ここまで、読んだ方は矛盾を感じるかもしれません。
人生で大切なことは、命の次に愛情(ここでは仁の思想)だと述べながら、他人を思いやるのはバカげたことだと述べている。
確実な人格破綻者ですが、私は私自身の性格や信条を異常だと考えているので、つまり、問題はないのです。
しかし、誤解してほしくないのは、それほど他人を思いやり、愛情を持つことは容易なことではないということです。
ですので、僕はアンパンマンが嫌いです。小学校のときから何かしゃくに触ると考えていたのですが、そこには完全な姿があるから嫌いなのです。
自分の顔を、言わば命を相手に与えるのであれば、もっと与える前に悩んでもいいはずです。
苦しんで苦しんで、悩みに悩んだあげく、自分の顔を相手に与える。
逆に、与えなくてよい。
困った人を見て見ぬふりしてよい。バイキンマンと戦うときに、一目散に逃げ出してよいのです。
そして、アンパンマンを見ているとアンパンマンと同じように行動、思考しなければならないように思えてくる。
彼こそが、絶対的な正義に思えてくる。
また、正義という字ももとの意味を考えると、とても寒気がする(詳しくは白川静さんの著書にて)。
勘違いしてほしくないですが、私は作者のやなせたかしさんは尊敬していますし、本当に素晴らしい人間であると考えています。
そう考えると、私は一種の自然主義的な人間なのではないかと思うのですが、そんなことはどうでもよく、結論から言うに、他人を思いやる、または愛情をもつということは至難の技ということです。
ですので、「他人を思いやりましょう」や「差別はいけない」などの小学生のポスターや、スローガンにはとても嫌な気持ちになるし、そんなことを子供にさせるなと思うのです。
ちなみに、私は教師を目指していますが、教壇では「本当のこと」しか話をしなないでしょうし、今現在、部活の指導で学校を訪れますが生徒には「本当のこと」を話すようにしています。
私が大学で哲学をして本当に良かったと思えるのは(本当に変なやつがほとんどだった)、偽装や嘘の言葉が多い現代で「本当のこと、本物」を求める力がついたということだと思います。
ですので、この思考を大切にし、思いやりや愛情を持ちながら生きるにはどうしたらよいか考えていきたいと思います。
