知花敏彦氏のブログを読み進んでいくうちに、イエスキリストが知花敏彦氏にオーバーシャドウした時の愛の文章を読んでいました。
その時時刻は午前一時でした。
知花敏彦氏は、今ここにイエスキリスト様がおられます。
イエス様は今現実に肉体を持って、肉体というよりは目に見えない霊体を持って現れておられます。
そしてイエス様は知花敏彦氏の口を借りてこう仰りました。
皆さん方も常に知花のような意識の状態までになりますと、霊体を見聞き出来、指導を受ける事ができます。
あなた方に何故それができないのだろうか。
それはあなた方の意識の問題であります。
あなた方が、この知花のように「愛」であれば、あなた方も可能であるという事です。何故ならば、全てが私であるからです。
全ては神であり、私そのものであり、私が全てのものを愛していることをあなた方は知らないのかと、私は言いたい。
あなた方がこの世に現れている隣人達を毛嫌いしたり好き嫌いがあったり、差別があったりしているなら、到底私の元へ来ることはできません。
あなた方の隣人は全て私なのです。神なのです。
私が創って、私が生きて働いているからです。私たちは、この全てが一つの生命に基づいて、一つの例に基づいて、その一人一人が一つの表現媒体に過ぎないのです。
その中に私がいます。分かりますでしょうか。
あなた方一人ひとりの中に私はいます。私は皆さんに、「隣人を愛せよ」と言うのです。
私の愛を感じるなら、あなた方の心は私の愛そのものとなります。
私の愛あなたの愛、心はもう愛以外何もない。あなたの細胞一粒一粒が、全身が私の愛に満たされているでありましょう。
その時あなたは、何を見ても愛着を感じます。何を見ても愛そのものになったからです。これが神の愛なのだと。「この時イエス様は涙声で語っている。」
この時私も何故か涙が出てきて止まりません。何故なのか分かりませんが、イエスキリストの涙が伝染したのでしょうか。ただ文章を読んでいるだけなのに何故涙が出るのでしょう。
知花敏彦氏にオーバーシャドウした、イエスキリスト様の言葉は知花敏彦氏の口から出ているのです。その言葉を文章にしただけなのに、その文章を読み終わって、他の違う文章を読み始めると何故か違います。意識が全然違います。
寝床に入り横になって瞑想を始めたら間も無く頭の上の方で輝く光が差しています。
とても明るい光です、少しの時間が過ぎたところで消えました。
その身瞑想を続けていると、また光が射してきました。そのうち深い眠りについてしまいました。
朝目覚めた時頭はとてもスッキリしています。
身体もとても軽く感じました。