離婚届を突き付けられ嫁が出て行ってから

おおよそ1か月。

 

今週、離婚届が受理されました。

 

離婚に関する話し合いの過程はブログの先月の記事を御一読頂ければ...

 

今月頭、向こうが勝手に設定した離婚届の提出期限を待たずにこちらから申し出を承諾。

 

それまでは坊主憎けりゃ袈裟まで憎いよろしく私の全否定のスタンスから一転、まるで結婚当初の頃のような快活な笑顔と態度の元嫁。

 

離婚が決まった瞬間これか...という女性の恐ろしさを知りました。

 

離婚の理由として子が出来ず&数年セックスレスは事実でしたが、本当は公にしたくない理由で私と「今すぐ」離婚しないといけない必然性が生じているのかなという疑義は深まる一方。もう詮索なんてしませんが。

「私は結婚しない!たぶん向いてない!」と朗らかに語る元嫁。

 

もう彼女の本当の姿が全く分からなくなりました。

 

杉田水脈さん曰く

「女はいつでも嘘をつける」

現役議員が語ることの是非はともかく、こういうことなのかなと感じました。

 

結局、彼女や彼女の親御さんから

離婚に関して旦那の意思、(彼女が原因に挙げたことに関して)旦那はどう感じていたか、とか私の考えが聞かれたりすることは一度もなく、彼女の気持ちだけで結論までぶっ飛んでいったことには未だに青天の霹靂で違和感を持っていますし、何なら私の気持ち、考えを言わせないようにしていた感もかなり強いです。

 

戦う選択肢もあったのでしょう。

ただ彼女の言い分を聞くに元鞘に収まることはもう無いだろうなと感じたので、抗うことなく粛々と。

 

私自身も彼女個人の生活スタイルや度々触れてますが彼女の母親の異常性もあり、今後家族としてずっと共に過ごしていけるか?という点には疑問を感じていたので、もしかしたらこのまま一緒にいても、私から切り出すとか違う形で別れる未来だったのかなとも思います。

 

ただそれでも出会いからもう十余年、母親の次に長く一緒にいた女性がいきなりいなくなったという存在感は正直なかなか埋められず。

ただそんな長年連れ添った元嫁に言われてトラウマというほどではないですが「えっ???」となったのが

離婚後初めて話した場で

「貴方は女の人の扱いに慣れてない!」

と言い放たれたこと。

これが日常的なことなのか、性生活なのかは定かではないですが

これだけ長い間ともに過ごした女性が今さら誰に言ってるの???と衝撃を受けました。

 

男女の仲、夫婦関係、その全てが男から享受されるものであるべき!ということでしょうか?

私の中では夫婦は主従関係はなく二人三脚。

彼女の中では妻はお姫様、夫が執事とかだったのかも。

 

男なんだからとあれこれ男性に求める割に女性の権利は主張するし、女は言ったもん勝ちと言い放つこともありひょっとしたらフェミニスト気質だったのでしょうか。

 

だから今回の離婚も、旦那の気持ちなんか知らんしどうでも良い、私がもう嫌なんだから嫌なの!という意思。

 

女性不信になりそうです。

 

女性の存在はもっと尊くて愛しいと思ってましたが、もう最近はそんな感じではなくどちらがいつまで我慢するか?みたいな感じでしょうか。

 

相手がリスペクトなければこちらもリスペクトはできませんね。

 

結婚。

コミュ力・堪え性のない現代では結婚は幸福な選択肢と言い切れないかもしれません。

 


 


 

セックスレスが原因で離婚することとなりました。

 

直近の過去記事を見ていただければ

状況は把握していただけると思いますので、興味があればご覧くださいませ。

 

 

離婚届を置いて実家に帰った妻

今週、一部の私物を引き取りに義父とともに来ました。

ろくな会話もなく黙々と荷物を積めていく妻。

 

実をいうと妻は某夢の国や多摩センター界隈の夢の国の熱心なファン。

一部屋埋め尽くしているキャラグッズや生活用品も関連のものが多い。

これが整理されない限りは自分も荷物を整理できず、引っ越し先も検討できない。

 

別れる意思が非常に強く、早く離婚届を!からの提出期限を設けたいとの申し出。

話し合い=復縁の相談と思っているようで、聞く耳持たず弁護士を立てる!と。

 

何を争うのか?

という質問には答えられず、

ダラダラしてても仕方ないから早く離婚届を出したいだけという主張。

ちょっと踏み込むと、私たち二人で話しても埒が明かないからとまた弁護士云々。

 

このやり取りを聞いた義父が間に入ってくれて、

「離婚は非常に重大な決断なのに2人で話し合い自体していないのはおかしい。不法行為があるわけではないのに離婚決意に至るまでの経緯に旦那とのやり取りも旦那の考えや意思が一切出てこないのもおかしい。離婚するにしても時間をおいて冷静に話をする時間が必要」と私たちを諭し、嫁を連れて早々に帰っていった。

 

後日、彼女からの一方的な離婚届の提出期限(7月末)に関して確認の電話をすると、理解できないことが起きた。

 

彼女は今月末を指定する一方で

彼女の母親は私の実家に電話を掛けてきて「あと2週間待つ」と持ち掛けてきたそう。

なぜ親が子の離婚交渉に関与?

そして母娘で微妙に違う期限設定。

 

そして極めつけは「私の親からあと2週間待ってほしいと提示してきた」という嘘。

これは妻からの話。

妻とのやり取り後、実家に電話すると嫁母からの提示であり、むしろこっちは提出期限を設けるのは何の根拠なのか?と再三聞いたが嫁母は非常に感情的で冷静に会話ができない状態だったとのこと。

なぜこちらから2週間待ってほしいという嘘をついたのか?

