論理的な帰結 | 日常蹴辺

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身辺雑記

昨晩は9時30分頃に最寄り駅着。
「DREAM ON ! サッカーワールドカップ2006 in MACHIDA」なるイベントが行われた広場は既に閑散としていた。が、その前にある、普段なら混んでいる試しのないHUBには、青いシャツを着込んだ若者たちの長蛇の列。パブリックビューイングの行われる十字屋ビルの前にも青シャツがわらわら。最近は居酒屋やカラオケの呼び込みも青シャツでやってるが、キャバはいつも通り黒服。

そんなにサッカー好きならJ見に行け、とはこういう場合に使われる常套句だが、代表は見方次第でサッカーと関係あるとも無関係ともいえるものだから。若者は盛り上がれてうらやましいよ。オッサンは家で飲みながらの観戦。

まあ、4チーム総当たりのグループリーグで初戦を落とすのは痛いには違いないが、まだ終わったわけじゃないじゃん。でも今朝はスポーツ紙読んでる人少なかったなあ。みんな結構ナイーヴなのだろうか。6分間に3点取られるぐらい、どうってことないっすよ。先週の土曜に経験済みだし。

『ジーコスタイル』なる著書のあるジーコ派記者の筆頭・中小路徹さえ「ジーコ監督自身が乱れてしまった。」と評した交代策。一方で、ブレシアーノをスタメンにして後半ケーヘルに替えたヒディンクめ、あれはゲームプラン通りか? だとしたらやっぱすごい。負けたのは監督のせいだけじゃないけど、でかすぎる差。

そして、協会はどこに行こうとしているのだろう。選手の自主性を高めることを主眼とした4年間の試みの結果を、正面から検証してくれるのだろうか。
オレには川淵の言っていることがさっぱり理解できない。ブラジルと日本は違うんだよ。日本がブラジルのように貧富の格差の大きい国になって、サッカー以外に底辺から這い上がる手段がなくなれば、自主性は育つということ? 専制カピタンならそんな風に考えてても不思議じゃないけど、実際は単純なネオリベ野郎なのだ。自民の比例代表で出てくるのはいつ?

と、書いていて悲しいし空しい。なんでオレは代表に対してこんなうがった見方をするようになってしまったんだ。日本のサッカーピラミッドの頂点で輝くべき、日本サッカーの象徴が、矮小化されている。こんな事態に陥ったのは極めて論理的な帰結だが、突き放して考えるのは寂しすぎる。