2016年・日本インカレ奮戦記
<2016年・日本インカレ奮戦記>
9月2~4日に埼玉県熊谷市の熊谷スポーツ文化公園陸上競技場で「第85回日本学生対校選手権(日本インカレ)」が行われた。
男女27人がエントリーした東京学芸大学は、男子は十種競技で柏倉飛鳥(4年)が7400点の大学新記録で3位、110mHでは矢田弦(4年)が14秒40(-1.9)で6位、10000mWの青山福泉(2年)は43分15秒46で8位に入賞した。
女子は800mで1500mでも大学新記録で2位に入った卜部蘭(3年)が優勝。山田はな(4年)が2位となり2年連続での1・2位を占めた。1600mリレーは3分42秒19で5位に入り、大学記録を更新した。七種競技は高橋このか(1年)と澤田珠里(2年)が4・5位とそれぞれ入賞した。
対校得点は男子が10点で21位、女子は35点で6位だった。
上述の選手を中心に3日間の戦いぶりのいくつかを以下に紹介する。
◎柏倉が武内の学芸大記録を18点更新/男子十種競技
「来年の日本選手権で決着をつけたいです」
2日間の戦いを終え、最後の日本インカレの舞台で3位入賞を果たした柏倉飛鳥(4年)の顔からは充実感と自信がうかがえた。10種目中6種目で自己ベストを叩きだす抜群の調整力を発揮してみせた。しかし、今回の一番の驚きはその記録。7400点で自己記録(7038点)を大きく更新しただけではなく、武内勇一(2016年3月卒。現在、富山県の教員)が昨年の和歌山GPでマークした学芸大記録(7382点)をも上回ったのだ。しかし、柏倉は、「十種は同じ場所でやってみないとわからない。勝ったとは思っていません」。
スタートからインパクトがあった。1種目めの100m。
「今まで"鈍足"と言われてきた。(10秒台が)出るとは思っていなかった」
スタートをうまく決め、うまく加速した。1.4mの追い風にものり、組1着でフィニッシュ。速報のスクリーンには「10.94」の表示。
「100が良いとだいたい後が悪いことが多い」と柏倉。決してそんなことはなかった。単純なスプリントの向上が他の種目にもつながった。2種目めの走幅跳では7m33(+0.5)をマーク。400mでも48秒91、2日目の円盤投、やり投の投てき種目でも自己新記録と躍進。一気に全国の舞台を駆け上がった。しかし、柏倉から聞かれたのは感謝の気持ちだった。
「三村(瑞樹)さん(2016年3月大学院修了)にはメンタル面を鍛えてもらった。岩科(伶)さん(2015年3月大学院修了)や船場(大地)さん(2016年3月卒)も応援にかけつけてくれた。特に競技中には見つけることはできなかったけど、スタンドから船場さんの声が聞こえたんです」
柏倉が試合前に提出していた目標記録は「7400点」。これとただの1点の狂いもない狙ってもできない見事な「目標達成」となった。
次の目標は意外にも約2週間後(9月19・20日)の26大学対校。
「大会記録(6709点)が1年のときにマークしたものなんです。確実に6800点を出せるように頑張ります」と柏倉らしさをのぞかせた。
・1500mの動画(柏倉は内側から3番目でのスタート)
↓ ↓
https://www.youtube.com/watch?v=UxQ0u3yrudk
◎卜部、山田がワンツー/女子800m
大会最終日、2年連続の“ワン・ツー”を大一番でやってのけた。
初日の1500mで2位(4分21秒71の学芸大新記録)に入り、昨年この種目2位の卜部蘭(3年)が2分05秒34で優勝、昨年の覇者・山田はな(4年)が0秒12差の自己新記録(2分05秒46)で2位。順位は入れ替わったが、昨年に続き揃って表彰台に立った。
なお、卜部の母・由紀子さん(旧姓・田島。東女体大)は、1986年日本インカレ1500mの優勝者。三十の星霜を経て、母子で「学生日本一」のタイトルを手にすることになった。
