韓国は中国から独立できるのか? 米韓同盟を「対北限定」に定めた尹錫悦
粛清人事を見直せ
鈴置:韓国の保守系紙に興味深い記事が載りました。中央日報の「『サイダー』のような外交、『麦茶』のような外交=韓国」(5月15日、日本語版)です。書いたのは政治・外交が専門のチャン・セジョン論説委員。就任から1年たった尹錫悦(ユン・ソンニョル)政権の外交を振り返りました。注目すべきは大統領発言を批判した部分です。
・「両岸の平和と安定を支持する」と言えばいいのに、「力による現状変更に絶対に反対する」という言葉をつける必要があるだろうか。「韓日は過去を克服して未来に進もう」と言えばいいのに、「日本がひざまずく必要はない」というフレーズは誰が入れたのか。金聖翰(キム・ソンハン)元国家安保室長のようにバランスのとれた参謀を起用してほしい。
尹錫悦大統領は米韓首脳会談の直前、米中バランス派――はっきり言えば、米中二股派の金聖翰氏を更迭し、外交司令塔である国家安保室長を代えました。
その「金聖翰氏のような人」を大統領は再び起用せよ、というのだから挑戦的です。理由は更迭後の「力による現状変更に絶対に反対する」「日本がひざまずく必要はない」といった大統領の“バランスを欠いた発言”です。
記事は国家安保室の親米派の金泰孝(キム・テヒョ)第1次長の責任も追及しました。名指しはしていませんが“バランスを欠いた発言”に関し「このフレーズは誰が入れたのか」と非難したのです。金聖翰氏に代わり外交を仕切っていると見なされている金泰孝第1次長に対する糾弾と、韓国人なら誰もが気付きます。
下の句は「直ちに切り殺す」
左派は尹錫悦政権の親米路線を「中国との対立を呼ぶ」と厳しく批判してきました。ハンギョレは「『米日最優先』の金泰孝の荒々しい口に外交安保が引きずられる」(4月12日、韓国語版)などの記事を通じ、その張本人たる金泰孝第1次長の排除を繰り返し訴えていました。
中央日報の記事は、左派系紙の「金泰孝降ろし」に保守系紙も加わったという意味があります。ただ、中央日報の記事はハンギョレとは異なり政策そのものは批判せず、攻撃の的(まと)を金泰孝氏個人に絞っています。
「力による現状変更に絶対に反対する」との発言は米韓首脳会談直前の4月19日、ロイターとの会見でのものでした。韓国の大統領としては初となる、中国の台湾侵攻を明確に牽制する発言でした。
中国は烈火のごとく怒り、4月20日、外交部報道官は「不容置喙(口出しは許さず)」との文言で尹錫悦大統領を叱責しました。単に上から目線の四文字熟語というだけではありません。「立斬之(直ちに斬首した)」との下の句を伴うことがあることから、最大級の威嚇と見なされました。
朝鮮日報の李竜洙(イ・ヨンス)論説委員が「中国はなぜ韓国をないがしろにするのか【太平路】」(4月26日、韓国語版)で『聊斎志異』を引用して読み解いています。
慰安婦を言い続けるなら見捨てる
外交部を根城にする米中二股派――もはや、韓国外交界の主流となっているので「伝統派」と私は名付けていますが――からすれば、「力による現状変更に絶対に反対する」は一線を越えて米国側に傾く許しがたい発言でした。
一方、この発言を振りつけたと見なされる金泰孝第1次長――現実派は、台湾有事の可能性が高まっている現在、米国から見捨てられれば大変なことになる、と考えて踏み込んだ発言を用意したのでしょう。台湾有事は第2次朝鮮戦争を引き起こしかねないのです。
「日本がひざまずく必要はない」――。4月24日付けのワシントンポストに載った、単独会見での大統領発言でした。
伝統派とすれば、これまた許しがたい発言です。彼らは日本に対しては「謝れ」と上から目線で迫り、交渉を優位に進める作戦を常用してきました。対日外交の強力な武器「歴史カード」を大統領自ら手放すなど、伝統派にすればあり得ないことなのです。
これに対し現実派は、バイデン(Joe Biden)政権から厳しく日本との関係改善を求められている以上、謝罪を求める余裕はもはやない、と判断したと思われます。
『韓国民主政治の自壊』の第3章第2節「『慰安婦を言い続けるなら見捨てる』と叱った米国」をお読みいただけるとよく分かりますが、バイデン政権はスタート直後から韓国に対し「歴史カードを捨てよ」と明確に、執拗に命じているのです。
「台湾独立」に反対?
――どちらが勝つのでしょうか?
