救いイタコの「口寄せ」で死者の言葉を聞いて癒される。その現象を研究して、自殺者への支援とかに活用しようという動きがあるらしい。けど、そういうのって、「イタコ」という特別な存在だからこそ、という面もあるんではないだろうか。神父が読む聖書、坊さんが読むお経、その他もろもろ。「だからこそ救われる」というものは、応用のしようがないのかもしれない。逆に、「自分だからこそ救える」といえる何かを見つけとくほうが早いような気もする。