この嘘で何を得られると思ったのか?

だが会話の流れを考えると義母が妻に都合よく改変して伝えた可能性は高そう。

 

そしてこちらの親が、義父が間に入ってくれたことを義母に伝えると「父親のことは知りません!」と激怒した模様。

父親とは…?

義母は義父のことを父親と呼んでるのか…?

嫁が義父に連れられて帰った後、あちらはあちらで家族会議と思いきや嫁・義母VS義父となり完敗したようで、義父はそれ以降家族とほぼ会話をしていない状況だそう。

 

この電話でのやり取りには義母が非常に多く登場した。

離婚の決意に義母の意向も強く反映されているのは察するに余りある状況

耐えかねた私が

「私は義母と結婚したわけではない。貴女と私で話をしないといけないのに母が母が言われても困る」と言うと

「お母さんは部外者じゃありません!」と異常な怒り。

 

以前「毒親。」という記事を投稿したが

妻の家庭の異常性、家族の意味合いが何か。初めて本性を見た気がした。


 

 

そして電話の最後、

本来電話であっても直接やり取りしない方がいいかも、とのこと。

何故に?

それすら誰かしらの意図があるのか?

 

何しろ気がかりなのは

離婚届の提出という一点のみにものすごく前のめりになっていること。

その日以降私物の整理回収に来た形跡は無し。

離婚届の提出だけが目的で離婚が絡む諸作業は適当なのか?

鍵も保険証も返しに来ない。これは離婚届と交換で良いかと思っているがその日程や段取りも謎。

 

私も仕事があるから!というのだけど

彼女の仕事はほぼ週3(笑)

残りの4日は何して過ごしているのか?(笑)

離婚という重大事案に対しパートの仕事が優先なのか(笑)

話し合い時にも、今後部屋どうするのか?と聞いても仕事があるから!仕事は休めない!休むと何言われるか分からない!と。


 

離婚ってパートのシフトより軽い問題なのか...

 

その割には離婚届の提出に関してだけは猶予もなくキチキチ。

 

とにかく速く籍を抜けたい何か大きい理由があると想像するに容易い。

 

 

上述の「〇〇すると誰々に何言われるか分からない!」というのは彼女が怒るときの常套句。

自分で決められない。決めなければいけない状況になると何でもいいと考えを放棄。

それでも決断を課せられると全部放り投げてしまう。

今回の離婚も、義母の入院の判断も、引っ越し先を決めた時も、いつもそう。

 

夫婦のあり方も改めて思い起こすとかなり乖離があった。

 

彼女の中では旦那が自分の身の回りをお世話する人。

なぜなら

義父母がそういう関係だから。

互いのリスペクトはなく、旦那が金銭的にも物理的にも私生活の面倒ごとも全部やってくれる人であるべきで、奥さんはじゃあ何?

確かに義母が何かをしている姿を見たことがない。

料理はもちろんできないし、何なら嫁実家はごみ屋敷ほどではないが綺麗とはいえない。

一時期、同居を提案されたけど「よくこんな汚い家に娘夫婦住まわせようとするなぁ」と面食らった記憶。

 

 

嫁も良い歳ですが、あの義母の顔色を伺いながら生きていく人生なのかと思うと同情する。

 

これから(もうすでにいるかもしれない)出会うかもしれない人と子供を為せば義母は喜んでくれるでしょう。

でそのあとどうすんの?義父母に子供をぶん投げて夢の国へ現実逃避?言うこと聞いてくれない時とかどうする?放棄しちゃう?

子供作って孫を見せてあげられたで人生は終わりではない(義母はそれで満足でしょうが)
 


 

今思えば義母に振り回され続けた結婚生活だった。

毒親。

毒親に育てられた子供もまた何らかの毒を継承してしまうのかも。

 

子作りしなくなったのは毒親の遺伝子を残したくないという防衛本能だったりして。

 

 

子は親を選べない。

あまりに重い言葉です。

 





 

 

 

 

前記事から数日経過し

自らの過ちやどうあるべきだったか

次に進むため

気持ちの整理のため

書き残します

 

所々、男性側の一方的な価値観が垣間見えるかもしれませんがご容赦ください。

 

まず我が家はもう数年セックスレスでした。

嫁はずっと抱かれるのを待っていて、もう欲求不満だったのでしょう。違う人生を模索し女として見てくれない私に憎悪を向けるようになった感じでしょうか。

今年に入ってからは

気付けば飲食の回し食い飲みはなくなり、食器も共有せず。会話も淡白な相槌。行動を共にすることが減る一方で外出は多くなり彼女が言うには整体やネイルに通っているらしい。女磨きを始めた模様で、もしかしたらもう新しい出会いがあったのかな?と想像できる状況へ。

 

男女仲としては冷え切っていたのは間違いないので今更詮索したくもないですが、お互いの気持ちを確認することもなく離婚前提で法律相談所で駆け込んだ時点で何か後ろめたい、うまく円満離婚に持ち込みたいという魂胆もあるのかなと。

 

気持ちが離れ切っているのはもう分かっていますが、10年以上同じ時を過ごした家族なのでやはり戻ってきてほしいという気持ちは正直あります。

 

何より

お互いの気持ちを確認し合う機会がゼロだったことが本当に心残りです。

 

なぜきちんと話す機会がなかったか?

