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今、野球界を揺るがす賭博問題。

その賭博問題の中でも最も大きく、多くのプロ野球選手が球界を永久追放にされた事件がある。

それが、1970年の黒い霧事件です。

西鉄の永易将之、中日の小川健太郎、東映の森安敏明らが永久追放処分を、
また、西鉄の基満男、船田和英、ロッテの成田文男、阪神の江夏豊らが厳重注意処分を受けた。

中でも、この事件で最も大きな影響を受けたのが西鉄の池永正明投手です。
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1965年、下関商高から西鉄ライオンズに入団。
上尾高の山崎裕之選手(元ロッテ、西武)とともに、プロ野球の各球団によるスカウト合戦を賑わせ、今のドラフト会議制度を導入するきっかけになったほどの超高校級選手だった。
その実力はプロでも通用した。
1年目から20勝して新人王、3年目には23勝で最多勝、わずか5年間で99勝を挙げた。

投手でありながら打撃もかなり得意だった。
「20勝出来るから投手をやらせているが、15勝程度なら打者に転向させていた」と語るのが怪童・中西太氏。
だが、そんな「野球をするために生まれてきた」池永投手が、黒い霧事件で球界を去ることになったのは1970年。
「池永の永久追放処分は球界の損害だ‼︎」と、他の永久追放処分を受けたチームメイトが叫んだが、処分は決まった。
しかし、2005年に池永投手は、35年ぶりに球界に復帰した。
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当然ながら、年齢的にも現役復帰はできないが、指導者としての道は切り開かれた。
きっかけは、処分後に経営していたスナックのトイレに、あるお客さんが署名をした。
そこから、復帰活動がかつてのチームメイトで大先輩の稲尾和久氏を中心に行われたものが実を結んだ。
果たしてこの先、池永氏が指導者として「現場復帰」する時はあるだろうか…

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