ある日、安藤直次が、同じ苗字の安藤重長のところへ、
「今晩そちらへ参って、料理を賜りたい。」
と申し伝えた。
重長は、
「これは珍しいことだ。何を思はれて申し越されたのだろう。」
と殊の外喜んで直次を饗応した。
直次は機嫌良く料理を賜り、緩々と話して帰っていった。
その後、重長は刀が残されているのを見つけ、
「うっかりお忘れになったのか。」
と思い、近習に命じて直次の乗物を追わせた。
乗物に追いついた近習は側に寄って、
「御腰物でございます。」
と申し上げた。
すると直次は乗物の戸を開けて中より刀を取り出し、
「武士が、刀を忘れるわけないだろう。」
と言って刀を見せると、戸をひしと閉じて帰っていった。
仰天した近習が重長にしかじかと報告すると、重長は何かを察して涙を流した。
「さては今度在所へ帰国される時に隠居なさるおつもりであるぞ。
その刀はそれがしに形見として賜わるということに違いない。」
重長の思った通り、直次は、その月すぐに紀州へ帰り、その年のうちに隠居した。
『戦国ちょっといい話・悪い話まとめ』 より。
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