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由比本陣の前の『正雪紺屋』へ。

『由比正雪の乱』〈慶安事件〉の首謀者、由比正雪の生家であり、祠が建っている。

『由比正雪の乱』1651年、三代将軍徳川家光の死後、幕府転覆が企てられた。
7月29日を期して、全国の浪人が蜂起、糾合し正雪が久能山で指揮をとる壮大な計画も、直前に露見。7月26
日に、由比正雪は、同士と駿府城下の梅屋で自刃。

『正雪紺屋』は、正雪の生家で、代々紺屋を営んでいた。自刃直前に、生家にある品物を託し、屋敷裏に埋められ、江戸時代が終わるまで密かに供養されていた。明治になり掘り出そうとした所、手をかけた者全員が熱を出したため中止。その跡に祠を建てて現在に至っている。