まず、レス期間がある程度長くなるとセックスの話題がタブーのような空気が出来てしまったこと。

家族でテレビを見てるときにHなシーンが流れる時のような空気感。

 

レスの原因としては

私は何度か連続で拒絶されて「性行為が嫌なのかな?」と思ってしまったこと。

その時点で聞けば解決していたのかもしれませんが、元々性行為中の彼女の反応が非常に淡白、というか薄く「もしかして気持ちよくないのかな?俺セックス下手なのかな?」というトラウマに近い負い目がありました。

 

ここを二人で解消できなかった時点で男女として根本的な信頼関係を気づけなかったのかもしれません。

 

セックスのない夫婦でしたが仲はとても良く、共通言語や多くの趣味を共有し、毎日楽しくご飯を食べたり、こういう夫婦関係もありなのかなと私が思い違いしていたことも原因。

彼女曰く、これはシェアハウスしている親友程度の関係だと。

やはり彼女は女でありたかったし、私は女として見ることを忘れてしまったのかもしれません。

 

そして彼女の母親は口を開けば「孫はまだか」ばかり、ちょっと病的な感じでした。

私の親がお歳暮等節目のタイミングで電話して会話をしていたそうですが、ここ2,3年は何の話をしても「孫が」と繰り返していたそうです。全然関係ない話でも「うん、そうなのよね~、、、孫が早く見たいわ~」と会話が成り立たない状況で困っていたとのこと。実母は「夫婦の問題だから周りが色々言ってもね」といってもこの答えが返ってきたそうです。

もしかしたらお義母さんが子作りしないんだったら早いうちに違う人探したら?とか言ってたりして...考えすぎでしょうか...

 

※義母はかなり変わってる人(たぶん所謂ギリ健)で前年記事「毒親。」参照ください
 

 

女として見るということ、

彼女は正直言って精神年齢はかなり幼いです。

時事ニュースが全く分からないのはもちろん、難しかったり真面目な話に向き合えないところは多々ありました。

引っ越し先を探していても、あまり関心を示せず聞きまくると「どこでもいい!」と怒り出す始末。

案の定引っ越し後、設備とか内見段階でわかりそうな部分に不満を爆発。

 

引っ越し先の場所もひと悶着あり、元々の住所から離れた地域で検討し、契約直前になって突然「実家から遠いと親にブチ切れられる」と拒否

だけど後日、義父にそのことを話すと「近くに住んでほしいという趣旨の話はしていない」とのこと。

そもそもそんな話自体しておらず、後から親に怒られたらどうしよう...みたいなそう思っただけだったよう。

その時は笑って済みましたが、相手の顔色を窺って(怒られたらどうしよう)を気にして行動しないという彼女の基本的なパターン。

 

私が転職したとき

現職ですが仕事の荷物が週末に家に何箱かくるのですが、そういう仕事だよと事前に伝え「私受け取るから平気」と行った割には実際来ると「邪魔だ」と激怒。

しまいにはその曜日に仕事を入れるようになり、毎回土日に再配達を依頼している始末。

 

あくまで一例で、

真面目な話を真剣に聞けない

真面目な話ができない

しても思考停止になるとその場を去る

 

実は去年の暮れ辺り何度か激しく言い合いすることがあり

その時私は

「もう子供じゃないんだから」

「大人の考え方してくれよ」

と何度も言い放ち、彼女の自尊心を著しく傷つけてしまったんだと思います。

 

年内の最後の大喧嘩

彼女の怒り方は今までと比べ物にならないくらい異常で

改めて思い出すとその日を境に態度が急変したと思います。あの時のあの瞬間、気持ちが完全に切れたんだな...

 

年明け「私は美を求める」といい整体、ネイル、筋トレ、お洒落な美容院、下着の買い替え、、、

私に見切りをつけ、婚活でも始めてたのかもしれません。

 

 

 

どんな反応が返ってくるかを恐れて自分の意思表示をできない性格と知りながら、悶々としていた彼女の気持ちに気づくことなく何ならこの生活を嬉々として受け入れてくれていると思っていた自分が愚かでした。

 

離婚に至るまでの数々のステップをぶっ飛ばしていきなり離婚届突きつけられるくらいなら、逆切れされてでもするべきでした。

結局私も彼女と同じだったんでしょう。

 

覆水盆に返らず

 

諸兄方々、奥様や彼女さんには自分が思っている何倍も優しく接してあげてください

 

 

タイトル通り

 

2015年に式を挙げ今年で7年目。

交際開始は2011年。ですが元務めていたスーパーの社員とバイトの関係からスタートなので

何だかんだで13年くらいの付き合い。

 

この度、離婚することとなりました。

 

原因はセックスレスです。

レスになったのはもう結婚して割とすぐだと記憶しています。

その間、妻は私が抱くことを毎日待ち続けていたそうです。

 

その私は、あくまで私の記憶ですが行為を何度か連続で拒絶され、もしかして嫌なのかと思い以来レスに。

ただこれも時系列は不明、所謂気付いたらセックスレスになっていたというところ。

 

もう一つの原因を敢えて言うなら

セックスレスの件もですが、きちんと腹を割って話さなければいけない事象を二人して避け続けていたこと。

目の前の楽しいことを語らうことで先送りし続けて、いつしか私は妻を一人の女性として認識できなくなり、妻は私への不満を募らせ続ける状態。

コロナ禍で外出機会が減り、家にいることが多くなったにも関わらず子作りをしないことがさらに不満を募らせていたのかもという状況。

昨年末、些細なケンカでしたが妻は今まで見たことないくらいの感情爆発。

それ以降今日に至るまで、明らかにこれまでと態度が違い、頭に別々の道という選択肢があるのだろうと察するに余りある状態でした。

それは私も同じで毎日離婚したらどうなるだろうとか、どっちかがどういう形で切り出すんだろうと夢に見る始末。

もうどちらが先に引き金を引くか。

 

ですが私にとって妻は嫌い、無関心の対象ではなく、あの無邪気すぎる笑顔や言動に何度癒されたことか。

家に帰って話すことも楽しみだったし食卓を囲むのも楽しみでした。

自分も同じように幼いころのように無邪気にさせてくれるかけがえのない人でした。

ただそれは妻という一人の大人の女性の扱いではないことにも気づいてはいました。

 