鈴置:米韓首脳会談までは現実派が優勢でした。先ほど引用した朝鮮日報の「中国はなぜ韓国をないがしろにするのか【太平路】」が面白いエピソードを紹介しています。
4月20日、韓国政府は「力による現状変更への反対は国際社会の普遍的な原則だ」として「不容置喙」発言に抗議しました。ところが当初、外交部――伝統派はろくに抗議するつもりもなかった。それを国家安保室――現実派がひっくり返して強い口調に改めた、というのです。翻訳します。
・韓国外交部は「国の格を疑わせる深刻な外交的欠礼」として久々に抗議した。当時の事情に明るい消息筋は「国家安保室によって完全に修正された姿勢」という。もともと外交部は「一つの中国との原則を尊重する」といったたぐいの婉曲な内容を準備していたということだ。
――現実派の完全勝利ですね。
鈴置:「力による現状変更への反対は国際社会の普遍的な原則」と、ようやく西側水準の対中姿勢に転じたのです。この時は現実派が伝統派を抑え込んだかに見えました。
でも、肝心の首脳会談後に発表された米韓共同声明では、中国への姿勢は一気に後退しました。「台湾海峡」部分は以下です。
・The Presidents reiterated the importance of preserving peace and stability in the Taiwan Strait as an indispensable element of security and prosperity in the region. They strongly opposed any unilateral attempts to change the status quo in the Indo-Pacific, including through unlawful maritime claims, the militarization of reclaimed features, and coercive activities.
「台湾海峡」に関しては「平和と安定が安全と繁栄に重要」とあるだけです。昔ながらの軟弱な韓国の対中姿勢に戻りました。
「インド太平洋」に関しても「一方的な現状変更に反対する」であり「力による」が抜けています。仮に、このくだりが台湾海峡を指すとしても「台湾独立に反対」とも読める仕掛けです。中国は米韓の腰砕けに大笑いしたことでしょう。
NCGは対北限定
――現実派が負けた?
鈴置:この部分を「勝ち負け」で考えると分析を誤るかもしれません。現実派も「中国にケンカを売る」のが目的ではありません。米国との同盟が強固になればいいのです。
今回の米韓首脳会談で、尹錫悦政権は米国の核の傘の強化に、ある程度は成功しました。共同声明とは別に、わざわざ核抑止力の強化を謳う「ワシントン宣言」を発出してもらいました。
この宣言で韓国は核抑止を議論する「核協議グループ」(NCG=Nuclear Consultative Group)の創設と、核弾頭を搭載した米ミサイル原潜の韓国寄港を取りつけました。
「力による現状変更に絶対に反対する」といった尹錫悦大統領の強硬発言は、米国から核の傘強化を引き出すためのものと思われます。それなりの成果を挙げた以上、副作用を抑えるため対中姿勢をトーンダウンしてもおかしくはないのです。
――尹錫悦の韓国も「親米従中」を続けるということですね。
鈴置:その通りです。「ワシントン宣言」で創設が決まったNCG。これにしても協議の対象はあくまで北朝鮮の核であり、中ロの核は枠外なのです。
・The two Presidents announced the establishment of a new Nuclear Consultative Group (NCG) to strengthen extended deterrence, discuss nuclear and strategic planning, and manage the threat to the nonproliferation regime posed by the Democratic People’s Republic of Korea (DPRK).
口汚くののしらない中国
ワシントン宣言に対する中国政府の反応が比較的穏やかなものだったのも、そのためでしょう。4月27日の中国外交部の記者会見で、報道官は北京日報の質問に答える形で「核不拡散体制を弱体化する」などと批判しました。しかし、中国が本当に怒っている時の口汚いののしりは使いませんでした。
「半島の非核化に真っ向から反するものであり、我々は強固に反対する」とも述べましたが、この部分はNCGよりもミサイル原潜寄港を指したと見るのが自然です。
米韓が送った「NCGは北朝鮮限定」とのメッセージに対し、中国は「分かっているよ」と答えたということでしょう。中国は韓国、ひいては日本が核武装に走るのを最も警戒しています。
中国包囲網にはならない対北NCGぐらいで韓国の独自の核武装を防げるなら安いもの、と判断したと思われます。韓国はワシントン宣言でNPT(核不拡散条約)の順守を約束させられました。
――結局、韓国は対中包囲網に加わらなかった。
鈴置:そうです。そこが大事なのです。韓国人は中国に立ち向かう気概がない。将来も持てないでしょう。だから、韓国にどんな親米政権が登場しても、日米韓が本当の意味でスクラムを組むことはない。組んだとしても「北朝鮮限定」です。韓国人が中国から精神的に独立するのは容易ではないのです。
「韓国より台湾が大事」とスネる?
