千さんは最下位当選か?

 

岩手県の沿岸南部・陸前高田市出身の千昌夫さんが「わが町は緑なりき」を歌いました。阿久悠さんの作詞、平尾昌晃さんの作曲です。失礼ながら、あまりヒットした曲ではありません。けれども、この曲に私は、ちょっとした思い出があります。

 

1977年の秋から83年ごろ(たしか)までIBC岩手放送のラジオで、千さんがパーソナリティーを務める15分ぐらいの番組が放送されていました。(キー局は文化放送)

 

78年の1月か2月の放送で、平尾昌晃さんがゲストとして出演したことがあります。「わが町は緑なりき」の話になり、千さんが「(紅白出場は)あれが最後だったんです」と言うと、平尾さんが「去年カムバックしたじゃないの」と言いました。(私の記憶だけが根拠です)

 

千さんは「星影のワルツ」が大ヒットした68年に初出場し、71年(昭和46年)が連続4回目の出場でした。翌年から出なくなりますが、77年に「北国の春」で復帰。以降、86年まで連続出場します。

 

71年紅白(総合司会が鈴木文彌アナウンサー)の途中、会場外からの中継になり、坂本九さんが「無公害自動車」を紹介しました。その後、千さんが紅白の舞台に登場。白組司会・宮田輝アナウンサーの言葉に応じて、古里への思いを岩手訛りで話し、岩手県出身の歌人・石川啄木の短歌を口にします。それから「わが町は…」の演奏・歌唱が始まりました。

 

その時に、無公害自動車の走っている様子が、3回ぐらい映ります。千さんの歌っている姿を、じっくり見ることが出来ませんでした。もしかしたら千さんは、71年の全出場歌手の中で「最下位当選」だったのかもしれません。

 

最近の千さんはテレビ・ラジオの番組などで、よく次のようなことを言います。岩手県出身の有名人と言えば、以前は千昌夫と新沼謙治だった。しかし今は大谷翔平、菊池雄星、佐々木朗希になった、と。朗希さんは千さんと同じ陸前高田市の出身です。俳優の村上弘明さんも陸前高田市の出身です。

 

千昌夫さんの「わが町は緑なりき」。古里を出た主人公が、かつて古里で恋した女性に思いをはせる歌詞です。