躾という漢字は国字(日本で作られた文字)で花のように身を美しく見せ、
わが身に益があるように、自分のためになるような意味があります。
躾は、わが国特有の礼儀作法であり文化であると思います。
「しつけ」を古語辞典で調べると
①仕付け糸の意味が冒頭に書いてあります。
次に②嫁入りの意味が書いてあり、③に礼儀作法の意味が書いてあります。
嫁入り修行が転じて礼儀作法に転化したものと考えられます。
現代では、「しつけ」とは人間と一緒に暮らせるようにペットの犬や猫を
「調教」する意味としてとらえられています。礼儀作法から調教まで、
両極端ともいえる「しつけ」について本当に必要で大切なのか、
改めて考えてみたいと思いました。
しつけの悪さを夫や妻にたしなめられれば、真摯に受け止められず
「なぜそうしなければならないのか。」と思う反面「しつけ上手になろう。」と
相反することを考えたりもします。
叱ったり、誉めたりして人の動きを正そうとすることは今も昔も変わっていません。
相手が子どもであっても大人であっても「そう簡単にはいかない。」との思いを
抱くのは当然といえるでしょう。
「叱り下手」を恐れず、もっと子どもを叱る時は「叱り上手」でありたいと願うのは
子を持つ親であれば誰もが望むテーマだと思います。
今回は、しつけにともなう叱り上手と叱り下手について述べてみます。
これからの子育てと間接的な入試準備の一助になれば幸いに思っています。