山崎豊子、久しぶりに読みました。
日中戦争、満蒙開拓に向かった日本の民。
終戦と同時に関東軍は、守るべき民を捨てて
ソ連の追撃を避ける為、橋や道路を破壊して
民の逃げるべき退路を断って退却する…。
残った民は、ソ連兵に家族を穢され、殺戮されて…。
生き残った人のなかには、
心ない人たちに牛馬のごとく扱われ、売られ…、
文化大革命、日中国交正常化…、
時代の波に翻弄されながら生き続けます。
正直、前半は読んでいて辛かったですね…。
然し、読後には、深く厳しく考えさせられます。
人とは何か、人は何を以って人なのか。
家族とは何か、何を以って家族なのか。
国とは何か、何を以って国なのか。
生きるとは何か、
何を以って生きるということになるのか。
著者は、雑誌などのインタビューで次のように語ったとのこと。
「(中国残留孤児について)
残留という言葉には”意思”がある。
でも彼らには、残留しようという意思はないのです。
日本政府が国家としての責任を回避したずるい名称の書き換えです。
『戦争犠牲孤児』と呼ぶのが正しい。そう思いませんか」
「(戦争孤児について)
今日の日本の平和というのは、そういう孤児たちを
戦後40年近くも捨てておいた犠牲の上で
成り立っていることを反省したいです。
日本人はみんな健忘症なのでしょうか。
それとも人道主義欠乏症なんでしょうか。」
日本人として考えねばなりますまい!
★★☆