このままではいけない、でも抱けない、、、正直おそらくイけないしそもそも勃たないだろうなと分かっていました。

普通なら二人でカウンセリング行くなり話し合うなりなんでしょうが、本音を晒さない二人はただストレスを溜め合うだけ。

 

そしてただ歳だけを重ね、

嫁母からは毎日毎時「孫はまだか」と呪文を唱え続けられ臨界点に。

なんなら他に子作りするあてができたのかも。本人にはもう聞きませんでしたが、今年に入ってからの彼女の頻繁な外出等の行動を考えると私と早く縁を切りたい理由が出来たと考えるのが妥当でしょう。

 

妻からは

「男として見れない」

「触れられるのも無理」

「同じ物を共有することもきつい」

「法律相談所にも相談している」

「嫌なら離婚調停」

 

離婚届と一緒に添えられた置手紙は

彼女が到底書けるわけないような文体が綴られていて

私以上の強い感情を抱いており

私の知らないところで下準備バッチリというところでしょうか。

円満な離婚の切り出し方とかレクチャーしてくれる人が周囲にいるのでしょう。

 

 

 

どこで道を違えたか。

どこかで冷却期間を設けたり考え直す猶予はなかったのか。

結婚前はあんなに愛し合っていたのに。

 

 

男と女としての気持ちは切れていても

やはり現実として離婚を切り出されるのはやはりキツい。私の不徳の致すところ。

 

昨晩、妻の実家で話し合いましたが、もちろん修復の余地なし。

隣の部屋にいた義父母も眠くなったのか途中退場(笑)

この義父母のことを私が受け入れられなかったこともどこかで影響していたのかも(昨年投稿記事「毒親」参考)

 

正直言うと、妻が子育てする姿を想像することが出来ませんでした。

 

お互いが本当に結婚相手で良かったのかというところでもう違っていたのかもしれません。

 

今はただ互いの新しい道での幸せを祈りながら前を向くしかありません。

覆水盆に返らず

人生いろいろかぁ...

 

 

 

 

 

私がブログを始めたのは2006年1月。

 

年齢バレますが(笑)大学4年生の冬。

就職活動が終わり無事卒業も決まり、暇を持て余していた時期。

 

当時働いていたバイト先でブログを始めた友人が何人かいたのでノリで始めました。

その頃は眞鍋かをりさんや中川翔子さんのブログが大流行真っ只中。

 

私も芸能人のブログに負けないようなほぼ無意味な投稿を続けていました(笑)

友達とは「ブログ王子になる!」なんて馬鹿な事言いながらw

 

初めて投稿に意味を見出せたのは、

06年4月就職してからの近況報告。

酷い職場でいじめに近い状況でしたが、そのことを綴るとかつてのバイト仲間から励ましのコメントをいただき、夜な夜な枕を濡らしていました。

たった3か月の新卒入社の会社でしたが、ブログについた友人達からのコメントが唯一の生きがいでした。

 

あれがなかったら心折れて、もうこの世にいなかったかもとさえ思います。

私の新入社員歓迎会という名の言葉の集団リンチ。

酔ったふりしてトイレに駆け込み、見上げた非常窓。

飛び降りてしまおうかと何度逡巡したことか。

 

思いとどまり何とか帰宅。

その後ブログにこのことを投稿。数日後に友人からついたコメントで「もういいや」と割り切ることができ、彼らがいる地元へ帰ろうと決心も付きました。

 

電話やメールとは違う言葉のやり取り、繋がり、、

 

以降、ブログは何度か辞めて復帰してを繰り返してますが、あの頃から未だにブログを続けているのは間違いなく私だけ(笑)

もう16年も前ですか。。。

 

Twitterももう10年以上やってます。

文章は書くのも読むのも好き。

 

ブログを書いていたおかげで現在の私がある。

まだまだ止められませんね。

 

もう16年も前ですか。。。歳もとるわけだ。。。笑

 

NintendoDirectにて太閤立志伝5DXが発売されることが発表されました。

 

小学生の頃からこのシリーズを遊び倒している私は狂喜乱舞。

 

開発チームもすでに解散し、私を含め一部の根強いファンは新作が2度と出ないことを察していながら淡い期待をずっと抱き続けていました。

今回はリメイクかリマスターのようですが、追加要素もあるようで本当に楽しみ。

 

これが売れたらもしかして6発売へつながるかも…と余計なことも考えてしまいます。

 

このゲームは同じゲーム会社が発売している信長の野望シリーズとは全く違い、木下藤吉郎(後の豊臣秀吉)や作品によっては戦国時代の数多の武将等を操作し、就職や転職、立身出世、天下統一を目指すことが出来る非常に自由度の高いことがウリ。

 

まるで自分が戦国時代で生きているかのような没入感。

5はPS2・PSP・PC版と発売されていますがPC版では自分でイベントを作ることができたり、もちろんオリジナルキャラを作成してプレイすることも可能で、ニコニコ動画全盛期には数多くのプレイ動画が投稿されていました。

プレイスタイルが千差万別なのでどれも個性があり動画を見るだけでも面白かったものです。

 

このゲームをNintendoSwitchでプレイできるかと思うと今からドキドキです(笑)

 

ちなみに私がこのシリーズで一番好きなのは何といっても初代。

4や5ほど洗練されておらず、自由度もそこまでではありませんが、信長様から仕事をもらい信頼度を稼ぎ、はては謀反を起こすか本能寺の変が起きるのを待つか。

桶狭間の戦いをスルーすることもできる程度に自由がありました。

 

出会いは小学5年生くらい?友達からこれを借りたらもう時間泥棒(笑)

