まぁなんとも久しぶりになってしまった
飽きたわけではない
実際に下書きの途中で終わっているものが沢山ある
どうしても下書きをしたりすると拘りが出てきたり、納得出来るまで調べてみたくなったりと…
兎に角、投稿出来る私の中の及第点に中々達成しない
それだけ真剣に真面目に良いものを書こうとしている(実際どうかは別として 笑)
良いものを追求しすぎてしまったゆえに、投稿数が激減するという結果だ
ブログに限らず、ありませんか?そういうの 笑
で、なんだかんだ今まで投稿してきたものの殆ど(9.5割)は下書き無しで、直接打ち込み、打ち込み終わり次第投稿したものが多い
これもよくある話
兎に角、心はどうあれ身だけでも放り出す方が良い結果を生むことは暫しあることだ
だから、今日はいきなり書き始めている 笑
恐らく、人間はタイムマシーンが出来たとしたら、それは不幸な人生になるのだろう
下書きばかりで、納得出来ずに何を成すことを躊躇い、下書きの修正に追われる日々に苦悩するようになるだろう 笑
だからこそ、意外とリアルタイムとは幸せな事なのかもしれない
過去ほど修正出来ないものはない
だからこそ、極力後ろを見ずに前を見て歩けるわけだ
別に下書きが悪いとは決して言っていないぞ?
要は、必要な下書きと無駄な下書きを適切に区別し、判断し、決断し、決行する
これを見極める事が大切なのだと思う
そして、この見極めに対する最大の敵が"感情"だ
それを補い、戦えるのが"経験"だ。あえて、"理性"とは言わない
なぜなら、「理屈で分かっていても…!」とか言われそうだし、私自身一理ある
だが、身に痛いぐらい染みる"経験"を体感すれば分かるだろうと思い、この言葉を選んだ
つまり、マイベストを尽くす事がベストとは限らない、ということ
そして、誰しもがそれぞれの持っている2つのベストの選択に悩む
2つのベストは大抵対照的な立場を取る
"身"を委ねるか
"心"を委ねるか
その悩みを本能的に瞬時、又は長考した結果が我々の行動や言動に写る
私は極力この2つを両立、又は、共存、共生出来ないものかと考えている
つまり、マイベストでありベストである結果を常に模索する様、心掛けている
だが、残念な事に私は元が短期で3倍返しの人間である、が故にどちらのベストも省みずに捨ててしまう事が年に一度程必ずある
まぁ、大体大事件になる 笑
ここで大事なのはその結果だ
どちらのベストも捨て、考える事を止めた結果だ
私はこういう時、大抵負けている
事実や他人、更に自分に
人によってはタイミングもポイントも違うのだろうが
私も2つのベストに板挟みになり逃げたくなる事がある
だが、逃げた結果は惨状極まりない事が大半
少なくても"幸せ"にはなれず、死にたいと思う事もあるだろう
ベストの間は大変窮屈だが、そここそ自分の居場所なのだ
さて、なんとか此処まで勢いで書けた 笑
常に多くの選択肢を保有し、常にその場と自分に最適な選択をし、それを決行できるか
考える時のプロセスはbetterの競争
最もbetterなものがbestである
いきなりbestを考えるのは得策ではない
そのプロセスを短縮化するには、経験を積むことが一番確実だ
だが、いざ未知数の環境や事態には弱く、量も速度も遅い
手っ取り早いのは、"大人の言う事"を聞く事だな 笑
あるいは、先人達の言葉や知恵や歴史などの遺産
歴史もbetterの連続であり、今現在というのはその飽和点であるbestであるとも言える
その先人らのbetterの成功例、それの失敗例といった教訓
それを学ぶ事が手っ取り早い上に経験量は多い
だが、あくまで擬似体験でしかない
ほんの一部分しか知らないから、使いこなすのは難しい
結局、ケースバイケースとしか言い様がない
擬似体験と経験のポートフォリオの比率はその場の環境や事態で大きく変わるからな
【"ポートフォリオ"(PF)
安全性や収益性を考えた有利な分散投資の組み合わせ】 大辞泉
仕事・家庭・趣味…ectの比重、つまり数年程前から言われているワークライフバランスにもそれらは言える
それは人によっても違い、環境によっても違う
そして、仕事の中のPF、家庭の中のPF、趣味の中の…
本当に悩まされる事は多い、だからこそ、"考える"事と"考えない"事というPFも必要となる。
それら選択を誤らない、、、いや最適な比率を選択できる様精進したいものだ。
