日本語教師一年目、タイの農村部の学校でもがいていた僕は、2学期の日本語コンテストで世の厳しさを味わった。
しかし、僕は諦めなかった。
僕が1年間担当していたクラスには、何人か有望な生徒がいた。
学習意欲があり、能力も高く、日本語を学ぶ目的を持った生徒を発掘し、来年度のコンテストに向けて、秘密兵器として育成しようと僕は企んでいた。
学力の高い生徒の多くは、当然日本語以外の教科にも強く、理系科目や英語のコンテストに出る者もたくさんいた。
そのなかで、まだ他の教師に目を付けられていない、いわばダークホースのような生徒を僕は見つけていた。
彼女は当時、中学3年生だった。
僕がまだ授業に慣れていなかった1学期のはじめ、授業で少し欲張って余計に進めてしまったことがあった。
それは明らかに僕の失敗で、一度に導入できる分量を超えていたし、導入の手順もきちんと踏んでいなかった。
比較的優秀なクラスだったが、生徒は皆、そんな授業に付いてこられず、混乱していた。
皆何も言わず、ただポカンとしていたが、彼女は違った。
‟Teacher, I don't understand.”
最前列に座っていた彼女はそう言った。
僕はドキッとした。
僕の経験の浅さ、準備の甘さ、教師としての至らなさをズバッと突き付けられた思いがした。
その日から、僕は授業準備を以前より念入りにするようになった。
一人の中学3年生の一言が、僕を教師として成長させた。
彼女の名は、フューといった。
僕はあの一件以来、フューに一目置いていた。
授業中に教師に向かって鋭い一言を放つ度胸のある彼女は、いつも熱心に授業を受けていた。
彼女のノートには、僕が授業で教えたこと以外にも、独学で学んだらしきことがたくさん書かれていた。
ある日の授業の終わりに、フューは僕の所へ来て、ノートを見せた。
そこには、日本語の歌詞らしきものがローマ字と平仮名で書かれていた。
彼女の頼みはこういうものだった。
「ある日本の映画の主題歌を聞き、書き留めたが、それが正しく聞きとれているのか自信がないから、チェックしてほしい。」
僕は承諾し、ノートを預かった。
僕の知らない歌だったが、ネットで検索して、フューが書いたものと見比べてみた。
驚いたことに、フューの書き取ったものはほとんど正確だった。
聞こえたままに書いたため、一部、日本語として意味を成さない箇所もあったが、それは逆に彼女の耳の良さを証明していた。
僕はそのとき確信した。
彼女の力を伸ばすことができれば、きっと全国大会で戦えるようになる。
そして僕はフューに、本気で日本語をやってみないかと聞いた。
そして、毎週金曜日の放課後、職員室で特別にマンツーマンレッスンをすることになった。
こうして、田舎の名もない学校で、秘密兵器の育成計画が始動した。