元寇の足跡を歩く | 一兵卒のブログ

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日々是好日

久しぶりの休み。

福岡の元寇の遺跡、
日本武士と元軍の足取りを
辿ってみようと思います。

この本をガイドブックに
歩きました。
竹崎季長が
元寇の戦いに参戦して
書かせた「蒙古襲来絵詞」。
この絵詞と現代の場所を
比較して記載してくれています。



先ずは武士が元の
来襲を受けて集まったという
「筥崎宮(はこさきぐう)」。




絵詞にも筥崎宮の鳥居が
描かれているとのこと。
筥崎宮には
敵国降伏の文字が。



境内に元軍の船の碇石(いかりいし)が
ありました。


碇石、こんな形。


これは元寇防塁の石。


筥崎宮に大楠がありました。
デカイ。


筥崎宮の近くにパン屋、
「ナガタパン」。


レトロな雰囲気の店内。


サンドイッチを買って
コーヒーと。
店内で頂けます。
美味かった!
※コーヒーは
パン購入した人へのサービス。


●元軍に対峙すべく行軍する武士、
向かうは、息浜(おきのはま)。
その行程には、
東公園、千代の辺りが。
古は千代に松原があったらしい。
絵詞にも描かれています。

ちょっと寄り道。
千代の松原「東公園」に
向かう途中で
「利休の釜掛の松」
がある九大の敷地へ。


ここが秀吉と利休が
九州征伐の後に
茶を楽しんだ場所。
釜掛けの松。


●東公園
亀山上皇の像があります。
上皇はは元寇の時に
「我が身を以て国難にかわらん」と
伊勢神宮に戦勝の祈願を行う。
文永の役で焼失した筥崎宮の
再興にあたり「敵国降伏」の
宸筆(上皇の直筆)を納め、
博多の街の安寧を祈願された。




●息浜(おきのはま)の陣営には
総大将、
「少弐景資(しょうにかげすけ)」が。
息浜は今の「奈良屋町」付近。
博多小学校がある辺り。


小学校の窓ガラスに
元寇の英雄の文字がありました。


●総大将の少弐は
足場の悪い赤坂付近での
合戦を避けて
元軍が博多に攻めてくるのを
待っていた。
然し、肥後の菊地武房が
元軍と赤坂で交戦。
見事、元軍を追い払う。
赤坂のどの辺りか
分からないので
赤坂小学校のあたりを
ウロチョロ。


●祖原まで逃げる元軍。
途中、別府(べふ)でも
三井資長が元軍に追い討ち。


●祖原まで退却した元軍は
見晴らしの良い祖原山に
陣営をつくる。
目の前の丘が祖原山。


今は祖原公園があります。






祖原山からの眺め。


●そして鳥飼潟の闘い。
元軍を敗走させる。
今の鳥飼、塩屋橋の付近。




今日は20㎞ほど歩きました。
思っていたより遺跡が多く、
面白い歩きでした。

また、塩屋橋を起点に
歩くつもりです。