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 翌日、施設長に話を聞く機会があった。


 ラモル施設長は四十代の女性施設長で、私は高校生の頃からお世話になっている。

 私はまだ学生ということもあり、今はアルバイトという名目で働かせてもらっていた。


 ラモル施設長は良い意味でドライだった。


 常に合理的な行動を考え、施設の中に小さな“国”を作り上げていた。


 利用者目線の考えは、

 “利用者の真の幸福を尊重する”

 という理念の元に『初者』、『中者』、『功者』、『敬者』に分けられ、合理的で理想的な老人社会として運営されていた。


 初者はまず施設に入ると仕事の中から出来るものを選び、それに従事する。

 中者はそれをサポートし、功者は指示を出す。

 敬者は自分で動くことの出来ないサポートされる側の人達で、おばあちゃんは敬者にカテゴライズされていた。

 平均寿命が伸び、新しい高齢化社会のモデルケースとして作り上げられたこのシステムは、

 一見社会がうまく回るように見えてその実、過剰医療費に対する問題や、重労働者の皆無など色々な課題を抱えていた。


 社会の枠組みとしての様々な事案を、一つ一つ解決していくラモル施設長は弁護士としての顔も持ち、法的な部分から老人社会の道徳まであらゆることを任されていた。


「あなたが抜けることは他なりません」


 ラモル施設長は眼鏡をクィッとあげながら冷淡な目でそう言った。

 実際はすごく優しい人だけれども、その話し方と無表情に近い顔のせいでマネキンのように見える。

「施設長、どうしてですか?
 私まだアルバイトなんですが……」

「はいアイハ、理由は三つあります。

 一つ、
 あなたはこの施設の“アイドル”だからです。

 あなたがいるだけで場が明るくなります。

 “アイドル”が老人社会に必要なことに気付けたのは、私にとって非常に有力なことでした。

 今、あなたをベースに“老人社会とアイドル”の有効性についての状況分析をしています」

 アイドル!
 知らなかった……
 私、老人社会のアイドルなんだ……

 確かに年寄りにモテる傾向は否めない。

 施設に来ると飴もらい放題食べ放題だ。

 ラモル施設長、そんなこともしてたのか……

「二つ目は、今居る利用者達についてです。

 アイドルであるあなたが居なくなることによって、少なからず落胆はするでしょう。

 施設の仕事としてはまだアルバイト程度ですが、それでも職員からは信頼も厚く感じています」

 いやぁ、そう言われると悪い気はしないですけれど……

「三つ目は、資金のことです。

 マリーさんがいる限り当面は大丈夫ですが、この施設や大学自体がほぼ劉ファミリーからの支援で成り立っています。

 あなたがここに居てくれる限り、この研究が打ち切られることはなく、さらに様々な恩恵を得られます。

 以上、三点の理由により、当施設から席を外すことは、運営上、利用者並びに職員の精神衛生上に許可しかねる案件と考えます。

 話は以上で宜しいですか?」

 お金か……そうだよね……なんだかんだ言っても、お金が無いと何も出来ないもんね……


 さすがドライでリアルなラモル施設長。


 なんとなく、ぐぅの音も出ない。


「……わかりました。
 逆に言えば、三つの問題が解決出来れば、私の思うように行動しても宜しいでしょうか?」

「NO。
 私はあなたを離しません。
 それはあなたが必要な他に、私はあなたが好きだからです」

 ラモル施設長は上から押さえ付けるような冷たい目でそう言い放った。


 このギャップ。


 このギャップが職員や利用者達を骨抜きにする。

 めっちゃ冷たい目線と声色なのに、話の内容がハートフルなのだ。

 それは普段の態度から表れている。

 何をするにしてもいちいち“有難う”を欠かさなかったり、
 利用者達がつまずく恐れがないような小さな障害物でさえ、
 自らが動き移動させたり、
 気遣いがとても女性らしく細やかなのだ。

「いやぁ……」

 思わず頬がさくら色になり頭をポリポリかいていたら、

「ではこれで」

 とラモル施設長は立ち上がり、スタスタ歩いて行ってしまった。


 むむむ。


 なんかちょっと色々難しそうだ。

 私も昨日は勢いでおじいちゃんの代わりになるとは言ったけれども、以外と簡単には行かないのかも知れない。

 最初から出来ないと言うのは嫌だけど、ちょっと考えなしに言っちゃったかなぁ……?