返した後、なけなしのお小遣いを握りしめてゲーム屋さんに行って改めて購入したほど。

 

2もめちゃくちゃハマったな~。2は中学生か高校の頃だったか…

たぶん私は太閤立志伝→大河ドラマ秀吉のコンボで歴史好きになったんだと思います。

無駄に戦国武将の名前や城、地名に詳しくなりました(笑)

 

 

近年はゲームから離れていましたが昨年夏、たまたま暇だから買ってみたゼルダの伝説ブレスオブザワイルドに鬼のようにハマり、改めてこういう自由度の高いゲームが好きなんだなと自覚できたので、また昔のように太閤立志伝で戦国時代にタイムスリップ気分を味わおうかと思います。

 

太閤立志伝がブレワイみたいなオープンワールドだとどうなるんだろうなぁと妄想も膨らむ今日この頃です。

ほぼ1年前、前職のスーパーを辞めて異業種へ転職した。

 

以前勤務していた店舗へ「もう今更いいだろう」と買い物がてら挨拶をしに行った。

 

当時と変わらず年下の若店長。貫禄が備わったてきたかと思えば相変わらずのフワフワ。

前職の様子も相変わらずで、

①離職者が多い。

②お体裁で女性社員を新卒採用しているが全く活かしきれず人件費の肥やし(そして女性だからと楽させてもらえるので女性社員は定着率が高い(笑))

③以前より増して店舗掛け持ち社員増加

 

退職して1年なのでそんなに変わることも無いけど、年々さらに悪化しているのは見て取れた。

 

①私が辞めた後も退職者は相次ぎ、人事異動も頻発。そのやりくりから③の状況も発生。中には3,4店舗掛け持ちしている人もいるらしい。

3店舗というと週5出勤だから自店2~3日だけ勤務してあとは他店。他店の日は発注こそないもののメインの社員が休みなので、ワンオペの店番責任者ということらしい。これはしんどい。自分がこの状況になる前に辞めて良かった。

店長クラスの退職もあり、若店長も年末は午前他店応援・午後自店という中々過酷なシフトだったよう。

 

②はまだこんなことやってるのか?

みんな苦しいのに「女性も活躍してます!」のだけの為に採用して、「女性だから大変だよね」と基幹業務に触らせず、他所ではパートさんが任さられるような仕事を無理やり振って役割を持たせる。シフト休や有給休暇も男性は無視されて適当に組まれるのに。女性は最優先でヒアリングされてシフトに反映される。

男性が「あれもこれもやらなきゃ!」なのに女性は「あまりやることないんですよね(笑)」と言えてしまう状態。

これは私がこの店にいた時一緒だった新入社員の子もそうだったから相変わらず。

もちろんその子はまだ在職で、自己都合で遠くへ引っ越し「遠くて通えません😢」と一番近い店舗へ異動。若手の異動ラッシュの中、その店舗で固定されていることに不満を持った人は多いらしい。そりゃそうだ。

この部分が平等化できないなら無理に取らなくては?と思う。

納品が大量で、扱う商品も大きく重いものも多い。男女の体格差の影響は大きい仕事なのは間違いないんだから。

でもそれ言ったらホームセンターとかで働く女性は何?となるのも事実。

これは採用する側もこういう仕事だとはっきり言って大丈夫そうな人を採用しないといけない。とりあえず採用しとけ!という面はあるんだろうなぁ

 

 

性別の違いに胡坐をかく人と昭和の男女観のままアップデートされないお偉方。

 

この店は新人配属店舗なので他店の緊迫した状況をよそに、相変わらず社員過多(笑)社歴1~2年の人が多いので異動も大変だとは思うけど、店長の話とは全く違う空気感は気になった。

社員数が多いので発注担当が細分化されて発注がすぐ終わる。仕事がなくなるとひたすら品出し前出しをするので機会ロスは減るから良いのだけど、今度はバイトの仕事がなくなる。やることがないのでバックヤードでずっとおしゃべり。若店長は自他ともに認める優しい人(笑)なので絶対に注意しない。バイトは緊張感がなくなり、従業員呼び出し連絡が入っても「他の誰かか対応するだろう」とおしゃべり継続。

そんな感じだから店内での態度も悪い。私が元社員と知らない人は「いらっしゃいませ」はもちろん、ちょっと気遣いも皆無。

 

この店は色んな意味で近いうちに転換期が来ると思う。店長が変わるときかな?

ちなみにこの若店長、本社からのウケは非常によく期待の店長。

現場は全員「どこが?」と思っているけど、まぁ世の中そんなもの。

 

私が最後に配属された店舗は、私の退職後に異動してきた人が2人連続で退職したらしい。

私が引継ぎをした1人目は派遣バイトのベトナム人女性へのセクハラ行為が認められ退職。50のオヤジが何やってんだよ…

2人目は私も知っている期待の若手だった人。私同様、その店舗の勤務形態がキツくやってられなくなったらしい。

 

「魔境」やら「行くと辞める店」とか言う前にさすがにもう改善しようよ・・・

ますます社内でヤバい店扱いされてる。

 

コロナ禍もあり昨年も景気は良かったそう。

まじめな人、本当は頑張っている人が報われる会社であってほしい。

もう顔出すことはないかな。。。

 

昨今、何でもかんでもブラックにしてしまう風潮は好きではない。が、

かくいう私もかつては傍から見ればそういう環境にあったのか?という点から過去辞めていった小売業の記憶を辿ってみる。

 

※当ブログ過去記事と重なる内容が多々ありますがご容赦下さい。

 

①1つ前の会社

②2つ前の会社

③3つ前の会社

 

