さてさて・・ 観月橋から中書島まで歩いた時に見つけたものを・・
観月橋踏切で見つけたもの・・ 規則って けっこう 細かいんだなぁ~!
振り返ってみると・・ 二基の石柱が・・ うしろは観月橋(国道24号線)
左側・・ 明治天皇御駐輦所 と刻まれています
側面には 明治十年二月七日御駐輦
昭和十三年三月 と それぞれ刻まれています。
※ 駐輦(ちゅうれん)とは・・ 天子が車を止める又は滞在されるという意味
明治天皇が関西行幸の時 休憩された場所を示しています。
右側・・ 淀川維持區域標 とあり・・
側面には 淀川 從是下至海
昭和六年四月一日 内務省
京都市伏見區豊後橋町 とあります。
ん~ 意味が・・? 巨椋池と関係あるのかなぁ・・?
そして 下流に目を移せば・・ 澱川橋梁 (近鉄京都線) が・・
河原の草も澱川橋梁も 緑色なので わかりにくいのですが・・
奈良電気鉄道(S39近鉄へ合併)が 昭和3年架設したもの。
計画時は ごく普通の鉄橋を架ける予定だったが・・
陸軍から 強硬に反対され・・
(橋脚があると訓練に支障がでるので 橋脚を無くすようにとの強い要請)
設計変更の末 現在のような巨大なトラス橋が架けられた。
アメリカから船便で送られた部材(鋼材)を現地で組み立て・・
わずか 7ヶ月あまりで完成させた。
将来の輸送力増大を見越した設計がされ・・
80年以上経過した現在でも 完成時そのままの姿であり
何の手も加えられず使用されている・・。
※ 2001年 国の登録有形文化財に指定される
葭島踏切 です
葭 という字・・ 読めませんでした。 お恥ずかしい・・。 (●´ω`●)ゞ
で・・ 調べました。
※ 葭とは・・?
葭(よし)というのは 湿地に生育する背の高いイネ科の植物です。
茎を乾燥させ編み込んだものを 「よしず」といいます。
別名 葦(あし) または 芦 蘆 とも書きます。
葦(あし)は「悪し」に通じ 忌み嫌われていたので
葭(よし) 「良し」と表記されたのでしょうか・・?
ヽ((◎д◎ ))ゝ 実は・・
葭 葦 芦 蘆 この4つの文字
同じ意味(同じ植物)を指します。
読み方も・・ 「よし」 「あし」 どちらでも良いらしいのです・・。
ん~~ 知らなかった・・!!
この中書島あたりの土地は 昔は うっそうとした湿地だったんでしょうね・・!
・・・・・以上です。



