「創価御用ライター」問題 理解できない瀬戸氏の主張 | 断片的な日々 

「創価御用ライター」問題 理解できない瀬戸氏の主張

ジャーナリスト宇留嶋瑞郎氏に対し、一部の人々が「創価学会御用ライター」などといった表現で呼んでいることについて、社会運動家の瀬戸弘幸氏が自らのブログ「せと弘幸Blog『日本よ何処へ』」において、先に裁判所に提出した「陳述書」の訂正について言及し、あらためて自らの主張を行っている。


「せと弘幸Blog『日本よ何処へ』」創価学会御用ライター裁判(2)
http://blog.livedoor.jp/the_radical_right/archives/2009-05.html#20090531


同エントリーの中で、瀬戸氏は「陳述書」の訂正について次のように記している。


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 「(5)宇留嶋瑞郎さんの署名入りの原稿は、宇留嶋さんからではなく、創価学会広報部より『レイアウト済み』で、『月刊タイムス社』に入稿されること。」


と書きましたが、詳しい経過は、宇留嶋氏の原稿は、一旦は「月刊タイムス社」に提出されるが、「月刊タイムス社」側としては校正やレイアウトには一切タッチしないで、創価学会系ライターのN氏にそのまま渡しており、N氏が印刷屋に入れているというのが正確で詳しい手順だということです。

(「せと弘幸Blog『日本よ何処へ』」より引用)

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これを読む限り、宇留嶋氏が創価学会と何らかの接触あるいは関係を証明するものは見当たらず、疑問が発生するとしたら月刊タイムス社の編集作業以後のこととなろう。


にもかかわらず、瀬戸氏は次のように言葉を続ける。


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皆さんに大変な迷惑をかけています。宇留嶋さんは「草の根」批判と訴訟だけしかおやりになっていないようにお見受けします。そこが他のライターとの大きな違いであると思っています。


 彼の正体はもう多くの人の知るところと成りました。これまで彼を創価学会とは関係ないなどと擁護してきた人も、何も言えないと思います。

(「せと弘幸Blog『日本よ何処へ』」より引用)

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繰り返すが、筆者は宇留嶋氏への電話取材で、本人から「『月刊タイムス』への入稿は、他の編集部と変わりない作業で行っている」との旨を直接聞いており、出版の慣例に照らし合わせても、その言葉を疑う要因は見つからない。


もし、何らかの事情により入稿後の原稿が学会サイドに渡っていたとしても、それについて宇留嶋氏をただちに「創価御用ライター」等と呼ぶに値する証拠とするに該当するとは考えられない。


また、〈「草の根」批判と訴訟だけしか〉やっていないというのが事実だとしても、それが「創価御用ライター」等と呼ぶに値する要素とはまったく考えられない。その事実によって「草の根会派批判ライター」であるなら妥当であろうが、「創価御用」という文言を導き出すことはまず不可能と考えられる。


にもかかわらず、なぜ瀬戸氏が「これまで彼を創価学会とは関係ないなどと擁護してきた人も、何も言えないと思います」などと強弁できるのか、筆者にはまったく理解できない。