ふと気がついたら、私は母方のおばあちゃん家にいました。
それまでは父方の実家で祖父母と同居をしていたのですが、
私の知らない所で両親の離婚話は進められていたようで
私が気がついたときにはあれ、おばあちゃんの家で生活しているなぁという感じでした。
もともとよく遊びには行っていたので
(母の心情的には遊びに行ってた、のではないのかもしれませんが)
それがだんだんと頻繁になり、長くなり、いつの間にか完全に住居がそこに変わりました。
父方の実家から徒歩で通っていた小学校には
途中から母の車での送り迎えに変わり母方のおばあちゃん家から通うようになりました。
小学一年生だった私は、母の仕事が終わり迎えに来てくれるまで
毎日、一人放課後の教室に残り読書やなわとび、都道府県パズルをして時間を潰していました。
不思議と淋しくはなく、この状況に対しても特に気に留めることはありませんでした。
ですがその生活も一年生の終わりとともに終了し、
二年生からは学校が変わり、完全に母方のおばあちゃん家での生活が始まりました。
いつだったか、おばあちゃん家に着く少し手前の路肩に止められた車の中で
お父さんとお母さんは離婚をすること、これから家族は三人になること、
おばあちゃん家が自分の家になること、お父さんには二度と会えないことなどを母から告げられました。
母は泣いていました。
姉も泣いていました。
あの時の私がどれほどその状況を理解できていたのかは覚えていませんが、
お父さんには二度と会えないけど、ときどき思い出したりするのはいいと言われたとき
ここは私も泣かなくてはいけないところなんじゃないかと思ったことをなんとなく覚えています。
この記憶は、今でもほんの時々私のことを苦しめにやってきて
あの時父との離別を心から悲しまなかった冷たい私を
そんな場面でもくだらない打算的なこと考え真剣に傷つかなかった冷徹な私を
非道だと罵りなじっていきます。
私は父がいなくなること、そんなに悲しくなかったのかなぁ
産まれてから、母と過ごす時間のほうが断然多かったとはいえ
忘れられない思い出も確かに残っているのになぁ・・・
どうして私はあの時そんなことを考えていたんだろう
今更考えたって思い出そうとしたって何も変えることはできないと分かってはいるけれど
でも、多分、
子供なりに私なりに
お父さんのこときっと大好きだった
身を引き裂かれるような、生きて行かれなくなるような
そんなつらい苦しい思いではなかったのかもしれないけれど
それでも、きっと