キャパシティと自立 | Acoustic Note*

キャパシティと自立

いろいろあって。
自立しすぎた彼女は、男として物足りないと思うよ、と言われた。
ほっといてよ。自分の方がいっぱいいっぱいじゃないと、突っ込みたくなったが、
いつもいい人で、あまりに真剣だったから、黙っておいた。
次生まれてきたときは、そうするよ、と答えておいた。
本当に人種が違う、と驚いてしまうもの。同じ女として珍しくて仕方がない。
なんか驚きとともに違和感と嫌悪感が残って仕方がない。

やっぱ男の人は依存心の強い女の子が好きなの?
自立している私は幸せじゃないの?
最近、そういったことを考えることが多かったけど、面と向かって言われたら、違和感を感じた。
くよくよ考えてはいなかったな、と改めて思う。
だって違いすぎる。そして現状に満足している・・みたい。

嫌悪感が残るのは、きっと我慢していることがあるから。
辛いのも、寂しいのも、本当はみんな一緒なのに、と思うから。
「私らしく」強く振舞うためにいっぱいいっぱい耐えているから。
それしか方法を知らないから。「弱さ」を堂々とふるう人が耐えられないときも、羨ましいときもある。

だけど。
強く賢くなるように育てられて、誰かに依存しても幸せにはなれないことを悟って、
対等で信頼できるパートナーが現れて、、きっと私のやりたい事はそういう風にしか実現しない。
ぽわぽわっと 誰かと一緒に過ごすこと だけでは幸せになれない。そんな貪欲な私だから。
きっとそんな選択肢は何回も見つけたけど、あっさりとそして確信をもって選択してきた。
今さら親がいう「かわいそう」の意味がわからない。
純粋に頭を使うのも働くのも好きだけど、
どこかに自分の頑張った印を残したくて、頑張っているような気がする。
それでも、成し遂げたときの達成感と自分への信頼は、幸せへの一番の近道と確信している。