暫くぶりの投稿です。

戦後の川崎の3話です。小学校高学年には川崎大師の側、川中島に引っ越しをした。

その頃の川崎は、日本で最初の京浜工業地帯で日本再建のため鉄鋼生産が活気を帯びていた時代であり、その大気汚染で、空が青ではなくいつも赤い空。小学校で絵を描くとみんなが赤い空を描くほどでした。

しかし、そんな中でも、たくさんの田んぼがあり、季節にはカエルが卵を産み、また、蛍が飛び交っている自然がいっぱいの街でもあった。

中学生になるとこの街が労働者の街である事が判ってきた。住宅も多いが大手企業の工場が多く、そこに人が集まって来た。それも東北地方から来た人が圧倒的に多かった。

次回は、そんな中での暮らしぶりを語ります。