この物語はフィクションである。人物、団体、商標など、現実に存在するように思えてもまったく気のせいであって無関係である。

 


「200円ある?」
せいたんは黒い2つ折のきわめて現実的な紳士向け財布をポケットから取り出していった。
その小銭入れ部分は比較的大きく開き中身の視認性が高い。機能美。以外にもせいたんはそうした持ち物が好きだ。そして200円が無いことはその機能的な財布によって確認できたので、この場合の「200円ある?」は、「メッフィー200円貸して」という意味となった。
「前もって両替しておくべきですよ。バスに乗ることは予見できたはずです。」メッフィーはイタリア辺りの高級財布を取り出してすばやく200円をせいたんに手渡した。
 
この2人はいつの間にか、それらしい服装になっている。
メッフィーは3つぞろえのスーツにつや消しシルバーのメガネ、ぴかぴかの靴。インテリかつ高級は装いだ。営業担当、高級デパートの行商にも見えなくも無い。隙が無さ過ぎて逆に怪しいといったところだとせいたんは思う。
せいたんの服装は微妙だろうとメッフィーは思う。ボロいのかヴィンテージなのか分からないジーンズにエンジンオイルメーカーの刺繍が施してあるジャンパーをタートルネックのシャツに羽織っている。この場合古着マニアで実はお金が掛かっていると見るパターンと、本当に安物という場合とがある。せいたんの年齢は数千年か、判定不能のはずだが、実在の彼は20歳前後に見える。本当に200円すらないかもしれないとメッフィーは思った。だが黒い財布をもっているやつは堅実派なのではないか。メッフィーは少し混乱した。200円のために?冥界の王たるせいたんが、なんという・・・
「万券ならある。細かいのがないんだ。あとで返す」せいたんは言った。
客観的な視点を持ったパート社員、中野よう子がバスの後ろの方で、せいたんとメッフィーを目撃していた。彼女の目にはメッフィーが父、せいたんが息子という設定だと推理した。
(どういう二人だろう。無責任親父とばか息子、違うそれほど馬鹿じゃない)よう子は首を傾げて(現実的ではない何か、その不自然さは時間のねじれによる)と思う。
それが自分の思考の域を超えていると感じた。(変な二人を見ただけ)と納得することにした。
そして、せいたんたちに振り返った高梨を見た。それは光のようだった。
寝ぼけた高梨は普通なら寝ぼけた人にしか見えないはずだ。しかしそれは善悪を超越したまなざしとも取れなくもなかった。
つづく