歴史のお勉強です。
旧掛川城は現在のお城より500mほど、東にありました。
今川義忠(イマガワタダヨシ)が家臣、朝比奈泰煕(アサヒナヤスヒロ)
によって1497年~1501年に遠江支配の拠点として建てられたと
いわれています。
「今度、旧お城跡が在るか探してみまーす。」
今川義元(イマガワトシモト)が小田信長(オダノブナガ)
によって倒された後、徳川家康(トクガワイエヤス)によって領有され、
甲斐の武田氏攻略の拠点とするため、家臣の石川家成(イシカワイエナリ)
が入城しました。
「このころの武田家ってかなりの勢力が有ったんですね。おそるべし!!Σ(゚д゚;)」
1590年、全国平定を達成した豊臣秀吉(トヨトミヒデヨシ)は、家康を
関東に移すと、家康旧領地には、家康を監視するため秀吉配下の大名を
配置、掛川城には山内一豊(ヤマウチカズトヨ)が入城しました。
「功名が辻では千代さん(奥さん)が中心になっちゃってます」
一豊は痛んだ城の改築や城下の整備を行うとともに、この時初めて
天守閣を造りました。
「現在、復元されている天守閣がそれです。でも城の南にある太鼓櫓のほうが
ずっと古いんですよー。↓これがそうです。o(^▽^)o」
天守閣のすぐ外に在ります「霧吹き井戸」
徳川家康が掛川城を攻め込んだ時、井戸から出た霧が
城を包み、攻撃を防いだとされる伝説の井戸です。
まだまだ紹介したいとこ、いっぱいあります!!
歴史好き、おいでください!!