この物語はフィクションです。本当です。実際の人物とか団体とかとは関係がありません。
せいたん
身に着けているものすべてが赤色の女性がいる。
点滴を吊るされてぼーっとなっている若者がいる。
ベンチで眠っているおじさんがいる。
青ざめて、ため息ばかりついているおばあさんがいる。
しきりにメモ帳に書き込んでいる女学生がいる。
どうしようもない気分にさいなまれている人がいる。
この病院の待合室はそういう人たちで埋め尽くされている。
看護婦?看護師というのか今は。それに番号を呼ばれると一人が立ち上がった。
その男の患者は、さっきまで瞑想のように半眼でじっと座っていた。
その目は普通とは違う光を帯びているような、なにか不自然な印象を人に与える。
服装は特徴がない。なんとなく古いともいえる。
白いシャツとチノパンを着ている。
青年か中年かわからない。
彼はほかと違ってまったく迷いがないようだった。
まったく迷いがない人間。おもしろい。
診察室へ入って行く。
僕は人間には見えないようにして、彼の後に続いた。
医者は50歳くらいだ。
ジャージの上に白衣を来ている。
理科の先生と体育の先生を足して2で割ったような精神科医だ。
医者はカルテから目を離して男に言った。
「高梨さん久しぶりですね。どうですか。感じは」
その男、高梨さんは診察室を見回しながら、
「最近気づきました。心と体はひとつです。あるいは脳は臓器なのだと。」
医者はこの場合、話をあわせるべきだろう。
「そうですね。気づきにくいものですが脳も身体といえますね。」
話を続けさせるために疑問形で終わらせる方法もあるが、
医師は患者が何を言い出すのか予想できないので、ただ同調しただけだった。
それは正しい、この男は話をしたがっている。
高梨さんは医者のひざ辺りをぼんやり眺めながら言った。
「肉体の要求はそれほど高くないです。飯を食べたり、眠ったりできれは満足です。
よりよい人生とか、自分らしく生きるとか。それは幻想ですよ。愛される人間でなければならない、
世の役に立ちたい、というのは心の欲求です。自我を捨て去れば、何も残らない。
本当は何もないのです。だからどこまでも自由になれる。」
医者はカルテに何かを書き込み、にっこり笑った。
僕はカルテを覗き込んだが読めなかった。
日本語が読めないわけじゃない。下手な字だった。
でも、医者の笑顔が不安の裏返しなのを感じた。
どこまでも自由になれる?
人間の心は迷うようにできている。
神様がそのようにしたのだから。
だが、それを治す薬を僕は作った。
生きている人間の心が開放される薬。
おそらくつづく。