前回の続き)


少し、(難しく考えた感=アホに対してね、極めて挑戦的)がありますので、簡略化してあげましょうや。(アタイ、ホンマは、アホやから・・・)

 

2時間の時間差が生じる時の両者の距離は、20+25=45キロメートルなので、この差を0キロメートルにする(運命的な・・・)には、1時間当たりの距離の差 (25-20)=5キロメートルで除して9時間と求まります。→お受験的か?

 

以上で補足解説を終わりにします。

 

ルン子でした。(てへッ)

 

前回の続き)



従って、

 

22.5キロメートルの距離を0キロメートルにすることを考える(遅れている人と進んでいる人がちょうど真ん中で運命的な出会いをするみたいな・・・)=予定時間ピッタリに到着する時間を求めると、

 

22.5÷2.5=9時間

 

となるのです~~。

 

 

実際はね、両サイドから近づいてきた場合には、1時間当たり2.5kmずつ縮んでいくので、22.5キロメートルの場合には、22.5÷2.5=9時間かかるということですな。ホッホッホ。


続く。。。

 

一方、つるかめ算の考え方から、2時間で5キロメートルの差がつくので、1時間あたりでは、2.5キロメートルとなりますね。(単位km/h

 

まず、この(問題ある文章=問題文)文章にて

 

「2時間で5キロメートルの差がつく」とは、一体何を意味しているのでしょうか?

 

このスーパートリックを見破るには、解説文にもあるように、絶対的に状況把握力を駆使する必要があります。

 

詳細はさておき、「約束時間に間に合う時速」という仮想時間軸を無理やり想定して、これとの比較で常に話を進める必要があるのです。

 

おっとっとっと、ルン子は「エリート」とか何とか「詐欺師」とかではありませんので、こんな表現を余裕でしちゃいました。(てへッ)

 

さあ、では諸君ね、いいかい?

 

ここで、この仮想時速をA km/hとします。

 

するとある地点から、時速20キロで進んだ時に所要時間(=約束時間に到着する時間)に対して2時間の差が生じる時の距離の差は(A-20)キロメートルですね。これを1時間当たりに換算すると、(A-20)/2となります。(単位 km/h

 

また、時速25キロで進んだ時に所要時間(=約束時間に到着する時間)に対して2時間の差が生じる時の距離の差は(25-A)キロメートルですね。これを1時間当たりに換算すると、(25-A/2となります。(単位 km/h

 

さてさて、さらに想像力を駆使していきましょう。

 

この二人が反対方向から真ん中に向かって近づいてくることを想定した場合(運命的な出会いがキット・・・)、

 

進んだ距離の和は、1時間当たり、

 

A-20)/2 + (25-A/2 = (25-20)/2 = 2.5キロメートルとなります。

 

この、(25-20)/2の式部分は、

 

正しくね、「2時間で5キロメートルの差がつく」と言えるんだよ。

 

続く・・・

 

それでは、以下の部分に着目して見ましょう。

 

一方、つるかめ算の考え方から、2時間で5キロメートルの差がつくので、1時間あたりでは、2.5キロメートルとなりますね。(単位km/h

 

なんか変だとおもいませんか?

 

いわゆる「お受験を経験して甘い幻想を抱いている方々」は、なんのことかさっぱり分からず、(というかアホなので)、むしろ間違っているのではないかと思った方もいるのではないでしょうか?(→2時間で10キロメートルの差では?!)

 

しかしながらルン子は、この「表現自体」は全くもって法学的に正しい自信がかなりあります。(虚偽記載でも、混乱を狙っているわけでもありません。ただ状況把握力を駆使して計算を進めた結果を言葉で表現し切れていないのです。)

 

今回はこの点を深くね、考察してみましょう(皆さん方かなりねアホなので・・・)

 

続く・・・

 

 

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次に少し頭を捻った解き型をしてみます。

 

そもそも問題文の条件が緩いので自分で適当に設定していきましょう。

 

仮に、スタート地点から目的地までの距離が100キロメートルだとします。(ここでは最小公倍数の知識を活用します)

すると時速20キロだと5時間かかり、時速25キロだと4時間かかり、その差は1時間です。問題文では両者の時間差は2時間なので、求める距離は200キロメートルと分かります。

(ここでは鶴亀算の知識を活用しています。)

 

しかし、代数的な方法で解いた場合と同じで時速がabcdefgキロであった場合に果たして解ききれるのでしょうか?→(一体何の為に?)

 

続く。。。

 

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この解き方はどこが利点と言えるか考察して見ましょう。

 

まず、機械的に解いていない点といえるでしょう。

 

状況を的確に把握しながら極めて論理的に話を進めていると思います。

 

次に、掛け算を使用していない点です。

 

この場合、時速がabcdeキロの場合にも計算量がはるかに低下するはずです。

 

なぜ、このような技が可能なのでしょうか?(それは秘密というか分かりません。)

 

今回はこんなところで失礼します。

 

ルン子。

 

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さて、ここからが今回の問題の肝と言えます。

 

この解き型は、知識を活用すると言うよりも状況把握力を駆使しているところに特徴があります。(一体何がどうなっているのかをトコトン追求!)

