篠田 英朗 によるストーリー •
国連総会決議で親露的な立場を取る諸国
ロシアの侵略を非難して撤退を求める2月23日の国連総会決議に、一年前の2022年3月2日にロシアの侵略を認定した「決議A/ES-11/L.1」と同じ141ヵ国の諸国が、賛成票を投じた。ロシアとともに反対票を投じたのは、6ヵ国である。一年前から親露の立場をとってきている筋金入りの反米四カ国に、今回はマリとニカラグアが加わった。
昨年の侵略認定決議からロシア寄りの立場をとってきているベラルーシ、北朝鮮、シリア、エリトリアの位置づけについては、特に説明はいらないくらいだろう。特殊な思惑から、ロシア寄りの立場を取る。
ベラルーシのルカシェンコ大統領は、不正が指摘された大統領選挙を乗り切るためにロシアの介入を要請したところから一層プーチン大統領に逆らえなくなった。2022年のロシアのウクライナ全面侵攻は、ロシア軍が首都キーウに攻め込ませる大戦車部隊をベラルーシ領内に集結させることができるようになったことが契機だ。プーチン大統領の直接参戦要請からは、何とか逃げ続けているが、ベラルーシは事実上のロシア側の戦争当事国である。
北朝鮮の反欧米主義とロシアとの近さについては、説明が不要だろう。朝鮮戦争におけるスターリンのソ連の秘密裏の参戦と巨大な軍事支援がなければ、北朝鮮は存立しえたか不明だ。現在でも、国連安全保障理事会におけるロシアの投票行動が、北朝鮮に対する国際的な制裁体制の内容に大きく影響する。中国の支援だけを期待してロシアを裏切るような余裕は、北朝鮮にはない。
シリアのアサド政権は、ロシアのシリア紛争への直接的な軍事介入がなければ存立しえなかったような政権だ。欧米諸国とは激しく敵対している。戦争犯罪行為や人権侵害から、国際的な制裁の対象でもある。国連安全保障理事会でシリアに対する制裁が議論されるたびに、拒否権発動をしてくれるのが、ロシアである。シリアには、ロシアに絶対忠誠を誓う大きな理由がある。
エリトリアは、エチオピアのティグレイ紛争に深く関わっている。エチオピア領内に深く入り込み、エチオピア連邦軍とともに、エチオピア北部のTPLF(ティグレイ人民解放戦線)勢力と交戦状態に入った。エリトリア軍が支配した地域で、国際人道法違反の蛮行を繰り返したことは、アムネスティなどの人権団体による報告書などによって示されている。国連安全保障理事会の無策が批判されているが、逆に言えば、国際的な制裁を拒否権発動でせき止めてくれるのは、ロシアだ。エリトリアも、ティグレイでの蛮行が国際的な非難の対象になればなるほど、ロシアにおもねっていくことになる。
なおエチオピア連邦政府とTPLFの間で昨年11月に結ばれた停戦合意では、エリトリア軍の撤退が和平の条件となっている。だがエチオピアとの分離戦争をへて独立したエリトリアにとっては、当時の連邦政府を牛耳っていたTPLF勢力との確執は根深いものだ。独立以来、アフリカの北朝鮮とも称される特異な独裁体制をとっているイサイアス・アフェウェルキ大統領が、すんなりとティグレイから手を引くと簡単には想定することはできない。エリトリアとしては、ロシアとの関係の重要性が大きい。
新たに総会決議への反対に回った二カ国
筋金入りの親露諸国に共通しているのは、自国も国際的な制裁対象になっているため、国連安全保障理事会で拒否権発動をしてくれるロシアとの関係に、大きな利益を見出しているはずであることだ。
このパターンは、最近になっていっそうロシアと親密になり、今回の国連総会決議で新規に追加となる二票の反対票を投じたマリとニカラグアにもあてはまる。
マリでは長くフランス主導のテロリスト掃討作戦が行われていたが、2020年以降の2回のクーデターをへて、完全に反仏・反欧米政権に生まれ変わってしまった。フランスはマリから撤退し、国連PKOに参加していた他の欧州諸国も次々とマリから撤退している。今や頼りになるのは、ロシアのワグネルだけである。
ワグネルは、国際人道法違反が指摘される過激な活動をマリで行っており、決して国内世論で圧倒的に支持されているわけではないようだ。しかしそれにしても、マリ北部で暗躍し、10年にわたって地域の治安情勢を悪化させ続けてきているイスラム過激派勢力の弾圧という点では、一定の成果を出しているという見方もある。フランスが主導して近隣諸国とともに行ってきたバラカン作戦は、目立った成果がないまま終了となってしまったので、今やマリにおけるテロ組織掃討作戦は、ワグネルのロシアに依存したゴイタ大佐のクーデター政権に委ねられている。