 はて待て、
 とりあえずおじいちゃんにも聞いてみなきゃだね。


 その時、
 強烈な視線を後ろから感じた。

 振り向くと四歳年上のキャロラインさんが私をじっと見ていた。

 キャロラインさんは介護サポート職員としてこの施設に勤務している方だった。

「あの……」

 キャロラインさんが話し掛けてきた。

「はい?」

「勝手……勝手過ぎると思います!」

「はい?」

「私、ここに入りたくて入りたくて、やっと入ることが出来たんです!

 あなたみたいに何もかも恵まれた環境じゃないんです!

 それを……中に入ってかき乱すようなこと止めてくれませんか!?」

「はぁ……」

「あなたが居ると平穏じゃないんです!
 利用者さんも迷惑している人もいます!
 ラモル施設長は資金面であなたを引き留めたいだけなんです!
 この仕事が嫌ならさっさと辞めればいいじゃないですか!
 あなたが居るだけでなんだかここが変になってしまう気がするんです!
 だから……!」

「は、はい、なんかすみません私のせいで……」

「それ!
 そうやって自分が悪者になっていいフリして……!」

「いや……そういうワケじゃ……」

「そうでしょう!
 いい顔見せて、そうやって色んな人を取り込んで!
 ジニアスさんだってあなたに騙されているんだわ!
 きっとそうよ!
 じゃないとあなたみたいな娘にかまうはずないもの!」

「はぁ〜?」

 段々腹がたってきた。

 なんなんだこの人!?

 勝手に人の気持ちにズカズカ乗り込んできて!

「何なんですか一体……!?」

「ほら本性を出した!
 そうやって言われるとすぐに攻撃する!
 私が親切で言っているのにあなたにはわからないのね。
 “年上の人の言うことを聞きなさい”って親に教わらなかったの!?

 ははぁ……あなたの母親も周りに迷惑を掛けっぱなしですもんね……」


 ブチン

 頭の中で何かが切れた音がした。


「……あなたに何がわかるの……」

「分かるわ!
 あなたはあなたのワガママでみんなを振り回しているの!
 あなたが分からないだけじゃない!
 自分だけ特別扱いされてチヤホヤされているから気付かないのよ!
 私はね!
 あなたが憎くて言っている訳じゃないの!
 あなたの為を思って言っているのよ!」

「あぁ〜ん?!」

「はい!
 そこまでそこまで!」

 振り向くとパパがそこに居た。

 そして気が付くと拳をギリギリと握り締めている自分がいた。

「キャロラインさん……だったかな?

 アイハの父親です。

 うちの娘がご迷惑をお掛けしたみたいで申し訳ありませんでした」

 日本式のお辞儀をするパパ……

 パパ……なんで……!

「ふ……ふん!
 わかればいいのよ……!」

 そう言ってキャロラインさんはスタスタ歩いて行ってしまった。

「パパ……なんで……!」

 悔しくて涙が出てくる。
 パパはあの人の言うことを信じるんだ!

 ママが……ママが馬鹿にされたのに……!

 パパなんて……!
 パパなんて……!

 無言で涙を溢しながらパパを見つめていた。

 パパは困ったような顔をしながら私に言った。

「ごめんなアイハ……悔しい思いをさせて」

「パパ!
 なんで言い返さないの!
 悔しくないの!?」

「そりゃパパも悔しいさ」

「だったらなんで……!」

「アイハ、とりあえず外の空気でも吸いに行こうか……」

 そう言ってパパは私を外に連れ出した。

 キィンと冷たい空気が頭を冷やしていったけれども、怒りで胃が突き上げるようにムカムカしていた。