またまた続きです。 今回は南側の現在を・・。


丹波橋駅南側は 廃線敷がフェンスで囲まれ空地となっています。


それより南側は 築堤が無くなり住宅地になっています。


すずめとセキセイインコとあきら


①毛利橋通から南側の様子


写真 奥に見える架線は近鉄京都線のもの。 


一番奥の住宅の 少し先には近鉄桃山御陵前駅のホームがあります。


近年まで 築堤が残っていましたが・・


現在 この様に住宅が建ち 様子が変ってしまいました。


この新しい住宅が連絡線跡(道路も含むのかなぁ・・?)です・・。


すずめとセキセイインコとあきら


②ほぼ同じ場所から北方面の様子


赤い実線部分の住宅が連絡線跡です。


早い時期に住宅地に転用されたものと思われます。


そして この道を北へ進み・・


すずめとセキセイインコとあきら


③地点から北方向の様子


住宅地の北の端 不自然な形の駐車場があり道も急カーブになっています。


写真中央にある2本の電柱の間を通り京阪本線と並行していたと思われます。


この先は フェンスで囲まれた空地が丹波橋駅まで続きます。


すずめとセキセイインコとあきら


④下板橋踏切 東南部からの様子


踏切両側のフェンスで囲まれた複線分の空地が連絡線跡・・。


わかりにくい・・ なぁ・・ もう少し引いて撮ればよかった かな・・?


すずめとセキセイインコとあきら


⑤踏切横のフェンスから北側 丹波橋駅の様子


車止めで途切れた線路・・ この先 近鉄桃山御陵前駅まで続いていました。


近鉄電車は 現在の4番線を使っていました。


(近鉄京都・・→丹波橋4番線・・→近鉄奈良方面)


ですが・・ 反対方面へは・・


(近鉄奈良・・→丹波橋2番線・・→近鉄京都方面) と・・ 


問題を抱えた状態での運用が続きました。


戦争中の資材不足の影響で 立体交差化が出来なかったのです。


南側は平面交差であった為 ダイヤ編成上のネックとなり・・


相互乗り入れが 困難な状態になっていきました。


何度も書きますが・・  叫び


もし・・  (@Д@;  立体交差で建設されていれば・・


歴史に・・ 「もしも」 は禁句ですが・・


随分 状況は変っていた事でしょうね・・!


京阪と近鉄の総合駅として どんな発展をしていたか・・ ネ・・!

すずめとセキセイインコとあきら


え~~~と・・ 地図です・・。


おわり・・ です・・。


京阪