クーデター政権は、地域の近隣諸国からも批判の対象になっているが、前政権の不人気が背景にあるだけに、事態の収拾は困難である。国連安全保障理事会におけるクーデター政権に対する制裁やその他の非難、あるいはテロ組織掃討作戦の続行のためにも、マリにはロシアにおもねる大きな理由がある。
ニカラグアは、反米主義を掲げて人気を集めて存立しているラテン・アメリカの異端児である。オルテガ大統領は、憲法の再選禁止規定を変更し、人権侵害を続けて権力の座にとどまり続けている独裁者だ。冷戦時代の共産主義者とのつながりを糸口に各地でネットワークを持つロシアとは良好な関係を持つ。やはり人権侵害を理由にした欧米諸国の制裁対象とされてきた経緯があり、国連安全保障理事会で拒否権発動できるロシアとの関係が重要であるのは、他の親露諸国と同じである。
中立国の思惑
ユーラシア大陸中央部からアフリカにかけて、国連総会決議で棄権票を投じた諸国が連なる。これらの諸国が中立的な立場をとることも、ある種のパターンとして定着した感がある。
中立国で最も有力なのは中国だが、これがアメリカとの米中対立の世界的規模の国際政治の構造をふまえて、ロシアとの友好関係を維持しておきたい思惑によるものであることは明白である。限りなくロシアに近い中立だ。ただし中国は、ウクライナ問題で不要なまでに面倒を引き受けたいわけではない。中国の立ち位置も固定化されているように見える。
ロシアとの軍事支援や資源購入などの結びつきから、中立的な立ち位置を捨てられないのがインドである。これまでのモディ首相の発言などから、心情的にはロシア非難に近い立場をとっている。だが世界最大の人口を抱える国家として、あらゆる困難を度外視してロシア非難に舵を切るという判断ができない。現在、ロシアに対する経済制裁が、原油の最高価格の上限設定という形で動いてきているが、インドの立ち位置は依然として微妙だ。
その他の棄権票を投じた諸国は、ユーラシア大陸では、中央アジアの旧ソ連構成国と、南アジア諸国である。中央アジア諸国が、ロシアに忖度せざるを得ないのは、やむを得ない。パキスタンやバングラデシュは、国内にイスラム原理主義勢力も抱えながらイスラム主義に融和的な政策をとっており、欧米諸国とロシアとの対立の中で、宗教的価値観や文明の対立といった話題に飛び火しかねない構図への関わりには慎重になりたい事情がある。
なおアフガニスタンとミャンマーは、旧政権の時代に任命された大使がまだ国連で活動しているため、国連総会決議では賛成票となっている。権力を握っているタリバン政権やタマドー国軍政権は、中立的、またはロシア寄りの立場にある、と考えておくのが自然だろう。
アフリカにおける中立国は、南部では、南アフリカのラマポーザ政権が、欧米諸国から距離をとる政策をとっていることは大きな事情だ。恒常的なフォーラムとなっているBRICSを通じたロシア及び中国との関係は、南アフリカにとっては大きな意味を持っている。国連総会でロシア非難決議が採択されている最中、インド洋でロシアと中国とともに合同軍事演習を行った。
グローバル・サウスは幻
国際的によく使われるようになって10年以上がたち、日本でも「グローバル・サウス」という言葉を耳にする機会が増えた。「発展途上国」という概念に地域性を入れ込んだ含意があると考えられているようだ。それは間違いではないのだが、実際に本当に経済的に劣った諸国の総称というよりも、欧米諸国などとは異なる利害関心を持つ諸国のグループ、という政治的意味づけが大きい。
国連外交の場では、冷戦時代に「非同盟運動(NAM)」が大きな存在感を持った。その存在感の大きさから、冷戦時代の東西両陣営の同盟機構が消滅したり変容したりしているにもかかわらず、いまだにNAMは国連外交の場では存在している。だがその「非同盟」という名称は、習慣的に残存しているだけだ。そのため代わって「グローバル・サウス」という概念が用いられ始め、NAMの諸国などが肯定的な捉え方で「グローバル・サウス」をある種の政治圧力運動として位置付けようとする場合も見られる。
今回の国連総会決議で棄権・無効票を選択しているのが、グローバル・サウスに政治的な思い入れを持っている諸国だと考えても良いだろう。これらの諸国は、自分たちの国の国益を冷静に見たうえで、中立的な立ち位置を維持しようとしている。
日本では、「グローバル・サウス」の概念をロマン主義的に捉えようとする傾向が強いわけだが、危険だろう。実態を伴わないある種の政治イデオロギー運動であることを、冷静に理解したうえで、付き合っていくことが必要である。
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