今回、最も目にとまったのは卜部の位置取りのうまさだ。持ちタイムでは優位な卜部(2分04秒86。大会前までの山田は、2分06秒00)だが、大きな試合になると位置取りに失敗する展開がここまで目立っていた。しかし、今回の日本インカレは違っていた。卜部は冷静だった。1500mの予選では体力の浪費を避けて、インレーンを死守。しかし、ポケットされるのではなくラストのスパート合戦にはきちんと対応。予選を全体トップのタイムで通過していた。決勝も同じようにインレーンを走り、最後は京産大・橋本奈津選手(1年)のロングスパートに届かなかったが、冷静に走って2位に食い込んだのだった。
800m決勝に向けて材料は揃っていた。昨年11月に4×800mリレーで単独チーム日本最高記録をマークしたときには、「勝ちたい。だから頑張る」。もちろん最終学年の山田というチームメートもいる。しかし、勝負になれば別物だ。アスリートとして純粋に勝負する。頂点を目指す気持ちは昨年から募っていた。
一方、2015年に関東インカレ・日本選手権・日本インカレの三冠女王に輝いた山田は決勝を前に涙に暮れていた。毎回、特にインカレでは涙を見せることが多い山田。まるで秋の花粉症でもあるかのように「箱ティッシュ」を持参。駆けつけてくれた先輩や同級生、チームメートから声をかけられる度に涙を流した。4年目のシーズンは関東インカレも日本選手権もいずれも銀メダル。もちろん今回も頂点を狙っていた。そんな山田を応援してくれる人は多かった。決勝のレースのスタンドからの山田への応援の数が全てを物語っていた。応援を自分の力に変え、山田の4年目のインカレが始まった。
2人とも不安を感じさせない走りで予選、準決勝を通過。決勝の招集前は日本選手権決勝前にも行った中長距離ブロックのメンバーを中心としての“円陣”。これに感激した山田の両眼からはまたまた涙が溢れ出た。ティッシュで涙を拭いながらコール場のテーブルに向かっていった。そんな山田を見て、コール担当の学生役員は、「この人、レース前なのに、どうしてこんなに泣いているんだろう?」と、不思議そうな表情をしていた。
いよいよレースが始まった。序盤から秋田大の広田有紀選手(3年)が先頭で集団を牽引。卜部はそのすぐ後ろに着け、山田は5~6番目辺り。広田選手は1周目を59秒9で通過。卜部は60秒2、山田は60秒6。かなりのハイペースだ。
前半で位置取りにやや苦労していた山田だが、520m付近からのバックストレートで、「ここでいくしかない」とギアを切り換えて3位に順位を上げた。前年の日本チャンピオンだけあって、さすがの勝負勘だ。
広田・卜部・山田の順で最後の直線へ。位置取りがうまく、2位につけていた卜部が残り50mでスピードの鈍った広田選手をとらえ、その後方から山田が必死に追い上げる。ラスト30mで山田も広田選手をとらえた。
「ワン・ツー」という言葉は2人の頭にはなかった。最後はともに「優勝」を目指しての純粋な勝負だった。山田が激しく追い込んだが、軍配は0秒12差で卜部に上がった。
同じユニフォームで走る最後のインカレ。その最高の瞬間は2人だけでなく、多くの人の胸に刻まれた。
・800m決勝の動画(山田は4レーン、卜部は7レーン)
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https://www.youtube.com/watch?v=pQyf0bvrKMM
https://www.youtube.com/watch?v=mByBX-3Kt0o
・1500m決勝の動画(卜部は一番内側からのスタート)
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https://www.youtube.com/watch?v=nhkw1e-hpRM
◎加藤、ファイナリストへ0秒02届かず/男子200m
男子200mの加藤裕介(4年)は決勝へのプラス通過にあと0秒02秒届かなかった。
入学後から毎年自己記録を更新し続け、今大会も予選で自己記録(20秒99)を更新する20秒95(+0.6)で組の1着。万全な状態で準決勝に臨んだが、あと1歩で決勝進出を逃した。
「映像を見て、自分らしいレースができていたし、練習は積めていた。悔いはない」と晴れ晴れした表情だった。
