菅財務相、財政再建路線の旗振り役に-鳩山退陣表明で後継に浮上
6月3日(ブルームバーグ):鳩山由紀夫首相の退陣表明を受け有力後継候補と目される菅直人副総理兼財務相は、今年1月の財務相就任以来、財政再建路線へ大きくかじを切ってきた。ギリシャの財政危機など欧州のソブリンリスクの高まりを契機に、日本の巨額な公的債務残高と財政赤字への対応が喫緊の課題になってきたからだ。就任直後の1月の会見では「少なくとも増税から入っていくのではなく、今までの財政の在り方を徹底的に洗い出すというところから入っていくべきだ」と述べ、消費税増税よりも国の予算見直しを通じた無駄の排除を最優先する考えを示した。だが、今や消費税議論の開始を指示するなど財政健全化路線の旗振り役と目されている。
財政規律重視を印象づけたのが、来年度予算編成方針に関する5月11日の発言。財務相は「新規国債発行を今年度の44兆3000億円を超えないよう全力を挙げて努力する必要がある」と表明。これに対し、鳩山首相は「当然、政府として決めている話ではない」と一線を画した。
内閣府の委員を務める小峰隆夫法政大学大学院教授は菅氏が後継首相となった場合、財政健全化問題は「鳩山さんよりは進むと思う」と予想。「今、財務大臣をやってよく理解している」として、「相当そこは問題意識を持っている」と指摘する。
シティグループ証券の佐野一彦チーフストラテジストは「財務大臣就任当時は、みんな景気刺激的寄りと思っていた。しかし、それから財政再建も重要だということでそちらの方に傾いてきている感がある」と指摘。「その一因としてはグローバル・ソブリンリスクというのが、今年初めから言われてきたというのがある」とみている。
菅財務相は鳩山氏とともに1996年9月に民主党を立ち上げ、初代代表に就任した同党の重鎮。昨年9月の鳩山内閣発足時には副総理兼国家戦略相に就いたが、藤井裕久前財務相が今年1月に体調不調を理由に降板したのを受けて財務相に就任した。
就任後の軌跡を振り返ると、将来の消費税増税も見据えて消費税議論の封印を解いたことが、その方向性を端的に示している。財務相は3月に政府税制調査会の下に専門家委員会を置き、消費税を含む税制全体の見直しに着手した。
鳩山内閣では任期中の4年間、消費税増税はしない方針を掲げていたが、菅氏は初会合後の会見で「当然、消費税についても議論していただく」と言い切り、リーダーシップを見せつけた。
財務相の考えに大きな転換をもたらしたとみられるのが、2月にカナダ・イカルウィットで開かれたG7(7カ国財務相・中央銀行総裁会議)と、その直前の1月に発表された米格付け会社スタンダード・アンド・プアーズ(S&P)による日本国債の格付け見通しの下方修正だ。
S&Pは、日本の経済政策の柔軟性が縮小しており、財政力・デフレ圧力を食い止める対策が取られなければ、格下げになる可能性があると警告、日本のソブリン格付けの見通しを「安定的」から「ネガティブ」に引き下げた。
格付け会社ムーディーズ・インベスターズ・サービスのシニアバイスプレジデント、トーマス・バーン氏は今年1月、日本国債の格付けに関連して、市場の信認を確かなものとするような信頼性のある財政政策が必要と指摘した。
同省の政務三役の1人は、菅財務相が財政赤字などを強く懸念するようになったのはG7や20カ国・地域(G20)の財務相・中央銀行総裁会議に出席してからだと明かす。消費税論議を指示したのはイカルウィットG7から帰国直後だった。
菅財務相の経済アドバイザーとして2月に内閣府参与に就任した大阪大学の小野善康教授は、菅氏について「物事を完全に理解し、それが正しいと分かればきちんと意見を変える。そういう政治家はあまりいない」と語る。
鳩山内閣は6月中に財政規律を確保するため、「中期財政フレーム」や「財政運営戦略」、それに「新成長戦略」を取りまとめることにしていた。鳩山首相の退陣表明によって、こうした重要な財政・経済政策が予定通りにまとまるかどうかに不透明感も出てきた。
仙谷由人国家戦略相は1日の会見で、作業は「極めて順調」として月内に取りまとめる方針に変わりがないとの考えを示したが、消費税などの税制や歳出などの主要な政策を具体的にどう盛り込めるのか、政局不安定の下では定かではない。
民主・社民・国民新の3党連立政権が崩れた上に、7月には参院選を控えている。選挙結果によっては、政策の実現を担保する法案が成立しない可能性も否定できず、中期財政フレームなどの内容を反映させた財政健全化法案の行方も見通せない状況にある。
バークレイズ・キャピタル証券の森田京平チーフエコノミストは今後について、菅首相の下で政策面で近い仙谷国家戦略相が有力ポストに就いた場合には、「財政再建路線が内閣の総意として確定する」とし、消費税増税がより現実味を帯びると予想している。一方で、積極財政派の国民新党との連立が障壁になるとし、「財政再建の方向性が共有されるかが、新内閣の重要な課題」とも指摘する。
菅氏は1946年山口県宇部市出身の63歳。70年に東京工業大学を卒業後、3回の落選を経験し、80年の衆院選で初当選。社会民主連合に所属した後、94年には新党さきがけに入党。96年に自民・社民・さきがけの3党連立政権下の橋本龍太郎内閣で厚生相に就任し、薬害エイズ問題を追及して一躍脚光を浴びた。民主党代表は2回務めている。東京都第18区選出で当選10回。
>財務相の考えに大きな転換をもたらしたとみられるのが、2月にカナダ・イカルウィットで開かれたG7(7カ国財務相・中央銀行総裁会議)と、その直前の1月に発表された米格付け会社スタンダード・アンド・プアーズ(S&P)による日本国債の格付け見通しの下方修正だ。
「今までは逆だったために、景気の波を大きくした」と指摘する。一方で「民間がちゃんと物を買い始めたら減税すると確約すれば、民間は一生懸命、買うかもしれない。そうしたら、それで景気が良くなる」