周の時代

今や釣り好きの代名詞になっている

太公望(たいこうぼう)は

学問ばかりしていて

とても貧乏でした

 

これに愛想をつかした彼の妻は

実家に逃げ戻りました

 

後に、太公望が立身出世した時

妻がヒョッコリ戻ってきました

 

太公望はお盆に水を入れ

それを庭に、こぼして見せて

「この水がお盆に戻るかね」と

元妻に言ったのが

【覆水盆に返らず】の語源です

 
 
 
 
 
 
 
太公望は【太公望】と呼ばれる前は
呂尚(りょしょう)と言いました
 

呂尚(太公望)は

渭水(いすい)という川で

釣りをしている時

 

周の西伯に

声をかけられ

 
 
 
「吾が太公(西伯の祖父)が
待ちんでいた人物である」と
評され
そこから太公望と呼ばれる
ようになりました
 
 
 
 
追伸(P.S.)
呂尚(太公望)は紀元前11世紀頃の
古代中国の軍師、後に斉の始祖
西伯に見いだされ大出世する