気合が入っていた。加藤は昨年の日本インカレでも200mにエントリーしていたが、1日目の400mリレーの予選で左ハムストリイグスを肉離れ。200mの舞台に立つことなく、日本インカレを終えた。
そこからはきついリハビリ期間が待っていた。ハムに頼った走りを改善するためにお尻周りを鍛えた。完治したのは11月中旬。年内は練習をこなすこともきつかった。しかし、ここまで状態を上げ、1年越しのリベンジの舞台に上がった。
その準決勝第1組のレース。コーナーを出るまでは順調でトップ争い。直線でもその勢いは続いた。しかし、終盤で並ばれると「横を見てしまって、少し力みが出た」。その力みからか最後はつまづいて、4着でフィニッシュ後に転倒した。タイムは21秒16(+0.7)。プラス通過が微妙なラインだったが、最後の第3組の結果によってわずか100分の2秒及ばなかった。
5年前の2011年。茨城・竜ヶ崎第一高校時代のインターハイ路線は、県大会優勝、北関東大会5位で北上での全国大会に駒を進めた。しかし全国の壁は厚く、予選第5組6着(22秒14)でその挑戦は終わった。高校時代のベストは北関東大会の予選(第2組2着)でマークした22秒00。2011年高校ランク132位の選手だった。一年の浪人生活を経て、学芸大学の「N類・総合社会システム専攻」に一般入試で合格した。それから4年、たゆまぬ努力の末、「日本インカレ・ファイナリスト」まであと0秒02と迫るスプリンターにまで成長した。
200mの第一線からは「日本選手権の標準も切れなかったので」と退く。しかし、次は26大学対校で100mと400mのベスト(10秒60と49秒00)を狙いにいく。
目標には届かなかったが、学芸大学短距離のエースは堂々とした様子で4年目の日本インカレを締めくくった。
・準決勝1組の動画(加藤は7レーン=外側から3人目)
↓ ↓
https://www.youtube.com/watch?v=HUfuLQl3BMo
◎歴史を塗り替えた4人/女子1600mリレー
「学芸大の歴史をお前たちが変えるんだ」
招集前の円陣。持田尚ヘッドコーチはそう口にしていた。日本インカレの学芸大学最後の種目、女子1600mリレー決勝。その言葉は約35分後に現実のものとなった。安西この実(4年)、中釜佐和子(1年)、内山成実(3年)、山田はな(4年)の4人が、16年ぶりに歴史を塗り替えたのだ。
これまでの学芸大学記録は、2000年関東インカレで優勝した時の3分42秒45。大学記録の更新はマイルメンバーを引っ張り続けてきた安西がここ2年くらいずっと掲げてきたものだ。関東や日本インカレで上位に入ることがあっても、どうしてもこの記録を破れない。ベストメンバーで死力を尽くしても破れなかった。しかし、この日は違っていた。会心のレースだった。
1走・安西。個人の400mでもそうだったが、後半型の安西も序盤から積極的に走るレースを見せた。4年目のインカレは気持ちの入れ方も違っていた。4番手で2走の中釜へ。2・3走の中釜、内山は個人種目(中釜=400mH、内山=800m)で悔しい思いをしていた。それぞれの持ち味を生かして、3番目でアンカーの山田につないだ。
ゴール後に山田は「私が頑張ればメダルを取れたのに……」と悔やんでいたが、アンカーには各大学ともエース級を投入していた。それを相手に800m決勝を1時間40分前に走り終えた山田も粘りに粘って、5位でフィニッシュラインを駆け抜けた。まもなく、「5 東京学芸大 3:42.19」の文字が電光掲示板に表示された。
ゴール後、4人は待機場所でサポート役の女子短距離のメンバーと顔を合わせた。安西はやりきった表情で、目にはこみあげてくるものがあった。そこに言葉は必要なかった。この4人でメダルを獲得することはできなかったが、ずっと目標としてきた大学記録を大一番で塗り替えた。彼女たちはメダルよりも光るものを手に入れた。
・決勝の動画(東京学芸大は8レーン=外から2番目)
↓ ↓
https://www.youtube.com/watch?v=2yDwS2-LB9c
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・文/片井雅也OB(2016年3月卒。学生時代はトレーナー)