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収蔵庫内部
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十一面観音立像(重文、平安時代)
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十一面観音立像(重文、平安時代)
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騎馬地蔵像
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明王像

 収蔵庫では十一面観音立像を含め写真撮影をしてもらって大丈夫ですと言っていただき何枚か撮らせてもらいました。 

 十一面観音立像は、写真で見たよりも凛とした雰囲気のある美しい観音様でした。 

 また、その周りに小さな仏像が数点安置されていて、気になった二躰の写真を撮らせてもらいました。 

 十一面観音立像が今月30日から10月10日まで三重県にあるパラミタミュージアムの特別展に出展される事は、ある方のブログを読み知っていましたが、井村さんの話では23日に搬出予定になっているようです。 
 また、戻ってくる日程は未定のようですが10月後半になるだろうというお話でした。 

 パラミタミュージアムでの特別展「南都大安寺の至宝と観音さま展」は興味のある展覧会なので観に行きたいと思っていますが、その前に、この美しい観音様に、お会い出来て、とても有難い一日になりました。

 昨日は、あまり時間が無かったので、10月に戻って来られた時に再訪して、ゆっくり拝観させてもらいたいと思っています。 


 最後に井村さんから頂いた資料を節略して、置恩寺と十一面観音立像を紹介させてもらいます。 


置恩寺(ちおんじ) 

寺伝 
神亀年間(724~729)行基菩薩の開基。
平安時代、文徳天皇の勅願所。 


 葛城の古代豪族の置始(おきそめ)氏の氏寺として建立されました。後に、置始氏は武士化して布施氏を名乗ります。平安時代は、数百の伽藍が立ち並ぶ巨刹で栄華を誇りました。中世には布施氏の氏寺として「布施寺」と称し、郡内第一の大寺でした。 
 応仁の乱に連なる戦いで文正元年(1466)、兵火にかかり焼失します。寺には、その時に焼けた薬師如来の黒こげの仏頭が残されています。 
 江戸時代元禄年間(1688~1703)に僧深空が堂宇を再建修復されました。 
 寺は、布施氏が筒井氏の家臣になったのを機に、布施氏の菩提寺から寺口集落の惣寺になっていきました。寺口という地名は、置恩寺の入り口であることから付いたと言われています。

 11世紀の始めから中頃にかけて造立された十一面観音(国重要文化財)が伝えられています。高さ172cmのひのきの一木造です。顔立ちは鼻筋が細く穏やかな微笑をたたえ気品に満ち、均衡の取れた仏像彫刻として知られています。