――それを米国も分かっている……。
鈴置:十分に分かっています。だから日米豪印の対中包囲網であるQuadに韓国を入れない。入れれば「最も弱い輪」になって中国に包囲網を突き崩す手掛かりを与えるからです。
米国にとって、対北限定スクラムでも「無いよりはまし」。韓国が左翼政権だったら、それさえも不可能です。ただ、米国は韓国に対中包囲網に入れというのはあきらめる代わりに、韓国に「第2次朝鮮戦争が起きても手助けを期待するな。北朝鮮とはひとりで戦え。核抑止はしてやるから」と言い渡した、と思われます。
アジア安保専門家の間では「台湾有事の際、米国も日本も台湾救援に力を使い果たし、朝鮮半島に飛び火しても韓国支援に割く余力は残らない」というのが常識です。
――韓国よりも、同盟を結んでいない台湾の方が大事なのか――と韓国人がスネそうです。
鈴置:韓国か台湾か、という選択ではありません。米日にとって、中国のアジア支配を阻止できるか否か、が問題なのです。仮に北朝鮮が韓国を併呑しようが、たかだか朝鮮半島止まりです。
――「ひとりで北朝鮮と戦え」と申し渡された尹錫悦大統領。それを受け入れたのでしょうか?
鈴置:中国包囲網に加わらない――つまり、米韓同盟は二流の同盟と認めた以上、受け入れざるを得ません。米韓首脳会談後の共同会見での尹錫悦大統領の冒頭発言をご覧ください。
・Now our two countries will share information on nuclear and strategic weapon operations plans in response to North Korea’s provocations and have regular consultations on ways to plan and execute joint operations that combine Korea’s state-of-the-art conventional forces with the U.S.’s nuclear capabilities, the results of which will be reported to the leaders of our two countries on a regular basis.
「北朝鮮の挑発に対し実施する統合作戦は、韓国の最先端の通常兵器に米国の核戦力を合わせて」と述べています。「通常兵器による戦いは主に韓国が担う」ということでしょう。
今回の首脳会談で米韓同盟は強化されたように見える。でも、子細に眺めれば、同盟は「北朝鮮専用」となり、しかも、米国が投入するのは「核の傘」だけに縮小したのです。
「二流の同盟」に格下げ
――日本では「米韓がしっかりとスクラムを組んだ」と見る人が多い。
鈴置:韓国がこぞってそう宣伝したためです。「俺の後ろには米国が付いた。舐めるなよ」というわけです。「米韓」の11日後にソウルで日韓首脳会談が開かれることになり「キシダの謝罪」を韓国側が要求する展開になったことで加速しました。
中央日報の社説「岸田首相が誠意ある呼応する番だ=韓国」(5月2日、日本語版)が典型です。「岸田訪韓が予想よりも早まったのはバイデン大統領の圧力が働いたからだ」と断じ、見出しにあるように「だからキシダは謝罪せよ」と主張したのです。
こうした声に応じ「韓国に謝罪しないと米国に怒られる」と言い出す日本の専門家が出ました。それらのおかげで「米韓蜜月時代」というイメージが日本に定着したのです。
「日本も米国とNCGを作りたい」と願う安全保障を重視する人々の声も影響したと思われます。彼らは日米NCGの必要性を訴える際、まず「米韓がNCGで強固なスクラムを組んだ」と強調するからです。実際は「二流の同盟」への格下げを確定した首脳会談だったのですが。
親中派が出世する韓国外交部
――米韓同盟の行く末は?
