江戸城の石垣普請を、浅野但馬守長晟に仰せ付けられた所、
持ち場は深泥であったため、大木を底に敷いたのだが、
普請の半ばにおいて石垣は崩れてしまった。
このため、「浅野家の身上危なかるべし。」と人々に噂された。
そのため、舎弟である采女正長重は、兄・長晟に対して、このように諌めた。
「普請奉行にこの責任を取らせ腹を切らせ、公儀に陳謝されるべきです。」
しかし長晟はこれを承諾しなかった。
長重はいよいよ諌めた上で、
「御為を思って言っているのに、用いられない。」
と恨む色が見えた。
長晟は、長重を諭して言った。
「私は、浅野左衛門佐に命じて普請の名代とした。
そして普請奉行は左衛門佐の下知を受けた。
であれば、石垣の崩れた事について、その罪は普請奉行一人のものではない。
罪があるとすれば、先ず私に帰す。
その次が左衛門佐である。
身の難を逃れるために罪なき者を弑する事は不義であり、私はそれを見るに忍びない。
その方はそんな心である故に私は、庶流を以て嫡流を簒うのではないかと畏れる。
義は上下ともに武士の守る所である。
義を捨てて利を取るのは商売の風である。
今、試みに武士に対して「商売の風あり」と言えば、
その者は必ず怒って、悪声を復そうとし、猶も止まらない時は、刀によって殺すだろう。
その名を外に恥じて、その実を内に省みるべきではないだろうか。」
このように申すと、長重はこれに答える言葉も無かったという。
『戦国ちょっといい話・悪い話まとめ』 より。
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