 

まず、時速20キロの場合に、目的地に予定時間の1時間後に到着するということは、予定時間に間に合う時速で進んだ場合と比較して、予定時間に到着する地点まで20キロメートルあるということです。

 

また、時速25キロの場合に、目的地に予定時間の1時間前に到着するということは、予定時間に間に合う時速で進んだ場合と比較して、予定時間に到着する地点から25キロメートル先に進んでいるということです。

 

すると、両者の距離は、20+25=45キロメートルとなり、そして時間差は2時間なので、これを1時間あたりに換算すると22.5キロメートルとなりますね。(単位km

 

一方、つるかめ算の考え方から、2時間で5キロメートルの差がつくので、1時間あたりでは、2.5キロメートルとなりますね。(単位km/h

 

ここで、先ほど求めた22.5キロメートルの距離を0キロメートルにすることを考える(遅れている人と進んでいる人がちょうど真ん中で運命的な出会いがキット待っている事を期待して・・・)=予定時間ピッタリに到着する時間を求めると、

 

22.5÷2.5=9

 

よって、スタート地点から目的地まで適切な時速で進んだ場合には、9時間かかることがわかりました。

 

従って、例えば時速20キロの場合には予定時間の1時間後に到着するので10時間かかり、時速25キロの場合には予定時間の1時間前に到着するので8時間かかることがわかり、その距離は、20X10=25X8=200キロメートルであることが判明しました。

 

どうでしょうか?

 

続く。。。

 

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まず、昔よく中学校で習った代数的な手法で解いてみましょう。

 

スタート地点から目的地までの距離をXキロメートルとし、時速20キロの時の所要時間をY時間、時速25キロの時の所要時間をZ時間とします。

 

すると、以下の方程式が得られますね。

 

X=20Y=25Z

YZ=2

 

これらを解くと、X=200となります。

 

意外と簡単でした。

 

ただ、この解法は時速の値が単純である(=実学的でない)から使えるのではないでしょうか?

 

もし、時速がabcdefgキロとかだったら果たして簡単と言えるのでしょうか?

 

続く。。。

 

こんばんは、ルン子です。

 

平成の時代もいよいよ終わりに近づいてまいりましたね。

 

皆さん思い残したことはありませんか?

 

ルン子にとって平成の時代は正に青春であり、そして試練・訓練の時でした。

 

今でも時々懐かしい記憶達が蘇りますよ!

 

さてさて、今回はこんな問題を考えてみたいと思います。

 

問い)目的地まで時速20キロだと約束時間の1時間後に到着し、時速25キロだと約束時間の1時間前に到着する時、スタート地点から目的地までの距離を求めよ。

 

この問題は解き方が幾つかあります。

 

どの解き型が良いのか見極めていきましょう。

 

ちなみに、問題文が短い分ね、難易度がましていますが、(自分で条件設定をする必要がある)そこは、問題の肝にしていません。

 

つづく。。。


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硫酸銅に着目するのかそれとも硫酸銅5水和物に着目するのかというところまでたどり着きました。

 


ルン子の主張する硫酸銅5水和物に着目する解法が何故不満だと言っているのかを考えてみます。

 


結論から言うとまず、この5水和物という化合物ははたして本当に5水和物になっているのかという点です。4水和物かもしれないし、3水和物かもしれません。場合によっては、6水和物もあり得るのではないでしょうか?(少しくらいはみ出してもいいじゃないか!コノヤロー。)つまり正確に決定することがそもそも困難だと思います。であれば、正確に決定できる硫酸銅の重さを計算した後に、5水和物として取り扱うほうがはるかに論理的ではないでしょうか?

 


次に飽和水溶液の定義から考察すると、硫酸銅5水和物が析出した後の水溶液は本当に飽和水溶液として話を進めてもいいのかという点です。飽和水溶液というのは、固体が析出する正に直前の状態を指しているはずなので、固体(水和物)が析出したあとの溶液は飽和水溶液とはいえないのではないのでしょうか?微視的な観点からは、硫酸銅の表面では水分子がピタッとくっついたり道ずれにならないように離れたりしているはずです。であれば溶液が飽和しているとはいえないと思います。→水餃子じゃねぇよ。→バカヤローーー。

 


ですが、そのような事を考えていてはいつまで経っても問題が解けません。仮にそのような近似的な扱い(5水和物を新しい硫酸銅として捉えなおす=溶解度曲線を比例的関数と想定している→よく分からんが・・・)をしたとして答えが同じになったとしても、やはり硫酸銅のみに着目するのが“筋”ではないのかなと思います。そうでないと、水和物か何かだか分からない場合に対応(拡張)できないのではないかと思うからです。(機械語として記述する価値が低下していく)これは会社の実務になるのでしょうけど・・・

 


続く...