鈴置:4年後に親北左派政権が登場すれば「北朝鮮限定同盟」でさえひっくり返されるのは確実です。尹錫悦政権の間も揺れ動くと思います。中国が真綿で首を絞めるように圧力をかければ、左派はもちろん外交部――伝統派も「離米従中」に動くでしょう。
――外交部が「離米」とは……。
鈴置:米国べったりの日本の外務省から類推すると間違えます。韓国外交部の実像を「中国はなぜ韓国をないがしろにするのか【太平路】」が率直に描いています。
・中国を恐れる「恐中症」は韓国外交の宿痾(しゅくあ)だ。これは前政権を経て悪性になった。THAAD(地上配備型ミサイル迎撃システム)に関する「3NO」に反対した官僚は左遷され、中国の鼻息をうかがう一群が出世した。親中エリート集団は今も健在だ。
・数カ月前、国連で自由主義陣営の50カ国が中国・新疆ウイグルの人権弾圧を糾弾した時、韓国だけが足抜けするというとんでもないことが起きたのは偶然ではない。
保守に有力な大統領候補が見当たらず、「次は左派政権」と見る人が多い。韓国の外交官もそれを考えれば、大統領が「親米」の旗をいくら振ろうが、ついていくわけにはいかないのです。
「サイダー」でゴマをする金泰孝
そんな外交部にすれば、親米路線を主導する金泰孝第1次長が邪魔で仕方がない。米韓首脳会談を前に中国を怒らせる発言を大統領にさせた。大統領のそばにいるだけにいつ、同様の事件を起こすか分からない。彼さえ政権から追い出せば、親中派が主導権を握れます。
実際、金泰孝氏は李明博(イ・ミョンバク)政権時代に「追い出された」ことがあるのです。青瓦台(大統領府)対外戦略秘書官として日米韓の軍事協力強化を目指し、日韓GSOMIA(軍事情報包括保護協定)を主導しました。しかし2012年6月29日、調印当日に中国の圧力で頓挫。金泰孝氏は責任を取らされ、青瓦台を辞めました。
冒頭で紹介した中央日報の見出し「『サイダー』のような外交、『麦茶』のような外交=韓国」」が外交部の空気を映しています。「スカッとする発言」を大統領にさせて国民の機嫌をとる学者出身の参謀。それに対し、「麦茶のような発言」を準備する外交部は大統領からも疎まれる――という不満の吐露です。
砂上の楼閣「米韓蜜月」
韓国がいつ、中国に再びにじり寄るか――。日本は注視する必要があります。その一つのリトマス試験紙が金泰孝氏の処遇です。
金泰孝氏が辞任した後の李明博政権は一気に反日の度を強めました。大統領の竹島上陸、天皇陛下への謝罪要求など、李明博政権の突然の変貌に驚いた日本人も多かったと思います。そして中央日報の記事は、金泰孝氏――現実派に対する伝統派の総攻撃の狼煙なのです。
――尹錫悦政権がしきりに「韓日蜜月」を演出したがります。
鈴置:それも要注意です。日韓関係は米中関係、ひいては米韓関係の従属変数です。「米韓蜜月」が砂上の楼閣である以上、「日韓」も極めて不安定なものだからです。
さすが、韓国ウォッチングの第一人者である鈴置くんですね。
この記事は秀逸ですので、読者の皆さんにもぜひご一読いただきたいものです。
>尹錫悦大統領は米韓首脳会談の直前、米中バランス派――はっきり言えば、米中二股派の金聖翰氏を更迭し、外交司令塔である国家安保室長を代えました。
まず、この人事、とても注目されましたね。
ゴリゴリの親米派であるキム・テヒョくんの登用で、スズエツ政権が親米に覚悟を決めたのかと思ったら・・・
米韓首脳会談からG7までの流れを見ていると、韓国人の根本である「恐中症」は変わらず、対中包囲網には絶対参加しないことが明らかに・・・
>中国を恐れる「恐中症」は韓国外交の宿痾(しゅくあ)だ。これは前政権を経て悪性になった。THAAD(地上配備型ミサイル迎撃システム)に関する「3NO」に反対した官僚は左遷され、中国の鼻息をうかがう一群が出世した。親中エリート集団は今も健在だ。
トラオ政権の置き土産によって、相変わらず外交部は親中派エリート軍団に占められている。
もちろん、日米両政府もそんなことは理解済みであり・・・
以前から言われていた通り、韓国は対北専用機としか見ていない。
その上で・・・
>今回の首脳会談で米韓同盟は強化されたように見える。でも、子細に眺めれば、同盟は「北朝鮮専用」となり、しかも、米国が投入するのは「核の傘」だけに縮小したのです。
米韓首脳会談で「核の傘」を保障することで、オマエラは「対北専用機」だぞと明示したわけだね。
親米従中派のスズエツくんにとっても、このお達しはありがたいわけで、嬉々として受けたわけだねwww
∩`∀∩> チラッ 「当然、二流の同盟に格下げされたことは国民には内緒ニダ!」
>2012年6月29日、調印当日に中国の圧力で頓挫。金泰孝氏は責任を取らされ、青瓦台を辞めました。
Σ(゚д゚;) ヌオォ!?
なんと!
オイラが離米従中年表を作るきっかけを与えてくれた御仁が、このキム・テヒョくんだったとは・・・
知らなかった。。。
>韓国がいつ、中国に再びにじり寄るか――。日本は注視する必要があります。その一つのリトマス試験紙が金泰孝氏の処遇です。
今後のスズエツ政権、キム・テヒョくん次第だなwww