次は久しぶりの

『種まき権兵衛の里』へ。

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種まき権兵衛の里(たねまきごんべのさと)は三重県北牟婁郡紀北町にある日本庭園である。ふるさと創生事業により建設された[1]

紀北町に伝わる俗謡童話「ゴンベさん」をテーマに据え、「花と緑と水」に親しむ施設となっている[2]。里内には日本庭園のほか、実在の人物である権兵衛の遺徳を偲ぶ「権兵衛屋敷」がある。
  • 所在地:三重県北牟婁郡紀北町海山区便ノ山
  • 開園時間:9:00~17:00
  • 入園料:無料
  • 休園日:月曜日祝日・年末年始

種まき権兵衛(たねまきごんべえ、生年不詳 - 元文元年12月26日1737年1月26日))は、三重県北牟婁郡紀北町海山区に伝わる民話。これをもとにした権兵衛の種まき(ごんべえのたねまき)は中部地方に伝わる民謡。またことわざのひとつでもある。

権兵衛は当地の武士の家に生まれたが、父の上村兵部の死後は武士の身分を捨て、父の望みであった農家となり荒地の開墾をはじめた。
しかしもともと武士であった権兵衛には何もかもが初めてのこと。慣れない手つきで見よう見まねの農作業は、種をまくそばからカラスに食べられてしまうほどで、近隣の農家の笑いものになっていた。
それでもあきらめず懸命に農業を続けた権兵衛は、やがて村一番の農家になっていたという。
権兵衛は狩猟の腕にも秀でており、その評判は紀州藩主・徳川宗直の耳に届くほど。宗直の前で見事3発の弾を標的に命中。宗直が褒美に田を与えようとしたところ、権兵衛はこれを辞退し、代わりに村人の年貢を免じてもらって村人から喜ばれた。
狩猟の腕に自信の権兵衛、馬越峠(まごせとうげ)に大蛇が出ると聞くと、大蛇を退治するべく猟銃を持って山に入った。
見事大蛇を仕留めたものの、彼自身も大蛇の毒液を浴びてしまい、村人の介抱もむなしく1736年元文元年)12月26日に死去した。

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