①まず直近の業務用スーパー。

3年弱勤めた、いわゆる「業務スーパー」と同業態。

何しろ社員が少ない。

ワンオペ上等。

スーパーにおけるワンオペは要は社員が終日独りきりで他はバイトパートのみという状況。

普通に考えれば分かるが、作業キャパは当然オーバー、不慮のトラブルへの対応が困難。

店内トラブルが2件同時に発生したりするともうどうにもならない。

パートさんが機転を利かせてくれることに期待をするしかない。

開店から閉店まで一人というのは本当に精神的にきつく、これまでの職場では絶対にそういう状況にならないシフトを作っていたのが、ここでは「まぁそういう日もたまにはあるよ」くらいの感覚。

その分色々と諦めながら働いているような感があり、まぁ仕事が雑。

これを当たり前と思っているところは正直面食らった。

 

最終勤務地は始業7:30終業22:00の都心店舗。

ここは社員以外の従業員が9割派遣の外国人。

コミュニケーションが困難なので最低限の仕事しか振れない。やらせたところで意図が伝わらず結局やり直す羽目になる。

店内トラブル回避のため、クレームははねつけるし対応しない。さらにトラブルが悪化するケースがあるが本部にクレームをつけるよう誘導。そうすれば本部の担当者を駆り出せるから。

最早「サービス業」とはいえなかった。

 

休みは週休2日完全固定なので、どんなに欠員が出ても頑なに社員シフトが調整されない。

消費税増税前の土日に、平気で旅行へ行くと連休取得する店長。バイトは厚めにいれたというが、バイトもその日がきついことを察しているので当日急病(笑)の為欠勤が相次ぐ。

当日どうなったかは言わずもがな。

私以外レジしかおらず、店内業務は全く追いつかず、怒号や罵詈雑言が飛び交う店内。もちろん本社にクレーム数件。

 

どこの店舗もそんな環境なので、私もだが定着率は低い。気づいたらいなくなっている社員は多く離職率は相当なものだと思う。

 

結果、洗脳教育を施されたベテラン社員の比重が大きくなり、社歴の浅い若手はただの労働力として計算され、また、ベテラン社員勢が脳筋なので若手に仕事を教えられない。若手はある意味自由に働くので責任感は無く、業務遂行レベルも低い。

時代の流れか新卒採用で女性ばかりを採用したが、現場はどう扱ってよいか分からず「何をやらせればいい??」で何も教えない。

採用担当のレベルも低いようで、新卒の子たちは何がしたくてこの会社を選んだのだろう?という子だらけ。

エキナカのお洒落な輸入食品のお店辺りと間違えて入社したのか?ってくらい意識の乖離があった。

 

第1回緊急事態宣言のとんでもない喧騒に巻き込まれたことも重なり、小売業が心底嫌になった、そんな会社。

 

 

②2つ前の会社だが、③とは姉妹関係というか②が親会社で③は元々別の会社だったけど②に買収されたという流れ。

ここも社員が非常に少なくワンオペ上等(笑)だけど業態がスーパーというより飲食店や業者向けの食材を扱うある意味本来の業務用スーパー。コストコとかを物凄く小規模にしたようなイメージ。

客数はとても少なく、1客辺りの購入量が膨大。飲食店の買い出しがメイン。

店舗での仕事というより、客の店にこちらから足を運んで商談するという営業的側面がかなり強く、小売一筋だった私にはとてもハードルが高く価値観も合わなかった。

人数的な負担は実はそんなでも無かったけど、M&Aされた側からの転籍だからか私に対する扱いがとても酷く、仕事を何も教えてくれない。

「自分から進んで~」「見て盗め」的な考え方もあったんだろうけど、もう一人の社員である店長がまあ事務所から出てこない(笑)

盗みようにも仕事ぶりを見てないので盗みようがない(笑)

自分で考えて動いても、それが合っているのかの是非も無く、何が何だか状態で日々を過ごす。

おそらく働き方はズレていたのだろう、従業員には舐められ孤立無援。

精神的に参ってしまい偉い人に相談。

その店舗が閉店するタイミングで②③合併店舗へ異動。

まず店長がLINE魔。朝から夜遅くまで仕事のLINE。休みの日でも既読返信の強要。

今日どの客とどういう商談をしたか逐一報告。何もない日なんて有り得ない、と。心休まる日も無くもちろん薄給。

店長の人となりもかなり圧が強くプレッシャーを感じながら働く日々。「お前には期待してるから」といえば何でも許されると思っている節があり、無頓着な私でも流石にパワハラの匂いを感じた。

本社の偉い人が店舗視察。その報告と指摘事項を休みの店長に伝えると、

指摘事項が多かったからか

「仕事サボるな(指摘されないよう事前準備が出来てなかった?)ムカムカ

と言われた瞬間、完全に気持ちが切れて退社へ。

 

M&Aというのは現場にとっては難しく(特に買われた側)、業務内容、価値観・社風の相違のギャップはなかなか埋められず、順応できる人もいる一方で適応できない人はただ弾かれていくだけ。

新卒でハナから洗脳教育を受けていればまだしも、中途で本意ではない会社の転籍はモチベーションも上がらなかった。不可抗力とはいえ人生を変えられてしまった会社。

 

そして③

地域の酒類ディスカウントなんだけど食料品や生鮮食品も数多く扱う、所謂地元のスーパー。

今思えば①並みにブラックだったかも?と感じるが、仲間や上司に恵まれそういう不満を感じなかった不思議な会社。

新卒ですぐ辞めニート同然からアルバイトからのスタート。

社会で働くことの恐怖心はまだ残っていたものの、このままでいけないという気持ちと学生時代にスーパーで働いていた為、仕事への慣れもありモチベーションは高く1年で社員登用。

