている[5]
延喜式神名帳に「花窟神社」の名はなく、神社というよりも墓所として認識されていたものとみられる。実際、神社の位格を与えられたのは明治時代のことである。
今日に至るまで社殿はなく、熊野灘に面した高さ約45メートルの巨岩である磐座(いわくら)が神体である[2]。この巨岩は「陰石」であり、和歌山県新宮市神倉神社 の神体であるゴトビキ岩は「陽石」であるとして、一対をなすともいわれ[3][4]、ともに熊野における自然信仰(巨岩信仰・磐座信仰)の姿を今日に伝えている。
2004年世界遺産紀伊山地の霊場と参詣道」の一部(熊野参詣道伊勢路の一部)として登録された。


伊弉冉尊の御陵
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軻遇突智の御陵
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↓稲荷大明神
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↓黄金竜神
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