シフト制だったけど、翌週の休みが確定してないなど休日に関してはかなり不安定。有給は勝手に消化されるなど今だったら絶対にありえない。働いてる上で色々と不満は持っていたと思うけど①②に比べたら薄給であまり文句はなかったかも。

職場環境というのはやっぱり人だなと思う。穏やかな人が多く残業でも休日出勤でもその人達と駄弁りながら働いているだけでも全く気にならなくなる。

 

今でも働いている時代の夢を見るような職場。

法で照らすとここが一番ブラックだったと思うけど、労務面の不満なんて気にならないくらい楽しい職場だった。

 

給与面は高い方から①>③≧②

 

スーパーは田舎の小規模な会社は相当薄給だろうか。激務だし。

正社員数に余裕があれば仕事の負担は少なくなるので、薄給でもバランス次第。

休日の取得は他の人達とのコミュケーションに左右されるかな。人間関係が上手くいっている環境であればフォローしあえるので連休取得も変な罪悪感は薄くなる。

 

あとこれはどこでもそうなんだろうけど、下の立場だと上司に左右される。私の場合②がそれで今だったらパワハラだと騒ぎ立てていたかもしれない。

自分にとっては②は完全ブラック。

①も怪しいが、小売なんてそんなもんだと思えばそうでもない。我慢が出来るレベルかどうか。

最終勤務地が我慢できなかったので退職に至った。

③は正に傍から見れば、で当時は何も感じなかった。むしろ楽しい。

 

ブラック云々というのは結局合う合わないによるものが大きいんだと思う。

ブラック企業て言葉の出始めの頃は、サービス残業や法外な時間外労働だとか明確なものが多かったけど、SNSとか見ると最近は感覚的なズレレベルのものも散見。

 

気に入らない組織はブラック。

気に入らない上司同僚はハラスメント。

 

働いて収入を得るうえで、嫌なことや障害障壁なんてどこにでもある程度はある。

結局は本人次第なんだと思う。
 

 

 

小売業を卒業して早3か月。

 

新しい仕事はやっと地に足を付け始めたくらい。

 

取引先で毎日のようにスーパーや小売店を訪問しているが、改めて思うのは小売業は癖が強い人が多いこと。

 

 

従業員を延々説教していたり(しかも同じ話の繰り返し)

 

業者相手にマウントとったり(あくまでビジネスパートナーだから)

 

どうみても忙しくないのに忙しい振りして働いてたり(元同業者だからすぐわかる)

 

気になる学生バイトの娘に猛アプローチしてたり(スーパーで働く人って女性経験薄い人が多い気がする。前職もそうだった。リア充は絶対就職しない仕事?

 

 

とにかく癖が強い。

 

自分もスーパーで働いてた時そう思われてたのかな(笑)という疑問はあるが、やはり日々のストレスが性格を変えてしまうのか、元々小売業で働く人がそういった性格の方が多いのか?

 

大学生時代の就職活動を思い出すと、サービス業は数多だがその中でピンポイントでスーパーに就職しようとする人っていなかった。

どういう人が内定貰ってたかというと、本命筋の食品系メーカー、商社が全滅でメーカーから遠からず近からずなスーパーの面接を受けるというパターンが圧倒的に多かった。そして何しろスーパーを始めとする小売業は慢性的な人員不足。大体内定もらえる。振るいにかけられることも無く入社した彼らの中には大手に就職した子たちより難のあるタイプが混ざっていることが多い。

 

正直なところスーパーのお仕事って慣れたら誰でもできる。店長職以上の出世を求めるなら高いスキルと感性も必要だが、チーフ主任クラスまでなら長く在籍していたらいつかは就けるポジション。その彼らが我々業者と商談したり、アルバイトパートさんの教育やシフト管理をしたり、面倒くさい客が来た時矢面に立たされたりする。

気難しくもなるわな(笑)

 

学生のアルバイトが毎日品出しをしているが、話を聞くと「小売業はバイトで十分」「スーパーに就職しようなんて思わない」と。

これは私の大学時代もそうだった。

3年間スーパーでバイトをしていてとても楽しかったが、そこに就職しようと思わなかったし、何なら小売業を避けて就職活動した。この話は飲食業でもよく聞く。

もしあの時、どこも内定もらえず妥協でスーパーに就職していたら、私も陰で気難しいチーフと言われる存在になっていたのだろうか?

 

ただここで差が出るのは、仕事に熱量がある人とない人だと思う。

熱がある人は癖の強さは同じでも、筋が通っていたり、店や従業員さんのことなど視野が広い場合が多い。

冷めてる人は自分が面倒にならないよう願って日々過ごしているだけなので、少しでも尖った状況を察すると無視したり丸め込もうとしたりする。

 

これは今の仕事で取引先の人々を見ていて感じるところはある。

結局は本人のやる気次第。

 

だけど学生が憧れない仕事という時点で色々と詰んでるのかな…

良い人材は集まらないし、バイトからの叩き上げでも周りが熱量が無ければ量産型癖の強い店員に変異。

残業しないと回らない、休日出勤しないと回らない。たまの休みは疲れて寝るだけ。そりゃあ仕事の熱も冷めるよね。そしてその姿を見てる若手や学生バイトは転職したり小売はブラックだからと志望しなくなる。

 

私の場合、一番長く勤めたスーパーは非常に人間関係に恵まれていたので、本当に挫けそうになった時に一緒に愚痴り合ったり、時には叱咤してくれる先輩や上司がいた。だからその会社での仕事はとても楽しくなり、店長時代も色々と助けてもらった。

そこは後に会社合併で社風の変化や全国転勤の強要があり辞めてしまったが、周囲の環境もすごく大事。

 

忙しいから仕方ない、人員不足だから仕方ない、

でも働く環境づくりはもっと大事。

理想論かな~。

近年によく耳にする単語。

 

つい最近、ラジオでも特集が組まれており、リスナーからの投稿に私は思わずうんうん頷きながら聞き入ってしまった。

 

なぜなら、、、

 

私の妻の母がおそらく毒親だからだ。

 

結婚するまではちょっとルーズなくらいの都内型(あくまで概念)のお母さまくらいでしか感じていなかった。

いざ結婚して住まいを近くにすると、頻繁に我が家を訪れるようになる。

来て何かをするかというと何もしない。

おもむろにソファに座り、テレビをボーっと見て1~2時間は滞在。

 

これはまだ良い方で、家人が不在の時も訪れて数時間過ごしている気配。

たまたま前職の時、昼過ぎに忘れ物をとりに帰宅した際にバッタリと出くわした。

 

「あんたたち誰もいないから、上がらさせてもらったわ~」と意味が分かるようで分からない事を言い、気を使って出ていくかと思ったら、「もう少し休憩したら出ていくね~鍵は掛けておくから~」と。

 

そして最近、リモート会議中にお義母さん我が家に乱入。

一瞬画面を切り「お義母さん、今パソコンで会議やってる最中なんで」といったら退散、、、と思ったら数十秒後なぜか戻ってきて、私が会議してる真後ろで10分ほど寛いで帰って行った。。。
 

多分この瞬間、私はお義母さんのことを「普通じゃない」人と認定した。

思いたくないけど、一応何か物色されてるかとかはなさそう。

思うに娘夫婦の家は別宅扱いなんだろう。

 

この件はコロナ騒動で訪問回数は激減したが、去年夏以降すこしだけコロナ収束の気配があった時期にまた多くなり、「コロナ怖いわ~あんた達も気を付けないと!」と言いながらサービス業従事者夫婦の家に出入り(笑)。

 

お義父さんは定年退職しているが、家にじっとしているタイプではないので、シルバー雇用で平日はお仕事。寂しいから暇だからというのは理解できるが、自分の都合だけで周りを引っ張ろうとするのは、きっと昔からなんだろうなと思う。

 

 

実はお義母さん、実家とは断絶状態で親の葬儀に呼ばれなかった過去。兄嫁と折り合いが悪いらしいが、普段の様子を見てると周りが付き合いを嫌って距離をとるようになったのだと思う。

何ならお義父さんとも関係が良好とはいえず、おそらく娘である妻の存在が関係を繋ぎとめているだけという節が見られる。

 

他にも、ちょっと何かあるとすぐお金を出してくる。ある意味有難い一方で恐さもある。

「お金出そうか?お金払おうか?」

と迫ってくる姿はお金出せばなんでも解決と考えているようで、過去に詐欺被害にあったこともあるらしい。

あまり多くを語らないがどうやらオレオレ詐欺的なもの、妻が近所に住んでいるのに?私がお金をせびるとでも思われたのか?想像の域を出ないが、老後の不安が付きまとう。

 

性格的に何か困難にぶち当たると思考停止してしまい、お金を出せばとりあえず何とかなるという事例が生きてきた中であったのだろう。金づるにされてなきゃいいけど。

 

不謹慎な話だけど、死後変な人がいっぱい出てきそう。相続巡って良く分からん人が出てきたり。。。

 

 

一番の難しいところは「家族」の定義だろう。

お義母さんの中でおそらく家族の形というのは、

「面倒を見てあげる人」

と、

「面倒を見てもらう人」

の2者しかいないんだと思う。

 

確かに妻と義母であるが母娘であるけど、お互いに依存しているような面もあるしこの世で一番近い存在の割にはお互い顔色を窺っている節もある。

 

ハッキリ言って一般的な家族関係とは少し違うように見える

 

「○○(私)は△△(妻)の面倒見てあげないといけないんだから。」という発言も過去にはあったし、深読みかもしれないが仕事から帰ったら家のことやってあげて、休みの日は家のことやってあげて。というニュアンス。

 

私が今までのお義父さんの代わりに面倒を見てあげる人になったんだろう。

 

ちなみにお義母さん、私のことは名字で呼ぶ。

そりゃあ家族の定義がソレなんだから、私は義理の息子というより、「私たちの代わりに娘の面倒を見る人」なんだから他人なんだよな、と。

 

実母から「あんた名字で呼ばれてるの?(嫁実家に)電話した時あんたの話なのかこっちの話なのか全然わからなかったわよ(笑)」

って言われたときはちょっと辛かった。

 

 

あとこれはもう毒親かどうかではなく、もうすこし踏み込んだ部分になるのだが、

そもそも健常者なのか不安になることがある。

何しろ会話が噛み合わない。もちろん毎度ではないが、同じ話を何回も繰り返す。こちらが質問に答えてるのに、同じ質問を何回も繰り返す。

以前、一緒に回転寿司を食べに行った際に海苔を喉に詰まらせて救急搬送に立ち会ったことがあった。

時間が経って落ち着いたところで、お医者さんや看護師とのやり取りがあったのだが、まぁ聞かれたことに答えない(笑)。答えずに全然違う話を勝手に始めお医者さん達も苦笑い。

その時初めて知ったのだが、電車やバスに乗れないらしい。理由は定かではないがパニック障害か何か?

所謂ギリギリ健常者の類なのかもしれないが、あまりこういうレッテルを張りたくはないがどうしても引っかかる部分はある。

 

何しろお義母さんは無趣味。

家でず~っとテレビを見ているだけ。

何か打ち込めるのがあれば多少は違う環境を作れたんだろうけど、無気力人間気質がかなり強く、言葉は悪いが老いてボケていくのを待っているだけみたいな生活を送っている。

 

 

というか、こんなこと書いてるの嫁にバレたら終わりだね(笑)